第7話 三人でのオフ会

【5/9 午後3時半 @喫茶店 La Lune】

 アルバイトを終えた俺は湊と沙羅さらが談笑しているテーブルへと向かった。沙羅が来てから30分ほどしか経っていないはずだが、随分と疲れてしまった。それもこれも先輩と店長の視線がずっと痛かったからだ。そんな悪いことしてないよな……。ひどく誤解されていないかだけが心配だった。


「みーくん。お疲れさま。」

「ありがとうね。」

 暖かい声が出迎えてくれる。疲れが直ぐにすっと取れる特効薬がここにはあった。

御波みなみ、今丁度私の事は大体話しておいたわ。高校で会ったことから別にもう隠すことは何もないわよ。」

 みなとはちゃんと今の会話の状況を教えてくれた。同じことを話す手間が省ける。

「ありがとう湊。じゃあもうサラとの通話にボイスチェンジャーは使わなくていいな。」

「そうね。サラちゃんと二人で話すのならもう必要ないね。」

 コーヒーのストローに口をそっと咥えてグラスの底に溜まった最後の部分を飲み干す。

「湊さんが女性の方だったのなら、色々納得が行く部分はありますね。こまめな気配りとか、私含めて女の人にとっても紳士みたいに優しいところとか。」

 それはどちらかというと湊元来の性格な気もするが、女性らしさのある気配りが要所要所に現れていたのかもしれない。

「じゃあ、もうちょっと男っぽいとこ気をつけて出していこうかな。」

 湊が凛とした少年のような声になる。ていうかボイスチェンジャーなしだとこう聞こえるのか。俺が女の子だとしても彼女に惚れてしまいそうになるようなイケボだった。

「わ。カッコいいー。それ声なら生声でも女の子がもっと寄ってきちゃいますよ。ふふ。」

 今でもミナトはたまに女性アバターのキャラからもてている。

「湊がスポーツしているところ見たらもっとそう思うかもな。」

 そういいながら、俺はバイトの終わりがけに自分で作ってきたコーヒーを飲む。

「バレーボール部ですよね、さっき湊さんからも聞きました!」

「大学ではもうしないのか?」

 それは以前から思っていたちょっとした疑問だった。

「中学校からずっとやってきたからね。流石にもう大学では良いかな。元々本を読むのもゲームをするが好きだったしね。まあ、別に嫌いにはなってないよ、機会があったらまたしようかなとは思うよ。」

 そういう考えだったのか、意外と知らなかった。

「サラはなにか部活しているのか?」

 湊と話しすぎないように気をつける。今日は沙羅と湊がちゃんと仲良くなってほしい。余計な気配りだとは思うし、とんだ杞憂だと思うが。

「私は中学校から吹奏楽部ですよ。フルートが専門で、ピアノパートがある時はピアノも弾いていました。」

 沙羅にヒロイン力みたいな尺度があっとするとそれはもう計測不可能な部類かも知れない。フルートとピアノを演奏する姿を想像するだけで背景には楽園の草原が広がっていそうだ。

「サラちゃんらしいね。そう、ピアノね……。」

「あ、でもフルートは別にそこまで上手くないです……。ちょっとやっていたくらいなので。」

 沙羅は手をふって謙遜するが、本当はきっと十分上手だろう。

「でもでも、ピアノは子供の頃からずっとやっていたのでちょっとだけなら自信あります。えへへ。」

「どんな曲なら弾けるの?」

 意外と湊が少し興味ありそうに聞く。

「えっと、んー。お二人が知ってそうなのなら、ショパンの“幻想即興曲”とかモーツァルトの“4手のためのピアノソナタ”とかでしょうか。私は見たことないですけどちょっと昔の音楽ドラマでも使われていたはずです。楽器屋さんに今でもその楽譜が並んでいますので……。」

「幻想即興曲はわかるけど、湊は両方分かるか?」

「うん。聞いたら御波も分かるよ。きっとね。」

 湊がそう言いながら、もう空のグラスの氷を所在なさげにカラカラとかき混ぜる。

「みーくんと湊さんにもお聞かせできる機会があれば是非。恥ずかしいですけど……。」

 是非に聞こえるのなら聞いてみたい。あれ、そういえばなんで幻想即興曲が分かるんだ。クラシックなんて子供の頃に藍沙が習っていたくらいで……、あ、これまた古傷だ。そっと胸を押さえて忘れようとする。


