第12話「おデート」


翌日、ダニーもお休みと言う事で、近くの湖までお散歩に連れて行ってもらえる事になった。

いわゆる、デートって言うやつですよ。むふふ。


「準備は出来たか?」

「はーい。」


準備と言っても、お洒落着しゃれぎもアクセサリーも特に持ち合わせていないので、いつも通り。

ダニーの後をついて、部屋を出た瞬間。


「まさか、それでお出かけのおつもりですか?」


扉の外で待機してたイザベラさんが、衝撃!って顔で言った。

イザベラさんって、反応が舞台チックなのよね。


「…そうですけど?」

「まぁ!なんてことっ!」


ほんと、反応がオーバーだなぁ。


「旦那様、少しお時間を。」


返事も待たず、部屋へリターン。

カチャリと鍵を閉めるのも忘れない。

ダニーが何か言ってるみたいだけど、聞こえづらいな。

イザベラさんは、ダニーの衣裳部屋だろうなと思っていた部屋に入り、いくつかの鮮やかな服らしき布を持ってきた。


「お二人での初お出かけなんですから、おめかししませんと!」

「はぁ。」


ベッドや、ソファを使って、服を次々と広げていく。

色とりどりのワンピース。

形も様々だけど、そこまで露出がなくて、上品な感じ。

…誰の?


「これらの服をご用意していたのですが。お気に召しませんでしたか?」

「いえ、初めて見ました。」


え、私のなの?

嘘だよね。いつの間に。


「昨日のうちにご用意したんですよ。旦那様から聞いていませんか?」

「…いいえ?」

「…相変わらず、駄目な人ですね。」


すまぬ、ダニー。

いないところで、評価を下げてしまったよ。


「お気に召す服はございますか?」

「え、えぇっと…。」


正直、ワンピースなんて、いつぶりだろう。

物心ついた時からズボンが好きで、未だにスカートはあまり持っていない。

こっちに来てからも騎士団支給だから、ズボンばっかだしなぁ。


「う~ん。何が良いですかねぇ。」

「お任せいただいて、よろしいですか?」


圧が凄い。

はい以外の返事を聞いてくれる気がしない。

返事する前に、服を私に当て始めてるし。


「アカネ様は、明るい色がお似合いになるかと。」

「へぇ。」

「こちらのお色はいかがですか?」


身体に当てられているので、頑張って下を向いて見たら、銀色に近い落ち着いた色味。

離してもらって見ると、装飾がなくシンプルで、胸下で絞られてスッキリとして見える、すそ長めのAラインワンピース。

角度で変わる、銀の濃淡のうたん。綺麗だなぁ。

…ん?この色、どっかで…?


「旦那様の瞳の色と同じなんです。」


むふふって声が聞こえてきそうな顔してる。

何だろ、着たら何か悪い事でも起きそうな気がする。


「今日は、初お出かけですし、こちらにいたしましょう!」

「はぁ。…待って!自分で着替えますから!」

「あら?そうですか?」


脱がしにかかるイザベラさんを必死に止めると、至極残念って顔で他の服を片しに行った。

油断したら、真っ裸にされるな。

戻ってくる前に着替えないと。


「そんなに慌てなくてもよろしいのに。」


あんたのせいやろが。

イザベラさんが、同じ部屋からかごを持ってきて、中からいくつかの箱をテーブルに並べ始めた。

それを眺めつつ、ワンピースと格闘する。

背中で留めるボタンタイプのせいで、うまく最後まで着られない。


「お手伝いしてもよろしいですか?」

「あ、お願いします。」

「なぜ、自分では着づらい、背中の留め具式だと思います?」

「え?えぇっと、…お金持ちの証とか?」

「いいえ。一般の女性でも着ます。でも、特定の女性だけです。」


何だろ。

むふふって顔で聞いてくるから、ろくな答えじゃない気がする。


「何だろな~。」

「これは、伴侶がいますっていう証なんです。」

「へぇ~、…は?」

「私には、この服を脱がせてくれる伴侶がいるんですよぉ。相思相愛なんですぅっていう意味ですね。」

「へ、へぇ。」


どうしよう、脱ぎたいな。

さすがに、このアピールは、ダニーへのプレッシャーでしかないでしょ。


「これくらいしないと、あの鈍感男には届きませんよ?」


確かに。一理ある。


「では、こちらに。」


箱を広げたテーブル前のソファに座る。

な、何を?


