第9話 双子との週末デートの約束
【6/10 午後6時 @ベイサイドモール】
例年通りの梅雨入り宣言となった日。夕方までは巻層雲が空に浮かぶ太陽を薄いベールように隠していたが、今の時間は梅雨雲が空一面を覆い隠している。日の入りまではまだ1時間ほど時間があるが、すでに辺りは夕闇に包まれてしまっていた。
ベイサイドにあるこのモールの灯りは夕闇をかき消すように
彼女らは
「さーちゃん、この服はどうかな?」
「うーん。可愛いけど多分みーくんの好みじゃないよね。ロングスカートよりもきっとちょっと短いほうが好きだと思う。あーちゃん、聞かなくてもわかってたでしょ?」
「えへへ、そりゃ分かるけど一応ねー。」
楽しげに笑う双子姉妹を見守るだけで幸せになってしまう。彼女らの買い物をそっと見守る女性店員も自然と笑みがこぼれていた。
「あー!これどうかな。ほら、このスカート!」
妹か姉か全く区別がつかない双子のどちらかがそっとハンガーラックから少し短い黒のスカートを取り出す。
「いいじゃん!あれでしょう、去年買ったアクアグレーのサマーニットと合わせるんだ!」
「えへへ。わかってる~!さすが!」
「ちゃんとあの服2枚買ったっけー。」
「多分大丈夫。ちょっと写真探してみるね。」
少女がスマホに入ったアルバムを慣れた手つきで次々とスクロールしていく。画面には二人で仲良く並ぶたくさんの写真が表示されている。
「あーちゃんの写真はやっぱりきれいに撮れてるねー。」
「さーちゃんも写真もっと撮ってみたらいいのにー。」
二人の間にも多少なりとも差はあるようだ。
「あ、あったよさーちゃん!二人で一緒に撮ってあるから大丈夫!」
「えへへ、じゃあこれ買おっか!」
近くにいた店員に声をかける。
「あ、すいません。これ、もう一枚ありませんか?」
「私たち、同じ服が欲しいんです!」
「こちらですね。ちょっと倉庫確認してきますので少々お待ちください。」
商品のタグを読み込んだ店員が店の奥に引っ込んでいく。
「えへへ。あるといいねー!」
「無かったら、取り寄せかなー。みーくんとのデートに間に合うかなー。」
「みーくん、どこに連れて行ってくれるだろ?」
「初めては大学だったもんね。」
「きれいなところがいいなあ。3人でゆっくり時間一緒にしたい。」
「「ねー。手とか繋いで!」」
並んで咲く花のように可憐な二人は手を取り合う。彼女らに視線を向ける男性達もその様子の間に割って入る余地はなかった。
「お客様、こちらの商品2枚ありました。以上でお揃いですか?」
「「はい!ありがとうございます!」」
二人がお揃いの財布を同時に取り出して元気よくお礼を伝える。
【6/12 午後5時半 @喫茶店 La Lune】
「
「はい、先輩なんですか?」
店内は夕食時を目前に慌ただしくなりかけていた。そんな中、
「
「どうせまた面倒事にでも巻き込まれていた女の子に割っていったんでしょう。湊は男らしいですからね。僕より。」
「……本当にその自己評価でいいの?」
先輩の言うことは最もだったが致し方ない。一応、湊が気になったのでカウンターを出て、同じ店内にある湊のバイト先の本屋を確認する。
目線の先には仕事中でなのに明らかに私用で話しかけられていて困っている湊がいた。男相手だったら邪険に返すのだろうが、女の子に優しい彼女は突き返せないでいた。
「ちょっと、いってきまーす。」
「お、いいとこあるじゃん。さっすがみーくん。」
もう俺のことをからかうときにみーくん呼びすることがこの店の中で流行っている。店長でさえこの前に俺のことをみーくんと言ってきた。きっと全部この先輩が広めたのだと思う。
⁑
「桐山さん。ちょっといいですか?」
そっと湊に近づいて仕事の振りをして声をかける。
「ああ、御……三崎さん、何ですか?」
「ちょっとあっちでオーナーが呼んでいますので。お客様。こちらの桐山が抜ける必要がありますので代わりの者を呼んでまいりますが、ご用件は……?」
