第18話「家出」


あれから毎日、おっちゃんは律義に通ってくれている。

そのお蔭で、ぴーちゃんはぐんぐん成長をしているみたい。

最初はよく、中庭が燃えていたらしく。

くたびれた庭師のおじいさんが、よく目撃されていたらしい。

す、すまぬ。うちの子が。


三週間経った今はもう、的を外すことなく、庭は燃えていないみたい。

なぜ、全部聞いた話みたいなのかって言うと。

私がほぼ、部屋から出ずに、内職に励み過ぎたせい。

イザベラさんに、部屋から追い出されて。

庭なう。


「うちの子が、ご迷惑をおかけしまして…。」

「気にしねぇでください。今は、被害もねぇですから。」

「……。本当に、すみません…。」


立派な竜になったぴーちゃんが、空を飛んでる。いつの間に。

子の成長は、ヘチマ並に早いわぁ。


「奥様は、体調はどうでごぜぇますか?」

「今日は、大丈夫です。」

「そりゃあ、良かったです。」


そう。

最近、私は調子が悪い日があって。

ふと、気持ち悪くなったり。ご飯が食べられなかったり。

思い当たる節もなく、寝れば調子が戻るので。

お医者様に!という皆を抑え込んで、部屋にいた。

そんなに酷くもないし。心の問題な気がして。

ここに来て、ダニーがいないことに、身体が反応しちゃったんじゃないかなぁと。


考えないようにしてたけど、もう一カ月は経つからね。

何の音沙汰もなく。

静かだわぁ。


「早く、旦那様が、戻られるとえぇですね。」

「…そうですね。」


ダニー。どうしてるのかな。


『若造は息災だ。』

「あ?」


イラっとする声が聞こえたな。

…気のせいだ。


『無視する気か。』

「え、あ、いたの。」


憎きライバル。


『気分が良くないようだのう。』

「えぇ。あんたのせいでね。」


相変わらず、右肩がお好きで。


『今日は、女子おなごに、』


ヒュッ、バサァ。


何かが横切ったと同時に。

鷹が飛んだ。

何だよ!びっくりするじゃん!


「これ。ラキやめねぇか。」


右肩に、白い、ネズミ?


『こいづ、ラウルがてぎっていうどった。』


あん?なまりで、聞き取りづらいな。


『面倒なやつだのう。』

『おりでごい。おらがあいでだ。』


木に避難した鷹に向かって、威嚇いかくしてる。よね。


「あ、大丈夫だから。ちょっと話すだけだし。」


どうどう。と肩の子に言うと。

不服そうな顔をして、大人しく座った。

かわいいな。でも、なぜそこに?


女子おなごの様子を見てこいと、若造がうるさいから、来てやったのにのう。』

「え、ダニーが?」

『伝言も預かった。』

「ほう。」


わくわく。


『…元気か?すぐ戻れるように、努力している。』


わっ、すごい。

ダニーの声真似じゃん。


『体調は?』

「…大丈夫です。」

『食事は取れているか?』

「…ちゃんと食べてる。」

『睡眠は?』

「問題ないよ。」


何か、ダニーと会話してるみたい。


『うむ。では戻る。』

「待てコラ!」

『何用か。』

「私の伝言も、ダニーに伝えてよ。」

『…仕方がないのう。』


ふんっと言って、じっと私を見つめる。


「ダニー、最後まで、気を抜かないように。」




鷹が声真似したせいで、寂しさがぶり返したみたいだ。

夜中、ベッドの中で。

なぜか、泣けてきた。

情緒不安定すぎるだろ、私。

こんなに、弱くなかったんだけどな…。


『ママ?どうしたの?』


ぴーちゃんが、ベッドを覗き込むように顔を寄せた。

私よりも大きくて。ベッドに乗れなくなった。

もう、こんなに大きくなったんだよ。ダニーが旅立ってから。


「ん。ちょっと、寂しくなっちゃったのかも。」

『…パパがいないから?』

「そう、だね。」

『パパは、のんびりさんだね。』

「ふふっそうだね。」


それだけ大変なところに行ってるっていうのが。

一番、不安。

何か悪い事が起きるかもしれない。その不安が拭えなくて。


『ぼくが、むかえにいってくる。』

「え?」

『らうのいるばしょにいけば、いるよね?』

「うん?多分。」

『いってくるっ!』

「ちょ、」


待てや!


バサァっと羽を広げて飛んでいく。

窓ガラスを壊して。

………嘘でしょ?


「ちょ、ぴーちゃん!あんた、私を殺す気か!」

『(だいじょうぶ~)』


驚く速さで離れていく。

………おやふこうものぉ!