「お顔をこちらに。」


あ、化粧か。


「こっちにもお化粧ってあるんですね。」

「えぇ。特別な日にするものですね。」

「え、じゃあ、普段はしないんですか?」

「しませんね。普段は蜜紅みつべにを唇に塗るくらいでしょうか。」

「みつべに?」

「こちらです。唇がぷるぷるになって、乾燥を防げます。」

「あぁ。リップクリーム。」

「りっぷくりーむ?」

「えと、私の世界での名前です。」

「面白い名前ですね。」


まぁ、そうなるか。


「お化粧って、貴族の人も、毎日しないものなんですか?」

「毎日はしませんね。でも、お茶会や舞踏会が多いので、一般の方よりかは、する機会が多いと思います。」


なるへそ。


「何か、不思議です。」

「そうですか?」

「私の世界では、成人女性は大抵、毎日お化粧してました。」

「へぇ。大変ですね。」

「そうですね、今思えば。」


当たり前すぎて、何も感じてなかったな、あの頃は。

それくらいしか、毎日の気分変えられるものもなかったし。


「少し、口を開いたままにしていただけますか?」


お、口紅か。

淡いピンク色が見える。自分では選んだ事ない色味だなぁ。


「はい。あとは、蜜紅を…完成です。」


嬉しそうに言ってくれたけど、如何いかんせん鏡がない。

鏡くださいって言っても良いかしら。良いわよね?


「あの、」

「せっかくですし、髪も整えましょう。」

「………。」


言う間もなく、早業はやわざで髪を編み始めた。

あ、ピンはこっちにもあるんだなぁ。


「はい。完成。」


はやっ。

すごいな。さすが、お屋敷に勤めるメイドさん。


「いかがですか?」


うん、今です。


「鏡ってあります?」



あらいけない私ったら。

と言い残し、部屋の扉を開けっぱなしで出て行った。

風呂場に鏡なかったっけ?

そう思って立ち上がった時に、入口でぼんやりと立ってるダニーと目が合った。

おう、どうした。待ちくたびれたか?


「ダニー、お待たせしてるね。ごめんね。」

「い、いや。構わない。」

「ん?どったの?」


不思議なものを見る目でこっちを見てる。

そんなにビックリする程のビフォーアフターになってますのん?


「え?変?」


どれどれ、と鏡を見に行こうと風呂場に向かう。

ダニーも後を付いてきた。ぼんやり顔で。


「わ、すご。しみが隠れてる!髪も、何か複雑に編まれてる!すごいね、イザベラさん。」

「あ、あぁ。」

「どったの?」


そんなに違うかしら?

確かに、こっちに来てからは、髪は手櫛てぐしで整える程度で、結局ボサボサのままだったけど。

化粧だって、頬にあったシミが消えて、目元が淡くキラキラしてるけど、まつ毛がばっさばさになったわけでも、眉毛がなくなったわけでもない。

そういや、こっちに来てから、ムダ毛が生えてこないな。

眉毛もつながってないし、産毛もないっぽい。

これも、異世界の力かしら。便利!


