第4話 サラとの次への約束

【5/4 午後12時半 @学生食堂】

 沙羅さらと昼食を食べるために、普段は使っていないおしゃれなカフェ風の食堂を訪れていた。ゴールデンウィーク中はこのおしゃれな食堂だけが空いていることが幸いだった。いつもの食堂は学生が多く入る分、いささかデザイン性は劣っている。折角に大学へ来てくれた沙羅をがっかりはさせたくない。

「サラ、何が食べたい?」

「んー、みーくんのオススメは何かある?」

 入り口のディスプレイには洋風料理が中心に展示されている。女の子を連れてくるのは(みなと を除いて)初めてだったので脳をフル活動させて思考する。

「夏だし、ラタトゥイユとかどうかな?……あ。」

 よく見るとそれには鶏肉のローストが含まれている。彼女が野菜以外の食材がどれほど好みなのか分からない。もしかするとよくない選択だったかもしれない。そう気がついたのは彼女にメニューを指差した後だった。

「みーくんは……。」

 沙羅はなにか驚いた顔をして俺の目をじいっと見てくる。選択肢をやはり間違えたのか!

「あ。お肉入ってるよね。ごめんね、他の方が……。」

 早々に言い訳をして謝っておく。急いでメニューへと視線を移そうとする と、

「みーくんは私の好みよく知ってくれてるねー。えへへ、嬉しいな。鶏のロースト美味しそう~。」

 なんでも許容してくれそうな天使のような声と笑顔が広がる。とても我慢して嘘をついているような感じではない。

「あ、良かった?あはは、好みで良かったよ。」

 野菜好きというのはそこまで変食的なレベルではないようだ。本当に良かったー!好感度が下がらなくてよかった。

「みーくんは何を食べるの?」

「俺はどうしよう。ピザ、夏野菜のピザにしようかな。」

 食欲がそこまでなかったので、本当は流し込めるようなメニューがよかったが、彼女の手前麺類などを食べるわけにはいかなかった。パスタをキレイに食べられる自信はない。

「ちょっとだけちょうだい。ね?交換しよう!」

「ああ、ああ、いいよ。全然いい!」

 懐いてくれているのは十分知っていたがここまで甘えてくれるのは信じられない。前世の俺はどれだけの徳を積んでくれていたのだろうか……。感動に浸りながら食券を購入して彼女に手渡す。

「はい、サラの分だよ。」

「あ、私のやつ550円だよね、ちょっとまってね。」

 彼女は手に持った白の財布から小銭を取り出して俺の方へ渡そうとする。

「いいよ、出さなくても、これくらいならバイトしてるからさ。」

 言っていることには嘘はない。ただ、それよりも良い格好がしたいだけだ。

「んー……。次は私も出すからね。みーくん、ありがとう。」

 彼女は細くて白い指先につまんでいいた硬貨をきゅっと握りこんで財布にしまった。指先の一動作までも繊細せんさいな洋菓子のように作り込まれているようで見ていてため息が出そうだ。


「いいんだよ。いつもゲームでは支えてくれてるだろう?」

「みーくん、3フェーズ目のデルタでかならず被弾するもんねー。くすくす。」

 献パーティの動きを俯瞰ふかんして先読みしていないとあそこまで上手なヒールはできない。彼女はただのマスコットではなく立派なヒーラーだった。

「忘れちゃうんだよなぁ。サラがいなかったら倍は死んでる気がする。」

「えらいでしょ。ちゃんとみてるんだからー!」

 食堂のおばちゃんに食券を渡し提供されるのを二人で並んで待つ。食堂の人影はまばらだったがここだけスポットライトに照らされたように明るいように感じるのは俺の心が踊っているからだろう。逆に俺がそれを見ている立場だったらコップを叩き付けて割りたくなる。

「はい、どうぞお二人さん。兄妹で大学見学かい?」

「いえ、こんな似てない妹はいないですよ。」

「じゃあ後輩かい、可愛い子だね。」

 付き合っているとは到底思っては貰えないようだが、悲しいが異論はない。ただ、もしもこんな妹がいたら溺愛するに違いない。あと、遺伝子検査を受けないと親のことを信じられなさそうだ。

「えへ。ありがとうございます。」

 沙羅はぺこりと小さくお辞儀をして商品を受け取る。

「優しい先輩ですよ!……ね、御波みなみ先輩?」

 何の因果か一瞬だけ高校生活に戻れてしまったようだ。ただ、こんな可愛く慕ってくれる後輩なんて一人もいなかったので妄想の高校生活だけれども。


 食事中に、約束したとおりピザの一切れを彼女に取ってもらう。そうすると、代わりに一切れのソースがかかったローストをフォークと使った滑らかな所作で俺の皿に受け渡してくれた。その振舞ふるまいにまた勝手にドキドキとしてしまう。何から何まで彼女の手の上で踊らされているのか、男を意識していないただの天然なお姫様なのか、全く区別がつかなかった。


【5/4 間章 @学生食堂の端】

「あー、みーくんと取かえっこまでしているー。ずるくないーい?」

 愛へ向けてメッセージを連投する。

“ずるい!!!”

