第3話 サラとの初めてのオフ会
【間章 5/1 @梅ヶ谷家】
私たち
「あーちゃん、わたしみーくんの事、本気で好きになったかもしれない。」
「さーちゃん、わたしみーくんの事、ずっと前から好きだよ?」
「私の方が先だよ。」
「ううん。私が先。」
「だって、みーくんがフレンドに誘ってくれた時にプレイしていたのは私だよ。」
「だけど、ギルドに入れてって言って、OK貰ったのは私だよ。」
二人仲良く向かい合って手を繋ぎながらニコニコと笑い合う。どっちが先だなんていつも決着が付く話ではない。ずっと前から、誰かを好きになった時は同時に好きになっている。
「あのレイドが終わったらゲームも一旦止めるってお母さんとも約束したよね。」
「だから、みーくんに連絡が取れなくなっちゃうね。」
「「じゃあ、みーくんと会いに行こうか!」」
考えることは同じ。取り合っても仕方ない。ただ問題なのは彼の私達への認識だ。
「みーくんはサラって呼ぶじゃない。Sara Airishって名前にしたせいだけど。私の名前もちゃんと入れたのにー。」
愛が沙羅に文句を言う。Sara Aiだとなんとなく語感が悪かったのだ。
「みーくんと約束するのは愛ね。でも、最初に会いにいくのは私ね。それでいい?」
「うん、まあいいっかー。でも、会ったときにちゃんと入れ替わってよ?」
「かわりばんこにしようかー。お手洗いとかですきを見て入れ替わりね。」
「みーくんが二人共受け入れてくれるからな。」
「二人共交互に好きになって貰って、両方好きになってもらおう。」
なにかを共有することには慣れている。鏡をみるのと変わりない自分が同じ考えでいてくれる。
「じゃあ、さーちゃん。写真撮ろうか。何がいいかな?」
愛はカメラを構える。彼女は強いて言えば写真を撮ることが好きだ。
「男の人って制服好きだよね。」
「うん。じゃあ着替えようか。」
沙羅が制服に袖を通す。逆光にならないように写真の構図を考える。部屋のカーテンを軽くあけて明かりを取り入れる。
「じゃあ、ちょっと清楚に見えるように、こう、手を軽く組んで。」
「こうかな。」
「いいねー。じゃあ、はいポーズ!」
カシャ
部屋にシャッター音が響く。ちょうどそよ風が窓から入ってきたおかげで沙羅の髪の毛がふわりして優しげな表情になっている。
「いいねー。よく撮れてる。」
「あーちゃん褒めすぎじゃない?」
「あ、わたしの写真センスを褒めただけだからねー。」
「モデルが良かったんじゃないの?」
「「でも、わたし達おんなじ顔じゃん。」」
二人がタイミングがよく揃って笑い合う。
「気に入ってくれるかなー。みーくん。」
「ミナトさんは、清楚系が好きだって言ってたよ。あと、カッコいいってさ。」
「え、それは初耳だよー。なんで知ってる?教えてくれてないじゃん!」
「この前にみーくんと内緒で通話していたの知ってるんだから。」
お互いに内緒にしていることは少しだけあった。そんな言い合いをしながら、きゃっきゃと笑い会う双子の声が春の空の下、平和にこだましていた。
⁑
【5/4 午前9時半@大学駅前】
約束の10時から45分も早めに大学の駅前にたどりついてしまった。午前6時に目が冷めて何もすることがなかった俺はゲームにログイン・ログアウトを繰り返して意味のない行動を繰り返していた。家で待っていてもソワソワとしてしまい、居ても立っても居られなかったのでさっさと出かけることにする。
普段付けないで肥やしになっている、慣れない腕時計を今日は身につけている。何度も、何度もその時計で時刻を確認してしまう。さっき見てから30秒しかたっていない。
「やっぱり、騙されているのか……。」