仕事中の湊に絡んでいた女の子は俺の登場に慌てた様子で答える。
「あ、いいんです!すいません、お邪魔しました!桐山さんまたね!」
そのまま何を買うわけでもなく彼女は店の外へと退去していった。
「湊……ありがとう。嘘ついてくれて。」
「あれが男で、喧嘩して追い返したとかなら恰好がつくんだけどな。」
「湊はそんな危ないことしないでしょう。」
空手経験者の彼女のほうがもしかしたら強い可能性がある。中学の部活以来なにも運動をしていないし、殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。もしも彼女が悪い男に絡まれていても助けきれないでただサンドバックになるかもしれない。
「男相手だったら湊も戦ってくれるだろう?女の子に優しすぎるんじゃないか?」
「邪険にするのもね、相手に悪いし……。」
少ししおらしい様子は珍しい。こんな彼女を久しぶりに見た気がする。
「ま、そんなところも湊らしいけどね。」
「サラちゃんが絡まれていたら殴られても全力で守りなさいよ。」
「その時は頑張るよ。彼女が逃げられるくらいには。」
彼女がくすっと笑って仕事に戻っていく。その姿を見届けて急いで喫茶店へと戻った。
「あー三崎くんー。ドリンク急いで~!」
戻った俺に小声ながら慌てた声を掛けてくる。先輩がみーくん呼びをしていない様子をみると余裕がないようだ。
「すいません!急いでやります!」
その日はだんだんと忙しくなってきた仕事に没頭してて消化されていった。
【6/12 午後10時 @三崎家 帰り道】
ようやくに仕事が終わり、着替えを始める。仕事中はあまり見ることができなかったスマホを取り出してメッセージが来ていないかを確認する。
「あ、サラから。」
更衣室には誰もいなかったため独り言が出てしまった。もうこのアイコンからのメッセージマークがあるだけで今日の仕事の疲れは忘れている。
”みーくん。見て見て!”
この文字だけで元気そうな彼女の声がすぐそこで聞こえるようだ。メッセージには続きがあって写真が送られてきている。
画像を開いてみると焼き立てのクッキーが写っていた。ハート形や星や三日月、鳥の形など様々に切り抜かれていて、ちゃんとした焼き目のついたいい色をしている。よく見るとそれぞれにはデコレーションされているようだ。
”可愛いクッキーだね。俺も食べてみたいな”
彼女へ返事を送り仕事場を後にした。あんな容姿で性格がよくて、お菓子まで作れるなて本当に非の打ち所がない。
「あ、お疲れ様でーす。」
「三崎くん。今日もありがとうね。お疲れ様。」
暗くなった店内で仕事の処理をしている店長に声を掛けて店を出る。外は雨が降っていたので今日は歩いて帰ることになる。駅前は雨音に負けない金曜日の喧騒に包まれている。酔っぱらった学生やサラリーマンがカラオケなどに入っていく様子が見える。この喫茶店もアルコールを提供していたらもうちょっと営業時間が長いのかもしれないが、酔っ払いの相手をすることを考えたらこのままでいてほしい。
店を出て傘を開いてみると沙羅から返事が来ていた。
”今度、みーくんと一緒に食べられるように持っていくね!”
”本当?嬉しいな。沙羅はお菓子作れるんだね”
スマホが気になって人とぶつかってしまいそうだ。歩きながら操作するのは危ないのはわかっていたが、気になってしまう。道の端を歩いていこう。
”えへへ。みーくんが喜んでくれるならいっぱい作っちゃう”
絶対に口角が上がっている。マスクをしていたら隠せたのに今はしていない。慌てて口元を手で隠したかったが、傘を持つ手でふさがっていたのでできなかった。絶対にすれ違う人に顔は見られたくない。
”俺はお菓子は作れないけど、サラにも喜んで貰えるように何かしたいな”
メッセージを返答すると、すぐに記入中の表記になる。彼女は今パソコンの前かスマホをぎゅっと握りしめているのだろう。
”なら、前に話してたみたいに二人でお出かけしたいな?”
