第2話 オフ会の事前相談と明日の約束
桐山
藍沙は何かの話がきっかけでゲームが俺の趣味であることを湊へ話したらしい。後日、彼女はこっそりと自分の趣味もゲームであると教えてくれた。
「ねえ、
「え。桐山さんやってるの?ちょうど初めたところだよ。」
「ならレベル上げ付き合って欲しいな。藍沙はゲーム嫌いそうだから、内緒ね。」
彼女はバレーボール部に入っていて、活発的な女の子だった。短髪で
「本名でゲームキャラ作るとかあるか?」
「まー、いいじゃない。私、自分の名前好きだしさ。」
湊はその容姿にとても合っている竹を割ったような性格で付き合いやすかった。最初のうちは二人だけで淡々とゲームを進めていった。ただ、そのうちに彼女の積極的な性格もあってフレンドの輪が広がっていった。サラと出会ったのもその頃だ。ただ、お互いに受験の時期なると一旦は活動を停止した。しかし、なぜかそれよりも少し前からに彼女はなぜか俺を避けていたようだったが、同じ大学の学生になって、さらにアルバイト先が一緒になるとまた高校のころのような関係に戻れた、……と思っているが本心を聞き出せたことはない。多感な時期だったので彼女にも色々あったのかも知れない。
【5/3 午後6時@喫茶店 La Lune】
そんな湊に昨晩のサラの発言を相談しようとアルバイト中からチラチラと伺いっていると、邪険にするようにじろりと睨まれてしまった。遠くから口パクで、
「あ、と、で、ね。」
と動かした後は、さっさと自分の仕事へと戻っていった。とても浮ついていた俺はその日に何度しょうもないミスをしかけたか分からない。
俺は本屋に併設されたカフェの厨房で軽食や飲み物を提供している。ごくごくまれに配膳や注文を取ることもある。湊は本屋側の仕事をしている。彼女は本も好きだった。
その背の高さと身体のしなやかさを生かして最上段の本棚にだって軽々と本を補充している。
「三崎くんー。カフェモカのスモールね。……でもねー、三崎くんが手に持ってるのミルクじゃなくて紅茶だよ。」
同僚でもあり大学の先輩の
「すいません。ボーッとしてました!」
呆れた顔をしてカウンターに肩肘を付いている。客からはあまり見えない角度とはいえ先輩の態度も適当なものだ。
「まあ、パッケージの形同じだからさー。見てないと間違えても仕方ないけどー。間違えて出したら私怒られちゃうからね。お願いよー。」
「ええ、気をつけます……。カプチーノ、カプチーノ……。」
「カフェモカじゃ!このアホー!」
俺のミスに限界を迎えたのか、先輩は手に持っていたプラスチックのトレイでペシペシと殴ってくる。さっさと湊に相談して何とか落ち着かないと先輩に本気で呆れられてしまいそうだ……。
⁑
午後7時にアルバイトを終えて、自分のカフェでそのまま客として居座る。忙しくなっている時間帯なので遅番の白波先輩はパタパタと店の中を行ったり来たりしている。湊も仕事を終えてこちらへ合流してくれたので、好きな飲み物と食べ物をおごる約束で話を聞いてもらった。
「つまりなに、サラちゃんが美少女で、
夢物語を語るように辿々しい話ながらも要点はちゃんと理解してくれたらしい。
「そうそう。いやもう、騙されてるのかなって心配で。」
「騙されるんじゃなくて御波の妄想でしょ……。あの子が
日本が崩壊するまで言われなくて良かった。ただ、妄想でないことを証明するために証拠としてチャットで送られた写真の1枚目を彼女に見せる。
「はぁ……。インスタから拾ってきたの?……そう、制服が好きなの……。藍沙のことやっぱりまだ好きでこの先もコンプレックスとして生きていくしかないのね……。」
彼女の目線がすっと憐れむように伏せられていたたまれなくなる。
「違う。頼む。妄想かもしれないとは俺も思っているけど、もう一枚あるから、な?」
寝間着姿でゲーム画面を写してピースをしているサラの写真を見せる。画面を拡大するとたしかにSaraとアカウント名が読み取れる。なによりも壁紙が昨日終えたレイド直後の記念写真なのだ。