約束の時刻にすらなっていないのにナイーブになっていく。オフ会なんて男同士でしかしたことがない。ましてや、あんな可愛い女の子が自分から会いたいといってくれるなんて。
足先をトントンとテンポよく揺らして気を紛らわす。壁に持たれこんで、ふぅっとため息をついて空に浮かぶ雲の行く先をじっと眺める。あと30分以上もこの調子だと気が参ってしまいそうだ。
「みーくん?」
後ろから柔らかな声がする。甘い紅茶のように優雅な声。振り返るとそこには写真のままの彼女がスラリと立っていた。春の風になびくワンピースの
「サラ?」
「やっぱり、みーくんだ!えへへ、始めまして。梅ヶ谷 沙羅です。沙羅は沙羅の木っていうのがあるから調べてみてください。」
前言撤回、写真でみたままという表現は間違っていた。その声に、その瞳に、その振舞いを直接みてしまうともう写真だって彼女の魅力の5割も引き出せていないのかと思ってしまう。
「あ、
照れ隠しに首の付け根をさすってしまう。周りの様子なんて何も見えなくなってしまった。
「アイは私のあだ名みたいなやつなの。Airishって名前付けているでしょう?」
本名とは関係がなさそうなあだ名をつける事もあるものなんだな、その時はその程度の認識しか出来ていなかった。
「大分、早く付いちゃったのに、ずっと待っていてくれたの?」
首をかしげてきょとんとしている。
「いや、サラに早く会いたくってね。はは、緊張してソワソワしてたんだよ。大丈夫、10分くらいしか待ってないから。」
「そうなんだ。えへへ。嬉しいな。」
太陽だね。天使かもしれない。今日こうして出会えて会話ができるだけで人生に悔いがなくなりそうだ。
「サラも
「うん!みーくんに会えるのが楽しみだったから。もしも、遅刻なんてして嫌われたくないし……。」
手を
「サラが遅刻するなんて想像も出来ないよ。ゲームの中でだって1度もしたことがないだろう?」
「それはそうだけどね。初めては大事にしないと、ね?」
「……。そこまで言ってくれるのなら、俺も嬉しいよ。さ、大学案内するからさ。」
「じゃあ、よろしくね。みーくん。」
彼女は手に持っていたカバンを両手に持ちかえて、ワンピースの裾野を軽やかに広げ歩き始める。周りにいた大学生達がこちらを信じられないような目と表情で見ているのが分かる。ゴールデンウィーク中に学校にきている連中は研究室が忙しい先輩やサークルだったりが目的だろう。そんな中でこんな可憐な女の子を連れ歩く優越感と来たらこの上なかった。
⁑
事前にデートの基本サイトで予習した通りに、彼女の歩くペースに合わせてゆっくりと進むことを意識する。意識しすぎてぎこちなく歩いてしまってないか心配だ。
「ここがメインの講義館かな、一般教養だとここに来ることが多いよ。」
メインストリートを抜けていくと8階建ての大きな学舎の前にたどり着く。見かけた建物やモニュメントを簡単に紹介する。
「みーくんは何学部なの?」
「俺は経済学部だよ。」
「へぇー。じゃあ将来は会計士とかになるの?」
将来の目標を言い当てられてびっくりする。公認会計士試験にうかれるかは未知数だが、バイトの合間を縫って授業に加えて勉強をしている。
「ああ、そうだよ。よく分かったね。」
「ピッタリ当てられた?私すごいかな?でもカッコいいね。会計士って。いっぱい稼げるかな?」
「収入はどうだろうね……。まあ、なれたらいいよね、高収入な男に。」
「収入がいっぱいあれば家族いっぱい養えるね。えへへ。」
「あ、ああそうだねー。」
子供がたくさん欲しいとか言うあれでしょうか。何かを聞く度にドツボにハマっていっている気がする。
気がつくと歩きながら彼女がスマホでなにか入力している。友達からメッセージでも届いたのだろうか?
