第13話「まいなすいおん」


あれから、数週間。

特に特記するべきこともなくピクニックも終わり、いつも通りの毎日。

湖に行った日以来、ダニーとの距離は確実に縮まったと思う。

時折、私を見ながら眉間にしわを寄せて考え事をしていることから、自分の気持ちを確認しているのだろう。

そのまま、恋愛感情だと勘違いすればいい。

いや、してくれ。


そう思いながら、今日も、職場で香り袋を縫う。

ダニーの詰めいる癖も減り、私の手柄だと評価されつつある。

しめしめ。


「これを、デボン殿へ。それと、これはヤック殿。」

「はい。」

「それと、これは財務部へ。よろしく頼む。」

「かしこまりました。」


今日も、忙しそうだなぁ、ダニー。

最近はこうやって、伝令の人の出入りが激しくなった。

二人きりの時間は減ったけど、そこまで気にならない。

なぜなら、意識してもらえてると、確認出来ているから。

余裕がある女は違うね、こりゃ。


「失礼します。あ、ミカエルです。ギルベルト騎士団長が至急団長室に来るようにとのことです。」


前半の自己紹介は、私に。

最近、初対面の人から自己紹介されることが多くなったなぁ。

まさか、食堂での、自己紹介するべきだって話が、周知されつつあるんじゃあ。

…んなわけないか。


「わかった。すぐに行く。」

「はっ。」

「…アカネ。部屋から出ないように。」

「はーい。」


私は子供か。

何か、恋人とは違う認識になりつつあるんじゃなかろうか。

寝ころんでいたラウちゃんが立ち上がり、気だるげにダニーの後をついていく。

ぴーちゃんも、ついていく。


「待てこら。」


慌ててぴーちゃんを捕まえる。

最近は、小学生くらいの身長になって、好奇心も旺盛だから、油断するとすぐいなくなる。

どこまで離れて良いか、まだわからないので、逃がすわけにはいかない。

軽はずみに死にかけてたまるか。

不満げな顔で、腕をバタバタとする。

羽のせいで、風がすごい。


「…やめなさい。もう。」

『--っ!』

「おん?」

『-まっ!』


何か、喋りかけてないか?


『まー。』

「ん?なになに?」

『まぅ。』


何か、ま、しか言わないなぁ。


『まぅま!』


…ごめんよ、私には、何のことだか。


『まぅんまっ!』

「え?ご飯?さっき食べたじゃん。」


私が。

プルプルと首を振り、一生懸命何かを言う。


『まっま!』

「う~ん、何かなぁ。物かなぁ?」


プルプル。


『まま!』

「まま…ねぇ。」


まさかね。

私はあんたの運命共同体だぞ。


『まま!まま!』

「………。」

『ママ!』


発音が良くなってきた。

嘘でしょ、何でその呼び方になるの。


『ママ!いじわるっ!』

「んぬぅ?!」


突然会話しだしたぞ。

一気に進化しすぎだろ。


『ぼく、らうといっしょ。いきたい!』

「う、うぬぅ。」


一気にしゃべり出したことに、戸惑いを隠せない。

普通なら、もっと少しずつじゃないのかしら。


『ママ、いじわる!』


うむ。私をママ呼びすることは理解した。



それからずっと、ワーワー騒ぎだした。

そういや育児って、喋り出したころが一番大変だって、友達が言ってた気がするわ。

今、理解できたよ。まりちゃん。


「………どうした?」

『あ、ぱぱ!らう!』

「…喋るようになったのか。」

「そうみ、」

『そうだよ!もう、ぼく、いちにんまえ!』

「そん、」

「そんなことはない。これから覚えることは、沢山ある。」


私の話を遮るやつしかいないのか。


『じゃあ、らうにおそわる!いいでしょ?ママ!』


私、お母さんは、お母さんと呼ぶよ。

なぜ、ママに…。


「…まま、とは、アカネの事が?」

『そうだよ、ぱぱ!』

「…私は、ぱぱ?」

『うん!ふたりは、ふうふでしょ?』


当事者よりも先を行くねぇ。ぴーちゃん。


「それは、まだ、だ。」


もごもごしてる。

あなた、子供が見ているでしょ。

って気分にさせられるなぁ。


『ママと、ぱぱは、ずっといっしょ!らうとぴーも、ずっといっしょ!』

「…ぱぱ、ままの意味を知っているか?」


それぞれ、我が道を行くなぁ。

この家族で、やっていけるのだろうか。

不安しかなくなってきたな。


『…大丈夫だ。私もいる。』

「うぅ。ラウちゃん!」


我が同志よ!




取り敢えず、ままとは、ぱぱとは、と大きいのがうるさいので。

ママとは、尊敬している女性に使うあだ名だと伝えておく。

じゃあ、ぱぱは尊敬する男性への呼称か、と聞かれたので、頷いておいた。

だって、運命共同体からお母さんと呼ばれてる、と知られる方が、恥ずかしいじゃないか。

皆、相棒って感じなのに。

ヤバくなったら、ちゃんと説明するさ。多分。


「そうか。ぴーは、私たちを尊敬しているのか。」

『え?ぴーは、ただ、』

「ぴーちゃん。こっちの世界にならって、私たちの事は名前で呼んだ方が良いんじゃないかな?」

『なん、』

「なぜだ?」


んもう!邪魔しないでおくれよ。

ネタバレ寸前なんだよ!