“ねえー、やりすぎーー!”

 遠くからこっそりと見守っていると愛は連投されたメッセージに震えるスマホをさっと取り出して、そっとミュートしたようだ。

「あー私もしたいよー。あーあー。」

 双子の共有メモを確認すると様々なメモが追加されている。

・食堂の方に妹に間違えられた。雰囲気とか似てるのかな?

・その後にみーくんを御波先輩と呼んだ。

・愛の好きな鶏肉料理を選んでくれた! 沙羅がなにか言った?

「絶対に帰る前に代わってもらう……。」

 伊達メガネにマスク姿越しでもわかる可憐な顔。今日がもしも開講日であったらナンパ目的の声掛け1つや2つされてしまうかもしれないが、嫉妬で不機嫌なオーラを出す彼女に声をかける猛者は本日にはいなかった。



「いっぱい通知来ているみたいだけど大丈夫か?」

 沙羅の方から振動する音が断続的に聞こえる。緊急の連絡ではないかと心配してしまった。

「あー……。さーちゃんかぁ……。」

「……?」

「あ、ううん。ごめんね。食事中に、大丈夫だよ。友達のグループが盛り上がってるだけだよ。」

 沙羅はすっと操作をして画面を閉じる。マナーまでしっかりとしている子のようだった。

「そうかそうか、なら大丈夫だな。」

 まったくの杞憂な心配だったようだ。ゆっくりと彼女のペースに合わせて食事を楽しんだ。



 食事を終えて一息ついた後、沙羅と雑談に興じていた。

「やっぱり、みーくんとこの大学に通いたいなー。」

 そこまで言ってくれるのはとても嬉しい。彼女自身の志望学部はどこなのだろうか?

「サラはどの学部が志望なんだ?」

「私は文芸学部の日本文学科を受けようと思ってるのー!それでも、みーくんと同じ講義受けられる?」

「あはは、俺と一緒の教養を受ければもしかしたらできるかもな。」

「いいなぁ。とっても楽しそう。一緒にゲームの話しとかしちゃって怒られたりしちゃったりして、ねー?」

 沙羅と並んで講義を受けられるのなら、大学生活を円滑に進めるために同じ講義をうけている男友達をすべて捨ててもいい。

「湊も呼んであげよう。きっと楽しいよ。」

 そんな心の動揺を押し殺して冷静に務める。下心が漏れ出してしまいそうだったからだ。

「ミナトさんも同じ学部なの?」

「湊は文学部だよ。沙羅がもしもよかったら、今度俺のバイト先に来ないか?湊に会えるよ。その時に他にも大学のことを教えてもらうといいよ。」

 湊が女性であることはまだ話していないはずだ。念のために湊にも話しておかないといけないなと心の中へメモした。

「いく!」

 間髪を入れずに沙羅から元気がいい返事が貰える。

「ミナトさんにも会えるんだね―。楽しそう。あと……みーくんのバイト姿見られるなら絶対行く!」

「隣駅の駅前に喫茶店 La Luneっていう店だから、またおいで。」

 彼女がもしもくるのなら白波先輩に怒られないようにきっちりと仕事をこなさなければならい。最近のミスを取り返さなければ……。

「みーくんが都合いい日教えてね。また、連絡くれるの待ってるからー。」

「湊にも連絡しておくよ。」

「えへへ、はーい!あ、そろそろ……」

 カバンから彼女がそっとスマホを取り出して何かを確認している。

「時間が厳しいのか?」

「え、ああ。ううん、今日は3時くらいまでは大丈夫だよ!」

 現在は午後2時前だ。もう少しだけは彼女と過ごせるようだ。

「ちょっと電話してくるね。すぐ戻ってくるからー!」

「ああ、いってらっしゃい。急がなくていいからね。」


 パタパタとサンダル履いた足音を響かせて彼女は食堂の角の方へと走っていった。まあ、10分くらい待つのかと思ってウォーターサーバーから飲み物を2人分新しく取っておく。じーっとした機械音が響かせて水を注いでゆっくりと席へと戻った。