「これは……、私のキャラがいるし。御波のキャラもちゃんといる……。合成にしては完成度が高い……。」
「そんな俺に画像加工スキルないから、外注もしてないよ?ホント!」
なにか後ろ暗い事があって言い訳をするように必死になって説明する。
「そうね……。言い過ぎたわ。確かにサラなのね、この可愛らしい子が。じゃあ良かったじゃない、これでトントン拍子に話が進めば可愛いリアルフレンドができるわね。」
コーヒカップに口をつけて一口飲んだあと、ソーサーに戻す際にカタンと大きな音が鳴る。
「手は、出さないよね? 三崎くん。」
素敵な大人の笑顔で湊さんは片肘をついてじっと迫ってくる。彼女の目は本気で言っている。
「ダシマセン。カナラズ。」
両手を上げて降参のポーズをする。たしかにこんなに可愛かったら自分でも自身が信じられない。捕まるわけにはいかないので自制心をフルで働かせるしかない。
「はぁ、大丈夫かなぁ。まぁ……御波はヘタレだから大丈夫かな。」
「湊にそう言われると安心してきた。そうだな、俺は甲斐性なしだったわ。」
「はぁ……。」
湊がぐっと肩を落としてコーヒーを流し込むように飲み終える。ちょうどのタイミングで白波先輩がやってきた。
「君達、おかわりは飲む?飲むよねー?」
さっそうとやってきた先輩の言葉は悩める後輩への指導ではなく、この場所を専有する代金の取り立てだった。
「じゃあ、同じもの2つ。」
「いや白波先輩1つで大丈夫です。私は明日もバイトなので。……御波、もう帰るね。また進展あったら話聞かせてね。」
「あ、ちょっと待ってくれよ。」
カバンを肩に引っ掛けて、彼女はさっと立ち去っていく。後ろ手でヒラヒラと手を振りながら店を出ていった。まだ半信半疑なのかもしれない。
「アメリカンコーヒー1つ入りましたー。」
「あぁ、俺も……帰りま…す…。」
漏れ出る声は残念ながら先輩には届かなかった。出てきたコーヒーはなぜかいつもよりもちょっと苦い。一人寂しく飲み終えて早々に自宅へと帰ることにした。
⁑
家に帰り、スマホにいれたチャットツールをオンラインにすると、早速にサラからメッセージが届く。ピロンと着信音が鳴り響く。
“みーくん。おかえりなさい。アルバイト終わった?”
元より彼女からプライベートチャットが来るだけでワクワクしたものだが、今のそれは以前の比ではない。心が踊ると言ったほうがいい。
“今帰ってきたよ。夕飯食べるとこ。”
“じゃあ、食べ終わったら明日のこと話したいな?”
“じゃあ、ちょっとまっていてね。”
“はーい。”
「これが……春かぁ。じゃあ春らしいものを作ろう……。」
ぶつぶつと一人言をいいながら、冷蔵庫に余っていた春キャベツとベーコンを使ってペペロンチーノを適当に作る。パスタ料理はバイト先で作りなれているのでもう何も考えなくても手が動いた。
彼女をまたせすぎないようにささっと平らげた俺は食べ終わった皿を適当に流しに置いてパソコンを立ち上げる。
立ち上がったチャットアプリでいつでも通話をかけてきて良い旨を伝える。ものの数秒で彼女から着信があった。昨日と同じ、緊張した手で応答ボタンをクリックする。
「もしもし?」
「こんばんは、サラ。」
「みーくん。こんばんは~!夜遅くまで頑張るね~。」
「そうだなぁ、苦学生だからな。」
「えらいねー!あ、えへへ。先輩なのにごめんね!」
「今更気にしないから、大丈夫だよ。普段通りで。」
「えへへ。そう?あ、そういえば、私のことはサラでいいけどアイとも呼んでね。どっちの名前もすきだから気がむいたら呼んでね。」
「ああ、本名がアイなのか? おれは三崎 御波だよ、もう湊が何度か大声で言ってたけど。」
イヤホン越しにクスクスとした甘い声が聞こえる。
「みーくんはゲームも本名もみーくんなんだねー。1つだけで呼びやすいね。」
「そうだね。女みたいな名前で気に入ってないけど、今回は役にたったな。」
「いいと思う。ミナミ、可愛くて、ね?」
「サラ……。アイにそう言ってもらえるなら良かったよ。ちょっと好きになる。」
「え……。好き?」
