第一章
1話
「海ちゃん、昨日はびっくりしたわよぅ。あんな大声で叫んじゃってぇ」
「アハハ……すみません、昨日は飲みすぎちゃって」
通学しようと部屋を出ると、隣人のご婦人・キクコさんに呼び止められた。
どうやら俺は昨夜、叫んだらしい。
とは言っても、昨夜の記憶がない。
覚えているのは、仲のいい人を1人部屋に呼んで酒を飲んだ事くらいで……。
「学生でも大人は大人。ハメを外すと社会に出たとき困るわよぉ?」
「気を付けます……」
「お酒もほどほどにねぇ?」
「はい……」
今後飲むときはしっかりとしておくか……。
というか俺、酒には弱いんだけど。
一緒にいた奴に無理やり飲まされたのだろう。
「あ、それとねぇ」
「えと、何ですか?」
「近所の皆さんに謝っておきなさい。すっごく大きな声だったもの。社会では何でも自己責任よぉ」
うっ、そうですよね……。
*****
キクコさんに言われたように、そのあと俺はアパートに住む人一人一人に訪ね、謝罪の言葉を述べた。
寝起きで機嫌の悪い人もいて、正直怖いとも思った。
まぁ、原因は俺だからな……。
そして、大学には講義寸前に着いた。
「よっ」
不意に後ろから声をかけられた。
同じ文学部で同級生の
気怠そうなジト目に、無造作に伸ばした髪。
日夜パソコンに向かってそうだが、趣味は歴史的遺跡を巡ることである。
「おはよ。教授はまだなんだ?」
「出っ歯ジジイは遅刻。いつもの事だな」
なら、講義開始まで時間に余裕があるな。
与謝はそう言いながら飴玉を口内に滑らせる。
そういえば。
「山田と鬼ヶ島は?」
この2人も与謝と同じく文学部の同級生である。
「電車が遅延ってさ」
「人身事故?」
「そそ。男子高校生が引かれたらしい。ヤヒーニュースでやってた」
「へぇ……恐ろしいよな。しかもラッシュの時間に」
「だよなー。そうだ、飴食う?」
「じゃ、ありがたく」
貰った飴をボリボリ噛んでいると、ふと気になった。
「お前昨日、うちに来たっけ?」
*****
「電車が急にグラッってなったんです、グラッって!」
「グラッじゃなくてガタッだろうが!!!」
山田と鬼ヶ島は空きコマの時に到着した。
細身の優男が山田洋一、筋肉質で角刈り頭の方が鬼ヶ島鉄だ。
因みにだが、山田は俺と、鬼ヶ島は与謝と出身高校が同じである。
「別にグラッでもガタッでもどっちでも良くない?」
「よくねぇよ、元根!」
「とにかくびっくりしたんですよ!本当に突然だったんですから!!」
弱気な山田はもちろん、鬼ヶ島も余程パニックだったらしい。
「というか自分、1番前の車両に居たから死体を見ちゃったんですよ!!」
俺は事故に遭遇したことがないので他人事になってしまうが、人が死ぬ瞬間はトラウマを強く植え付けられるみたいだ。
「行く先々で殺人事件に遭う名探偵コタンは凄いってことだな」
「あのな与謝……」
鬼ヶ島が与謝を強く睨んだ。
それはもうすごく恐ろしく。
ああ、そうだ。
山田と鬼ヶ島にも聞かなければ。
「話題を変えてしまうけど、ひとつ聞いていい?昨日俺の家に来たの、誰だっけ?」
*****
「2人でもなかったか……」
講義の前で与謝に聞いて、空きコマに山田と鬼ヶ島に昨日のことを聞いたものの……。
「昨日?お前ん家には行ってない、休みだったから鎌倉に日帰りで行ったけど」
「自分は初歌ミミちゃんのイベントに行きましたが、元根さんのとこには行ってないですね」
「オレは柔道大会の観戦だったな。お前の家には行ってねー」
……ということで、大学の友人3人は昨夜俺と飲んでないとのこと。
だとしたら、バイト仲間のあいつだったのかもしれない。
丁度今日バイトがあるから聞いてみよう。
*****
バイト先は居酒屋「都の小太郎」である。
「おはようございます」
「お、元根!」
現れたこのチャラ男が「バイト仲間のあいつ」こと酒月詩真だ。
一言で言えばチャラ男である。
こいつとは何度か食事に行ったことがあるのだがその都度女の子にナンパする。
そしてその都度断られる。
余談だが動物愛好家という一面もある。
「丁度良かった。お前にちょっと聞きたいことがあんだけど」
「ナンパの仕方を教えて、とか?お前も男だからなぁ〜。仕方ない教えてやろう」
「違う、ナンパの事なんて聞いてないだろ!?俺が聞きたいのは……」
「へぇ、元根君ナンパするの?」
「……え、棘野先輩!!」
話に入り込んだのは、棘野美亜先輩だ。
抜群のスタイルに整った顔立ち。
居酒屋よりもモデル業界が似合うような美人である。
「違いますよ!?俺、ナンパに興味があるんじゃなくて」
「じゃなくて?」
「昨日、家に誰か呼んだんですけど酔ってて誰だったか覚えてなくて……大学の友人じゃなかったから、もしかしたら酒月かなーってだけで」
「そうなんだ?」
「なんだ〜。ナンパじゃないのか、残念」
俺がナンパに興味があるという誤解を解き、それと共に質問の意図を伝える。
「で、酒月。昨日、お前を家に呼んだっけ?」
「残念だけど、オレッチは違うな。てかそれ、相手が女の子だったらやばくない?」
酒月もハズレ?
もう心当たりがないな……。
昨日俺は一体誰と一緒にいたんだ?
「これで話はおしまいやね?そろそろ開店準備に取り掛かろうか」
棘野先輩に促され、俺と酒月は開店準備に取り掛かった。
*****
バイトも終わり、1人で夜道を歩いていく。
そこまで大事とはいかないが、モヤモヤする。
明日はこの事気になってないといいんだけどな……。
これよりももっと気になることが見つかれば気が紛れるだろうけども。
「……」
隣に人気を感じた。
恐らくジョギングや散歩中の人だろう。
気にせず行こう。
「……」
その気配は動こうとしない。
スマホの着信があったのだろう。
「……」
その気配はこちらをじっと見ている。
いや、怖。
なんなの一体。
ちょと見てみるか?
不審者だった時のためにスマホを片手に握り、道の端に向かってみる。
そこには。
「……」
女の子だ。
女子高生ぐらいの年齢だろうか。
金髪を後方でひとつに結い、桃色の双眼の女の子だ。
体操座りで上目遣いに俺を見つめている。
そして、その娘の頭部には
「私を……拾って」
ささくれた二本の角が生えていた。
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