 この間は2分もなかっただろうが、元の席に戻ると沙羅が座っていた。

「あれ?早くないか?もう用事終わったのか?」

「はぁ…。あ、みーくん。うん!終わったー!ごめんね待たせて。」

 席に座る沙羅は何故か息切れをしていた。軽く肩で息をしている彼女に驚きながらも取ってきたばかりの水を渡す。

「いや……全然まってないよ。そんなに急いで来てくれたのか?大丈夫?」

「あ、ありがとー!みーくんとっても気が利くねー。」

 沙羅は受け取った水をごくごくと飲み干していく。食事の後とはいえいい飲みっぷりだった。なにはともあれ喜んでくれているのならいいか。

「んー美味しぃ。」

 少し汗もかいているのか上気した頬が桃色に染まっている。ワンピース姿と相まってとても艶やかに見えてしまった。もしもこれが自宅ででもあったら自制心が負けていただろう。さっさと話題を振って会話をしておかなければ。

「……?」

 沙羅は俺が何かをいいかけたのに気がついたのか俺の方をじっとみてきょとんと首をかしげている。目が合うとにっこりと微笑まれてしまった。

「なあにみーくん?」

「いや、何でもないよ……。じっとみてごめん!」

「いいんだよ別に減るものじゃないしー。今日の服、可愛いでしょ?先週おろしたばっかりだからー。」

 ちょんと首元を引っ張ってキレイな花柄の模様を見せてくれる。

「ああ、可愛いよ……。サラくらいなら何だって似合うと思う。」

 浮ついた雰囲気に口が滑ってしまった。こんな軽薄なセルフはイケメンしか言ってはイケナイと思う。言ってしまった手前、もうどうにもならないが。

「……みーくんとっても大胆だねー。ふふ、ありがとう。みーくんもそのシャツカッコいいよ。」

 彼女とずっといてしまうとダメ人間になってしまいそうだ。ここまで心を振り回される音は藍沙が音信不通になった時以来かも知れない。俺の心の中を何も知らない彼女は変わらずに机の向かい側で微笑んでいた。



 大学の話しやゲーム内での思い出話しなどをしているうちに彼女との別れの時間がやってきた。迷うこともないとは思うが駅までエスコートして送り届ける。

「みーくん。会ってくれてありがとう。また、バイト先にお邪魔するね。」

「俺もサラに会えてよかったよ。楽しかった。勉強の邪魔にならないくらいにまたおいで。」

「メーッセージならいつでも待ってるから、えへへ。また会おうね約束だよ?」

 彼女は細い小指を立てて指切りの形をしたまますっと目の前に出す。

「ああ、なんか古風だな。こんなことしたことないよ。」

 そっと緊張しながら小指を絡める。俺よりもちょっと体温が低いのだろうか。でも確かに暖かな温もりが指先を伝わってくる。夢ならここで覚めないでほしい。

「じゃあ、みーくんまたね~。」

 ゆっくりと後ろを振り返りながら駅へと消えていった彼女の後ろ姿を見届けてふぅっとため息をついた。自分の頬をできる限りひっぱり、爪を立てて痛みを確認する。

「ああ、現実で良かった。ありがとう神様。」

 春の風がそっとなびいて晴れやかな気持ちだった。無宗教を自負してきたが、今日から乗り換えていこう、その宗教の天使は沙羅でいい。

 湊に報告というか自慢をしておこう。どんな冷たい目線を向けられてもいい。この高揚感を押し売りしないと気持ちが溢れかえってしまいそうだった。



【5/4 間章 @桜ヶ丘駅前のある道】

「ちょっとさーちゃんの方がいっぱいいい事してもらってない?名前もいっぱい呼んで貰ってるし。」

「えー変わらないよー。あーちゃんだって一緒に食事できてよかったじゃない。私なんてコンビニのサラダしか食べてないんだからー。まあ、みーくんのバイト先に行くときはあーちゃんが先でもいいからさー。機嫌なおして?」

「えへへ、さすがわかってる。それでいいよ。」

「次いつ会えるかなー。あんまり連絡しすぎると押しすぎかな?」

「そうだね、焦りすぎてバレちゃダメだし、ちゃんと2人共好きになって貰えるようにしていかないと。」

「「ねー。」」

 マスクと伊達メガネを外し、同じワンピースに身を包んだ仲良く並ぶ歩く双子姉妹は着々と、大胆に、そしてしたたかに彼を射止める計画を進めていっていた。



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