「ピアノって大学に置いてあったかな。」

「ああ、ホールに置いてあった気はするけど流石に勝手には弾けないよ。まあ、空いている時に頼み込めば別に大丈夫なきもするけど。」

「大学に合格できたら是非行ってみたいですね。」

 沙羅が一段と明るい声を出す。

「私、ピアノとか弾けるようになりたいんだよね。本当は子供の頃は空手じゃなくてピアノ習いたかった。」

 湊はやっぱりちょっと女の子っぽいことにも憧れがあるようだ。

「えへへ、じゃあ無事湊さんが、湊先輩になったら大学の勉強教えてもらって、私がピアノの先生します!あ、先生は言い過ぎかも。」

「あ、いいの?いいな。良い子だね本当に。でも、大学入試の勉強は大丈夫?」

「んー。数学がちょっと怪しいので重点的にやってます。絶対に入りたい目的も出来たのでがんばります!」

 そういって沙羅がそっと俺の方に目線を向ける。柔らかく微笑むその笑みが向けられてまた勘違いしそうになる。これはちょっと落ち着こう。

「そんなに大学気に入ったか?」

「みーくんと、湊さんがいらっしゃいます。だからもっと気に入りました。えへへ。」

 湊まで目をつむって上を向いている。この邪気のない笑顔にあてられたのならこうもなるのは致し方ないのだろう。

「数学なら御波に教えてもらいなさい。得意でしょう?」

「まあ、そりゃ学部が学部だからなあ。入試の範囲覚えてるかなー。」

 沙羅がぱぁっとさらに明るい笑顔になる。

「みーくん、私がお邪魔にならない程度でいいから教えてくれると嬉しいなぁ。」

「断れるわけないね、みーくん。」

 湊がからかうように合いの手を入れてくる。確かに断れないし、断る気もなかったが。

「いいよ。また負担にならない範囲でこの店とかにおいで。勉強している高校生も結構いるし大丈夫だよ。」

「うん!」

 上手いように話がまとまってよかった。湊も彼女の事を元よりも気に入ってくれたようで安心した。



「あ、ちょっと……家族から電話なので待っていてくださいね。」

 そういって沙羅は席を立ち、一旦店を出ていった。その後姿でふと目線で追いかけてしまう。

「御波、見すぎ。」

 その視線に気がついた湊に注意されてしまう。

「ああ、本当?だめだよな。気をつけよう……。」

「サラちゃん、本当に可愛いね。まあ、あれは御波が浮かれるわけだわ。」

「付き合ってくれてありがとうな。」

「元から私達のフレンドでしょう。何を気にしているの。」

 一聞すると冷たいような返事だが、俺にはしっかりとした積み重ねを感じる。


「お客様方~。ご注文はいかがいたしますかぁ?」

 例にももれず、白波先輩がそっと近寄ってきて注文を取られる。

「ああ、じゃあ3人共同じものでいいかな?」

「私は良いけれど、サラちゃんも良いの?」

「彼女、ミルクティーが好きだって言っていたし良いんじゃないか。あ、先輩ミルクティーは甘めにしてあげてください。」

 注文をさっと伝票に記入して一仕事終えた先輩は立ち去ろうとする。でも、そっと俺の脇を通るさなかにこういってきた。

「……みーくん、その呼び方は甘めにしすぎだよ?」

「あはは。先輩。確かにそのとおりです。」

 ぼそっと言ったはずの言葉は湊にも聞こえているようで、随分と笑われてしまう。俺はじっと黙ることを選んだ。

「……。」

 ここで、じゃあ”檸檬”でも入れておいてくださいなんて返せば一瞬白波先輩と戦えるのだろうが、その後には悲惨な光景がみえるのでそっと我慢した。

 

 ⁑


【5/9 午後4時 @喫茶店近く】

「あーちゃん、大丈夫だった?」

「えへへ、お待たせ。大丈夫だよ湊さんとも仲良くなったから。」

「会話とか大丈夫かなー。」

「えっと、湊さんはみーくんと高校からの付き合いで、空手やってて、バレーボールしてて、ピアノがやってみたいの。それで、大学に入れたらお勉強教えてくれる代わりにピアノ教える約束した!」