だめだ、主語が抜けているせいで誤解を招いてしまった。
「あ、違う、名前がね、自分の。」
「ああ、なんだー。びっくりしたー。はぁー……。」
イヤホンからドタドタとした音が聞こえる。何か物でも落としてしまったのだろか。
「ごめん、ごめん。そういえば、明日の話だったね。」
お互いが恥ずかしくなってしまうので慌てて話を変える。
「う、うん。そうそう。大学前の駅でいいよね!」
「改札は一つしかないから、その前で待ち合わせがいいと思う。」
「この前にオープンキャンパスには行ってきたから、大丈夫任せて!」
「あれ、それなら別に俺の案内がなくても……。」
そのことは隠しておきたかったのか彼女は慌てた様子になる。
「あ、違うのー!そのー。在学生しか知らないようなスポットとか、ね。教えて欲しいの。」
向こう側でブンブンと手を振る姿が見えるようだった。
「あーそれなら、外れにある食堂とか適当に案内するよ。」
「う、うん。そういうのがいい!えへへ。」
まるで満開の花が咲くような笑い声に胸がくすぐったくなる。その声を耳元で聞いているだけで甘い甘いミルクティーでも飲み干したようだ。
「あ、そうそう。私、明日はね、このワンピース来ていくからね。」
急にビデオカメラがONになって画面に写真で見た彼女の姿が写る。手にハンガーに掛かったワンピースを目の前に掲げて、ニコニコと笑っている。薄い赤色の花柄がついたロングワンピースは春らしくゆるりふわりとしたレース調だ。
「ちゃんと見つけてね?」
サラが笑顔でカメラに手を降ってビデオがOFFになる。一瞬の出来事過ぎて何も対応が出来なかった。
「俺は……ビデオカメラはONにできないなぁ。」
パソコンの後ろ側にはとっちらかった服が散乱している。これは後で本格的な片付けをしなければならない。もしもね、家に来ることがあったときのためにね。もしもだけれど。
「お部屋散らかってるんだねー。ちゃんと片付けないとー!」
「そうそう、サラにはバレバレだね。」
心の中が読まれたか、カメラがONになっていないか不安になる。
「なんとなくね。装備の整理とかいつもミナトさんに怒られてるから。」
ギルド内の共有倉庫へ適当に物をしまうと履歴で湊にばれてしまう。気をつけてはいるが、無意識のうちに適当にしてしまうといつも怒られてしまっていた。
「恥ずかしいことに……そうなのです。」
「じゃあ、カッコいいよく見えるように片付けておいてね?」
これは期待してもいいのでしょうか。神様。俺をこの誘惑で試して天国へ連れていけるかの審判をしているのでしょうか。
「わかった、わかった。やっておくから。」
心の中で審判に震えながら、なるべく冷静に務めて返事をする。年上の威厳はすでにないだろうが少しだけでもリードを保っておきたい。
「もしも出来てなかったら、片付けお手伝いに行かないとー。」
これはやはり話が出来すぎだし甘すぎる。今日の湊の冷たい目線を思い出して自分へむけて爪を立てておかないと今にも気持ち悪い笑いが漏れ出てしまいそうだ。
「サラの彼氏になれたら世話を焼いてもらえて幸せそうだな。」
「そうだよー。今……、あ、ごめんね。お母さんからそろそろ注意されそう。また明日ね。10時で、待ってるから!」
とっても大事なところで話を切られてしまう。何をいいかけたのだろう?また眠れなくなってしまう。このままでは本当に生活リズムが壊れてしまう。
「あ、おう。おやすみ!」
「みーくん。おやすみー!」
元気いっぱいの声で通話が終わる。終話を知らせるメッセージがパソコンの画面に表示されると、暗転した画面にはさきほどいた天使のみた顔ではなく、ニヤついた男の顔だけが写っていた。それを見ると冷静さを少し取り戻した。
「明日、何着ていけばいいんだ……。ヤバい、探さないと!」
もうあと十二時間もしないうちにサラにリアルで会える。家の中でひっくり返すように服を探す俺を、窓の外で天高く登った月があざ笑っているように
⁑
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