「こっちの世界って便利だね。」

「…何がだ?」

「こちらにおいででしたか。いかがですか?」


ダニーの質問に答える前に、イザベラさんが戻って来た。

思ってたよりも大きな鏡を抱えてる。美容室で、真正面にあるやつくらいの鏡。

もっと小さいの、あったでしょうよ。


「髪の毛すごいですね。早業でここまで。」

「ありがとうございます。…旦那様、いかがですか?」

「…あぁ。良いと思う。」

「そうですか。女性を褒める時は、さっさと言うものです。急かされる前に。直接的な表現で。」

「………とても、綺麗だ。」

「良いでしょう。」


なんだ、この、言わされた感。

喜びづらいわ。


「はぁ、ありがとです。」

「…では、行くか。」

「あ、そうだね。」


ちょっと、忘れてたわ。デートのこと。

ダニーが風呂場から出ていく。

後を追おうとすると、そっと、背後にきたイザベラさんが、耳打ちする。


「相手の色の服を着るというのは、どういう意味があると思います?」

「へ?」

「身も心も、あなたのものですって意味です。」

「は?」


親指立てて、見送られた。

そういや、爽花で勘違いしてるっぽいもんな。

面倒な協力者を得たな。




てっきり、歩きで行くものだと思っていたので、今の状況に、猛烈に照れている。

馬に、不思議な形のくらが付いてるなぁと思っていたら、私は横乗りで、その後ろにダニーが乗る用の鞍らしい。

自然と、抱きしめられる形になって。

落ちないように腰に手を回されているのも、ドキドキポイントだ。

私の正面に、ぴーちゃんを乗せたラウちゃんが並走してて、かっこいい。

チラ見したダニーの顔もかっこいいなぁ。

良い男だなぁ。


「疲れたか?」

「い、いいえ。」

「そうか。もうじき着く。」


えぇ~終わっちまうのか、サービスタイム。


「ここだ。」

「うわぁ!綺麗!」


森を少し走って、突然視界がひらけた。

そこに、木洩れ日が神秘的な、とても綺麗な湖があった。


「気に入ったか?」

「とっても!」


ダニーに抱っこで降ろされながら、周りを見渡す。

すごく静かで、とても澄んだ空気。

はぁ、マイナスイオン。


「気持ちい~。」

「だろう?私も気に入っている。」


馬を近くの木に繋ぎながら、ダニーもリラックスしているようだ。


「よく来るの?」

「あぁ。休みにはよく来るな。カカも気に入っているし。」


カカは、ダニーの馬だ。

嬉しそうに、近くの草をんでる。

確かに、ここはリラックスできる空気があるもんね。

平らな場所に、ダニーが荷物を下す。


「何持ってきたの?」

休具きゅうぐだ。」

「きゅうぐ?」

「ここで、ゆっくりしよう。」


てきぱきと何枚か重ねて布を広げ、柔らかそうなクッションも出てきた。


「どうぞ。」

「え?」

「座り心地は悪くないはずだ。」


私のために、用意してくれたのか。

嬉しすぎる。


「ありがとう。」


でへへっとしながら、勧められたクッションに座る。

思ったよりもだいぶふかふかしてて、気持ち良い。


「わ、すごく良い!」

「そうか。良かった。」


ニコっと笑いながら、まだゴソゴソしている。

と思ったら、すっとカップを手渡された。

香り的に、ハーブティーだ。


「ん~良い香り!」

「気に入ったか?」

「うん!色々と準備してくれたんだね。」


うふふっと笑うと、ダニーが照れたようだ。


「出かけるならと思ってな。」

「ありがとう。嬉しい。」

「そうか。良かった。」


ダニーも隣に座って、ハーブティーをすする。

布の端っこにラウちゃんが寝ころんで、その上でぴーちゃんがはしゃいでいる。

癒されるわぁ。

なんて、贅沢ぜいたくなデートだろう。

こうやって、色々準備してくれて。

いつの間にとも、思わなくもないけど。

早業執事なら、朝決まってすぐ準備できるんだろうなぁ。


「この世界も、良いだろう?」

「ん?うん。」


突然どうした。

何か、ヤバイ真実でも発表するのか?


「まほうは無いし、違う部分もあって、大変だと思うが。」

「うん。」

「私は、このままアカネが、ここに居たいと、心から願ってくれたら良いのに、と思う。」


ほう。

私の事が気になると?


「多分、アカネの事を、」


私の事を?


「気になっているんだと思う。」


マジか。

フリだと思ったよ!

どうせ、大事な友人だから、とかだと思ったよ。

まさか、望んでいた展開になろうとは。


「強いと思ったら、弱い一面もある。女性なんだと思ったら、女性が好きなことに興味がない。」

「うん?」


そんな事、ありました?


「不思議な奴だなと思ったし、目が離せないとも思った。」

「うん。」

「話しやすいし、話していて楽しいとも。」

「うん。」

「……正直、これが恋愛感情か、わからない。」

「おん?」


話の雲行きが怪しくないか?


「でも、アカネの事が、とてもかわいく見える時がある。」


ほう。良い傾向ですな。


「それが、最近、とても増えた。」


良い傾向です。


「私に、甘えて欲しいと思う。」


甘えますとも!


「良いの?」

「あぁ。その方が安心だ。」


…それは、保護者として?

そんな空気になりそうなので、肩に頭を乗せてみる。

やってみたかったんだよね、こういうの。


………うん、首、痛いかも。

意外と、無理な体勢なんだな。

でも、ここでめるのもな。

良いポジショニングはないものか。


ごそごそしてると、ひょいっと私を持ち上げて、足の間に降ろした。

え、何このラブイベント!


「この方が、落ち着く。」


後ろから抱きしめられて、ドキドキが止まりません!

心臓発作で死ぬ。


「私にもたれて、休むと良い。」


休めるとお思いで?

こんな、ラブイベントを、寝てのがすかっての。



はい。寝てました。

ビックリするくらい、ダニーの体温が心地よくて。

寝落ちしました。

ふっと起きた時に、ダニーがじっとこっちを見ていたので、寝ちまった!と確信したよ。

私はしっかりフリを回収するよ。


「…起きたか?」

「寝てたみたいで。」

「落ち着けたのなら、良かった。」


ニコっと自然な笑みに、内心もだえていると。

お腹がきゅるっと鳴った。

聞こえていないはず。


「ちょうど、お昼にしようと思っていたところだ。」


聞こえていたか。

ダニーが、荷物の中から籠を引っ張り出す。

大きな籠の中には、沢山のサンドイッチ。

種類も豊富で、これぞ、ピクニック。


「ふふっ。完璧なピクニックだね。」

「ぴくにっく?」

「こういう、緑溢れるところに、お弁当持って遊びに行くの。」

「そうか。ぴくにっく。」

「うん。」


向き合って、のんびりと食べる。

最高だなぁ。

こんな時間が、このまま続けば良いのに。


「こんな時間が、続けば良いな。」


ぼくらはいつも以心伝心!

ふたりのきょりつなぐテレパシー!

…懐かしい曲が流れたよ。


「ダニーは、私の心が読めるね?」

「アカネが分かりやすいだけだと思うぞ。」

「そうかしら?」

「あぁ。俺だけにしかわからないようにしてほしい。」


すっとした顔で言う。

本当に、ありのままの、素なんだろう。

それが、すごく嬉しい。


「うん。頑張る。」

「…方向を間違えそうで怖い。」


よくご存じで。

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