「え、え、ちょっと情報が多いよー。」

「ちゃんとメモに書いておくから、いってらっしゃいー。」

「あ、あとみーくんがお勉強見てくれるって。またおいでって言われちゃった。えへへ。」

「え?羨ましい!じゃあ、私も言われてくる~。」

 そう言って沙羅は愛がたどっていた道を元に戻っていった。


 ⁑


「すいません。おまたせしました。」

「サラ、おかえり。別に気にしないで。」

 五分ほどして沙羅が戻ってくる。また空気が華やかに戻って嬉しい。

「おかえりなさい、サラちゃん。」

「おふたりともありがとうございます。」

「ミルクティー、追加で頼んでおいたけど良かったよね?」

 一応、沙羅に確認しておく。急に補充されるよりも印象はいいだろう。

「あ、はい!ありがとう!みーくん。今日はちゃんとお金だすからね。」

「サラちゃん、二杯目は私のおごりで、一杯目は御波のおごりだから。」

「え、でも、湊さんにも申し訳ないですし。この前、みーくんにはおごってもらったばっかりで……。」

 本当に申し訳無さそうにしている。もしもこの様子が素であったとしたら、大学生活で彼女が払う飲み会代は〇円になるだろう。きっと全て周りの男子が用意してくれるに違いない。

「御波、良いでしょう?」

「もちろんいいよ。じゃあ、また次来てくれたらだね。」

「あ、はい!来ます。必ず。みーくん勉強教えてね。」

「ああ、いいよ。」

 本当にアルバイト放り投げて彼女の勉強を見ようかな……。



「お客様方~。ご注文の品です。どうぞ~。」

 白波先輩がそっと3人に配膳していく。それを終えた彼女は含みのある声で、

「ごゆっくりどうぞ~。」

 と言って去っていった。


「ねえ、みーくん。あの人もすっごい可愛い人だよね。」

「ああ、白波先輩ね。見た目は可愛らしいとは思うよ。厳しい人だけど。」

「ちゃんと先輩に聞こえるように可愛いって言ってみたら?」

「言えないよ。生意気って怒られる……。」

 そんな様子を見てまた沙羅がくすくすと笑ってくれる。箸が転んでもおかしい年頃なのか、天性の気性なのかはわからないが素敵な一面だ。

「あの、失礼ですけど……。お二人は付き合っている人はいますか?」

 すこしだけ言いづらそうに沙羅から質問が飛んできた。

「私も御波も誰とも付き合ってないよ。」

「あ!そうですか!あの、……大学生にもなったら誰かと付き合うのかな…とか……。」

 何かをごまかすように彼女は飲み物を飲みながらつぶやく。自意識過剰でなければこちらをちらりと見てくれた気がする。

「私達はそんな甘酸っぱい青春は過ごしてないからね。」

 湊がやれやれと言った感じで答えてくれる。

「そのとおりだな。まあ、そういうサークルに入ればもしかしたら何かあるかもな。」

「それはそうだけど、サラちゃんは絶対にそんなサークルに入っちゃだめだからね。」

「えへへ。大丈夫です。」

 ゲーム内での彼女の様子や今日の振る舞いを見てもとても心配にはなるが、そう言ってくれるのならひとまずは信じる他ない。


 ⁑


 ひとしきり話をした俺達は、沙羅を駅へと送り届ける。俺と湊は自転車だった。

「あの、今日は楽しかったです。」

「俺達も楽しかったよ。またね。」

「何かあったらまた通話かけてね。」

「はい!」

 キレイに腰を折り曲げて、沙羅は改札の中へと消えていった。


「なんか今日だけで心が浄化された気がする。」

 湊が帰り道にぼそっと呟く。

「それは一緒なんだな。俺もそうだよ。」

「みーくん、お痛はしちゃダメだけど、彼女を悲しませてもダメだからね。あれは明らかに御波の事が好きだね。」

 無事に湊も彼女の過保護仲間へと仲間入りしたようだ。

「大丈夫かなー。俺の何か。」

「まあ、今日だけは私もあんまり言わないでおく。」

 カラカラと二台の自転車が押されて転がりながら学生街の方へ消えていった。


【5/9 午後10時 @梅ヶ谷家】

「今日はびっくりしたねー。」

「さーちゃん、湊先輩とちゃんとお話できた?」

「うん。大丈夫。あーちゃんがしっかりしてくれたおかげ。」

「バレてなかなー、私達のこと。」

「大丈夫だと思うよ。だって家族以外で見分けれる人なんてほとんどいないじゃない。」

「そうだよね。でも、ちゃんと気をつけていこう。」

「うん。」

「ああ、でも」

「「みーくんにはいつかは見分けてほしいね。その上で二人共と付き合ってくれたらいいな。」」

 ピッタリと同期した双子姉妹二人の声。

「みーくん、誰とも付き合ってないって。」

「じゃあ、好きな人がいないか今度聞いてみようか。」

「教えてくれるかなー。」

「えへへ。さーちゃんがんばろうね。」

「うん!」

 

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