「…そういや、緊急っぽかったですけど、大丈夫でしたか?」

「ん?まぁ、そうだな。これから、忙しくなりそうだ。」

「え?今以上に?」

「あぁ。」

「何があったのか、聞いても…?」

「あぁ。国境線で、小競り合いが起きそうだ。」

「…え?」

「いつもの事だ。隣国のダズーニ皇国は、いつも喧嘩を吹っかけてくる。」

「そうなんですか…。大丈夫なの?」

「まぁ、今は。不穏な動きを注視しているところだな。」

「戦争が、始まるの?」

「まだ。だが、戦うことになるだろう。」


マジか。

カイジンだけじゃないのかよぅ。


「…ダニーも行くの?」

「まぁ、争いが酷くなれば。だが、ダズーニ皇国は、国境隊だけで防げる。あそこは、騒ぐだけで、戦力はない。」


それなら、戦争起こすなよ、と言いたい。


「無駄におびえさせてしまったな…。すまない。」

「いいえ、大丈夫です。」


そっか。

ダニーは、命のやり取りを、してきた人なんだ。

誰にも死なないで欲しい。

ダニーには、尚更、死なないで欲しいな。

よぼよぼになるまで、生きていて欲しい。


「………あ、もうすぐアトラス祭だな。」

「…あとらすさい?」

「あぁ。楽しみだろ?」

「…聞いてない。」

「…言ってなかったか。」


なぜ、そんな一大イベントを言い忘れるのだ。


「お祭りって事ですよね?」

「あぁ。収穫祭だ。」

「ってことは、出店もたくさん?」

「そうだな。」

「いつやるんですか?」

「うん?…明後日、だな。」

「…何で、もっと早く言ってくれなかったんですか!」

「…すまん。」

「もっと早く言ってくれれば、アロマ石鹸大量生産したのに!」

「………。」


くそう!

良い宣伝のチャンスじゃないか!それをみすみす逃すことになるなんて…!

いや、諦めきれない。今ある分で、香り袋を可能な限り作るぞ。


「…アカネ?」

「作業に集中したいので。」

「………。」


今ある布で、予定より小さめの袋を大量に作る。

そんで、香りの種類をいくつか増やそう。

あぁ、間に合うだろうか。

…あ、そういや。


「出店の許可って間に合いますか?」




どうやら、出店の許可は一週間前に締め切られていたらしい。

分かりやすく落ち込んだ私に、シェラーさんなら許可を得ていると思うから、間借りしたらどうかと提案してくれた。

その手があったか。

袋を縫いながら、ダニーの仕事を急かす圧をかける。

ダニーは無言だったけど、心なしか作業が速い。

よし、良いぞ。その調子だ。


終わらないだろうなと思われた仕事を、私の終業時間に合わせて終え、少しぐったりしつつ、シェラーさんのところまでついてきてくれた。

ごめん、金に目がくらんだんだよ、ダニー。


「そういう事でしたら、ご協力いたしましょう。試作品も、良い出来ですし。」

「やったぁ!」

「ですが、それなりの個数を準備できますか?」

「あの、そこで提案なんですが。今回は宣伝と言う事で、小さいサイズで作って、お試し価格で売ろうと考えています。それなら、個数も増やせますし。」

「なるほど。良いかもしれませんわね。」

「良かった。」

「ですが、質を落とすことだけは、許しませんわよ?」

「…はい。」


王室お抱えのオーナーなだけあるな。

迫力が違うわ。…失敗は許さない、あつ


「明日の夜までに、商品をこちらにお持ちします。」


いえーい。徹夜だ!




部屋でチクチクと、針を布に通す。

小さめの袋は、意外と根気がいるな。

小さいから、一針一針が細かくなるし。

目がしょぼしょぼするわ。

横にダニーが座ったのを、ソファの沈みで感じる。


「…大丈夫か?」

「はい。今日徹夜して頑張れば、間に合います。」

「…私が協力出来たら、良かったのだが…。」

「お気になさらず。」


ダニーの針縫いは壊滅的だったので。


「あ、もう寝ますよね?このライトで十分なので、部屋の明かり消しちゃってください。」

「いや、それは出来ない。私の事は、気にするな。」

「…そうですか。」

「…明日、イザベラ達に協力してもらおう。」

「え?」

「今回は、特別と言うことで。」

「はぁ。」

「そうすれば、アカネも少しは寝れるだろう?」

「…それは。」


そうだけど。

作業人数が増えれば、助かる。

針仕事に慣れていない私よりも、速いだろうし。

でも、私のワガママで、迷惑かけたくないな。


「無理は、してほしくない。」


そっと、目の下を撫でられた。

優しい手つきと体温に、まぶたが重くなる。

マイナスイオン出てます?


「今日は、寝よう。早い時間に起こすから。」

「…うん。」


ダニーの優しい手つきに、うとうとしちゃうわ。

こうやって、素直に甘えられる存在って良いね。

そっとダニーの顔が近づいたと思ったら。

あっという間に、お姫様抱っこ。

あの体勢から、成人女性を抱えられるなんて、腕力ありますな。

…照れる。


「自分で歩けるよ…?」

「俺がしたい。」


いやん。デレか。

そっと、ふかふかのベッドに降ろされて、そのままダニーが滑り込んできた。


「ちゃんと休め。」

「うん。…ありがとう。」


ダニーの体温に包まれて、気持ち良いわぁ。

甘えたように抱き着いてしまうわ。


「ふっ。」


ラウちゃんと同じ笑い方だなぁ。

優しく包んでくれる腕も、安心する。

ふと、おでこに柔らかい感触。

キスだったら、良いなぁ。

なんて。

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