あ、もう無理だな。だってわざわざ二人でって書いてある。もう雨の日に一人でニコニコしながら歩く変な大学生でいい。別に誰に見られても気にしない。
”あ、みーくんは仕事終わったの?”
”今は帰り道だよ”
”雨降ってるから事故に合わないように気を付けてね”
わざわざ俺の気を使って心配までしてくれる。
”ありがとう サラも雨に濡れて風邪ひかないようにね”
”えへへ 気を付けるね!”
やっぱり書いていないけれどハートが見える。俺の頭が恋愛脳に染まってしまったようだ。
”出かけるのなら梅雨だし、水族館とかどうかな……?”
そっと送信ボタンを押してから記入中の表記が消えるまで、俺は緊張していた。女の子をこんな風に誘うのは慣れていない。心臓が緊張で少しだけリズムが上がった気がする。
”うんっ!行きたい!楽しみ!”
彼女からの返事には感嘆符が3個も入っている。その返事を見たらさらに心臓が高鳴ってしまった。完全に恋する乙女のような精神状態だった。周りからみたらはさぞ気色の悪い様相だろう。
このあたりで水族館といったら六景島にあるマリンワールドになるだろうか。彼女との週末を考えるだけで幸せでわくわくしてくる。この状態で家について課題なんて手が付けられるだろうか?その点だけは心配だった。
”じゃあ、20日にしようか 月末になると期末試験が近いだろう?”
バイトのシフトと彼女の予定を考えてそうした。
”えへへ みーくんいっぱい私のこと考えてくれるね 嬉しいなー♡”
本当にハートマークが付いて来てしまった……。今日はもう真面目な俺は閉店しなければならない。この様子だと寝ることができるかえさえ分からなくなった。でも、明日からまた頑張ればいいから……。
【6/12 午後10時 @梅ケ谷家】
「あーちゃん!みーくんがクッキー可愛いって!」
沙羅が愛にそのことを伝えるためにお風呂場へと向かう。
「え!ちょっと待って。私まだ髪あらってるんだけど!」
「なんて返そう!」
沙羅が脱衣所でわたわたした様子が伝わる。
「ちょっとちょっと泡流すからー!待ってー!」
「沙羅、愛、ご近所の迷惑になるから騒ぎすぎないでねー。」
きゃきゃとはしゃぐ二人は母親から注意されてしまう。
「「あ、はーい!ごめんなさーい!」」
「よし。さーちゃん。みーくんなんて?」
愛が風呂を切り上げて沙羅と合流する。怒られないように声のボリュームを抑え気味で。
「えへへ、みーくんが喜んでくれるなら持っていくって送ちゃった!」
「今日のは家族で食べきっちゃうからまた作らないとねー。」
「あ。返ってきた。えっと、”サラにも喜んで貰えるように何かしたいな”だってだって!」
「さーちゃん。だめだめ声抑えないとー。えへへ。」
愛も自分の声もまた大きくなりかけてるのはわかっているけれど抑えがたい様子だった。二人で一つの画面をみながらそのあとも彼からのメッセージにワイワイとはしゃいでいる。
「「”出かけるのなら梅雨だし、水族館とかどうかな”だって!」」
「この前買った服で行こうね!」
「うん!えへへ。みーくんと一緒に写真撮りたいなー!」
「えー。私も写りたいー!」
「3人で写るのはまだできないね。」
「じゃあ、二枚別々に撮ってもらおう?」
「うん!楽しみ!」
「沙羅、愛、静かにね。あと愛、そんな格好だと風邪引くわよ。」
「「あ、お母さんごめんなさい!えへへ。」」
双子の姉妹は今日も母親に怒られていたが、二人一緒に恋い焦がれる彼の返事に、二つで一つの心を踊らせていた。
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