翌朝。

どっちにしろ、どうにもならんので。

普通の生活を送ることにした。

ヤバかったら、帰ってくるだろ。…帰ってくるよね?

帰ってくることを願って。

……悪い夢だったのかも。部屋の窓ガラス、直ってるし。


「ぴーちゃーん。」

「奥様…。」

「…やっぱり、いないよね。」


イザベラさんが、不安そうにこっちを見てる。

最近の体調不良もあってか、私の一挙一動への反応が凄い。

こんなに見守られたら、何もする気が起きないわぁ。


「奥様。体調はいかがですか?」

「今日は、問題なさそうです。」

「そうですか。」


ほっとしたように笑顔を見せて。

食事をテーブルに並べる。


「ところで、イザベラさん。」

「はい。」

「爽花屋のおっちゃん。いかがですか?」

「は?」

「ぴーちゃんがあんなに強くなったのも、あのおっちゃんのお蔭だと思うんですよねぇ。」

「はぁ。」

「良い人だと思いません?」

「そうですね。」

「なら、付き合っちゃえばいいのに~。」


下世話なおばちゃん、発動。


「付き合っております。」

「…は?」

「お付き合いしております。」


………いつの間に!


「え、いつから?」

「つい先日。」

「何で?」

「強いですし、紳士にアプローチ頂いたので。」


いつの間に…。

私が引きこもっている間に、発展していたなんて。

くそぅ。ラブドラマ、見逃した!


「そうですか。おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」


ニコっと、大人の女の余裕が見えるな。

私も、こうならなきゃだな。うん。


「私、大人の女になります。」

「アカネ様の世界では、まだ未成年なのですか?」

「いえ、そういう意味では…。」

「…あぁ。旦那様も、喜ばれると思います。」


意味が通じたら通じたで、何か複雑だな。

そんなニヤけた顔で見られると。


「…取り敢えず、アロマ作ります。」




あの後、しっかり部屋から追い出された。

運動も大事ですって。

う~む。どうしようかなぁ。庭園ばっかでもなぁ。

ん?あそこにいるのは、リリーさんかな。

あ、気づいた。

何か、凄い勢いで、こっちくる。


「ひっ。」

「何で、逃げようとするんですか!」

「だって、そんな顔で走って来たら、逃げたくなるよ!」

「緊急事態です。」

「へ?」

「大奥様がいらっしゃいました。」


おおおくさま?


「旦那様のでお母様です。」

「…はぁ?!」


何で、ダニーがいない時に!

嫁姑問題がっ!


「いますぐ、お部屋にお戻りになって隠れてくださいませ。」

「え?隠れる?」

「いいから、早く!」


え、何、なんで?


「おまぁちなさいっ!」

「わぁ。」


角を曲がって来た淑女が、通せんぼする。

まさか、この人が。


「あ、大奥様。ご無沙汰しております。」


リリーさんが、私を盾にするように、後ろに隠れて言う。

私はさらされても良いのかよ。


「そこにいるのは、リリーね?相変わらず、小さな声ですこと!」


うるさい。

びっくりするくらいうるさい。

100メートル先の人に話してるみたい。

私達の間、4、5メートルくらいなんですけど。


「だぁかぁら、あなたは、侯爵家には、居られなかったのよぉ!」


だったら、侯爵家には、居たくないなぁ。


「あら?あなたは?!」


ハッとして、私を後ろに隠すように動くリリーさん。

今更でしょうよ。


「いえ。こちらの方は、」

「んん~。声が小さい!」

「こちらのかたはぁ!」


うるさい。

頭が痛くなりそう。


「おきになさらずぅ!応接間に、どうぞっ!」

「いいえっ!その子は、ダニエルの嫁ねっ!」


こうなったら。


「そうですっ!よろしくお願いしますっ!」


叫んだった。


「………。」

「………。」

「………。」


しーん。

間違えたか。


「お話、良いわよねぇ?!」


ドスの効いた声ですね。




私の服が、来客用ではないとリリーさんが叫び。

部屋に戻って着替える事に。待たせてるから時間がない。

イザベラさんも、部屋から出さなければ良かったと、後悔しているみたいだ。

何故なにゆえ


「…私って、恥ずかしいお嫁さんですか?」

「はい?何の話ですか?」

「…皆、ダニーのお母さんに、会わせたくないんでしょ。」

「…旦那様からのご命令があったんです。」

「え?」

「大奥様がいらしても、アカネ様を会わせないようにと。」

「どうして?」

「アカネ様が、お疲れになるだろうと…。」

「…そう。」


確かに、疲れるわ。ずっと叫ぶと。


「大奥様は、悪いお方ではないんですが。」

「はぁ。」

「少し、いえ大分、個性的な、方でして。」

「…みたいですね。」

「アカネ様が、ご親族の事で、結婚に嫌気がささないか、旦那様はとても不安がっておられました。」

「そっか。」


ダニーは、心配してくれたのか。

嬉しいけど。今、居ないしなぁ。どうしよう。


「…どう、対応したら、良いですかね。」

「ありのままで、よろしいかと。」


れりごー。れりごー。

歌えば、どうにかなるかな…。


「途中でお手伝い致しますので、最初だけ、なるべく大きな声で話していただければ、大丈夫です。」


イエッサー!




着替えおえて、応接間に向かうと。

使用人の人達が並んで、歌わされていた。

指揮をとるのは、もちろん、大奥様。


「ジェシー、声が小さいわ!ルルク、音程ずれてる!」


芸能系の養成所みたい。

がんばれー。将来のミュージカルスター達よ。


「…はい!皆さん、今後も怠けず、精進するように!」

「はい!」

「解散!」


一緒に解散しようかな。


「アカネ様!お待ちしておりましたわっ!」

「お待たせ致しましたっ!」



向き合って座る。

セブスさんが、飲み物を運んできた。


「セブス!ありがとう!」


ニコ。


………。

その手があったか。


「アカネ様!」

「はいぃ!」

「うちのダニエルは、いかがですかっ?!」

「そりゃあ、もう、良い方です!」

「そう!」

「えぇ!そりゃあ、もう!」


ぜぇぜぇ。

もう、クラクラしてきちゃったわ。


「アカネ様?!」

「はい?!」

「体調が、優れませんの?!」

「いえ!だいっ、」

「大奥様。」


ぜぇぜぇ。

どうした、セブスさん。

大奥様は、気づかれていないみたいだけど。


セブスさんは、トントンっと大奥様の肩を叩いて、自分の方へ向かせた。

大奥様が、不思議そうな顔でセブスさんを見る。


「アカネ様は、体力が落ちております。筆談でも、よろしいですか?」

「あら!そうなの?!」


イザベラさんも、大きく頷くと。


「私に合わさせてしまって、申し訳ないですわ!」



どうやら大奥様は、耳が少し、遠いみたい。誰も言わないけど、そんな気がした。

…前に、ダニーが会話はしないって言ってたけど、ダニーの声が、聞こえてないんじゃあ…。

まぁ、いっか、今は。


「ダニエルとは、仲良くされてますの?!」

「えぇ!とて、」


イザベラさんが、私にペンと紙を見せた。

どうやら、私の言葉を代筆してくれるみたいだ。ありがたい。


「ええ。とても仲良くしてもらってます。ダニエルさんは、とても優しいです。」


イザベラさんが紙を掲げると、大奥様は、嬉しそうに頷いた。


「それなら、良かったわ!もう、婚姻の証も、結ばれたのでしょう?!」

「はい。…ご挨拶もせずに、勝手に、申し訳ありません。」

「いぃえ!ダニエルは、侯爵家を出ておりますから!結婚は当事者だけで決めて良いのです!私が、勝手に、あなたに会いたかったの!」

「そうなんですか。」

「あなたは、ダニエルと一緒になれて、幸せ?!」

「はい!もちろん!」

「そう!なら、良かったわ!」


すくっと立ち上がって、出口に向かう。

え、それだけですのん?


「私の事は、お母様っ!と読んで欲しいわぁ!」


ダニーに似たとても綺麗な顔で、どびきりの笑顔をくれた。

ちょっと、ときめいてしもた。


「お母様っ!」

「えぇ!また、顔を見に来るわ!それまでに、体調を整えて!」

「はい!」


嵐のようだった。

あれで、声がかすれないのが凄い。




大声を出したことで、ストレス解消になったけど。

身体的に疲れは溜まった。

夕食を食べて、お風呂で、リラックス。

アロマ石鹸を使って、のんびりバスタイムですよ。


…ん?

この証、こんなに黒かったっけ…?

前は、あざみたいに、赤っぽかった気がするんだけど…。

ぞわ。

なんか、とても、嫌な予感がした。

これって、ダニーに何かあったって意味じゃないよね…?

どうしよう。誰かに聞こうかな。

聞いても、不安にさせるだけか。

皆も、主人の帰りを待ってるんだもんね…。

どうしよう。


アロマの香りが、何か、遠い。

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