「立ち止まろうか?大丈夫か?」
「あ、あぁ。うん。ありがと。大丈夫だよー。ごめんねー。画面みてて。」
「友達から連絡でも来ていたのか?」
「ううん。自分用のメモとってたの。日記みたいなものかな。」
「ああ、じゃあゆっくりととっておいて!遠慮せずに!」
「今は書き終わったら大丈夫だよ~。」
彼女が持つスマホには、ピンクゴールドの針金で可愛らしく造られた、右側半分に割れたハート型のアクセがキラリと光っていた。
「あそこが食堂だけど、今は長期休暇だから閉まっていね別の食堂は開いてるから
後でいこうか。」
休業の知らせを告げるボードが入り口に掲げられている。他の食堂までの簡単な地図が簡素に貼り付けられていた。周りを見渡しても学生の数はやはりまばらだ。偶にすれ違う生徒の視線はやはり隣の沙羅に釘付けだった。
「2つの食堂はなにかメニューが違うの?」
「合計で3つあるかな、ここは定食とかもあるけどサイドメニューが豊富。うりは量り売りになっているところじゃないかな?」
「量り売り?」
よっぽど都会の私学高校でもない限り量り売りは馴染みがないだろう。
「料理が単品で置いてあってそれぞれに値段が付いている。サラダとかはとった分の重さだね。」
「いいなぁ。私、野菜が好きだからいっぱい食べたいー。」
普段サラダを避けて料理をとっている俺には耳の痛い話だ。彼女の前では野菜をより好みしないようにしよう。
そのあといくつかの場所を巡った後に図書館近くの休憩スペースで足を休める。緊張して変なあるき方になっているのか、普段使わない筋肉が消耗されているきがする。
「あ、みーくん。私お手洗いに行きたいんだけどちょっとまってて貰えるかな?」
「ああ、いってらっしゃい。場所わかる?」
「知ってるよ~。ココで待っててね~。」
「あ、……。」
彼女はカバンからポーチを取り出して足早に去っていってしまった。向かった方角にも確かにトイレはあるが少し遠い。もっと近くのトイレを案内してあげれば良かったが、声をかけるスキがなかった。一人になると夢見心地からすっと抜ける。さっきまでの出来事が妄想ではないことを裏付けるように彼女にカバンだけは置いてある。白色の革でつくられた小さな手提げカバンがちょこんと持ち主を待っていた。
⁑
5分ほどたっただろうか。沙羅がもしかして迷っていないか少しだけ心配になる。女の子を待つ時はしっかりまっておくように指南サイトにも書いてあったので、腕を組んでじっと待ち続ける。
ガラスの向こう側では
彼女自身は勉強をしなければならないので邪魔をしてはいけないけれど。そんなロマンチストのように想いにふけっていると、さっと近づいてきた影に気がつけていなかった。
「みーくん。お待たせー。ちょっと迷ちゃってねー。」
「いやいや、ちゃんと案内を俺がすればよかった。」
そういいながら彼女の荷物を手渡してあげようとしてカバンに手をかける。ちょうどのタイミングで彼女もカバンへと手を伸ばしていた。指先と指先が触れ合う。
「あ、えへへ。ありがとー。取ってくれようとしたんでしょう?」
「え、ああ、そうそう。タイミングがね。」
触れ合った指先の感触が残っている。細くて小さいけれどしっかりとしたしなやか指先だった。
「気にしないでね。あ、お腹空いちゃったー。みーくん、連れて行ってくれる?」
「行こう行こう。俺もお腹空いたし。」
本当のことを言えばお腹は全く空いていない。喉を潤すために水をいっぱい飲みすぎただろうか。緊張でカラカラになってしまっていたのだ。
⁑
【間章 5/4 @大学のどこか】
・みーくんは経済学部で、会計士を目指している。将来は2人養えるかな?でも3人で働けば大丈夫だよね。
・アイは私のあだ名ということにしておいたから。基本は沙羅で、愛がどうしても呼んでほしい時はアイにしてもらうよーに。
オンラインで共有されるメモには沙羅からの報告がトントンと上がってくる。みーくんに関する情報が次々と共有されるので入れ替わる間までに必死に覚える。隠し撮りされた写真が何枚か送られてくる。
「あー、いいなぁ。やっと初めて会えるー。えへへ。」
少女はあやしい笑みを浮かべて、相方との入れ代わりのタイミングを密やかに待っていた。
“沙羅:F号館の2F南女子トイレ 後5分で到着しまーす!”
“愛:はーい。待ってた!”
女子トイレの個室で待つ少女の持つスマホには、ピンクゴールドで左半分に割れたハート型のアクセがキラリと光っていた。
⁑
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます