第11話「話す、聞く」


匂い調合に必要な物品を買いあさり、当初の買い物そっちのけで帰って来た。

早く、良い香りのものを作りたくて。

シェラーさんも、期待してくれてるし。


「服は、買わなくて良かったのか?」

「はい。寮で支給された服がいくつかあるので、それで取り敢えず大丈夫です。」

「…そうか。」


今は、良い商品を作るべし!

そして、手元にかねを!


「おかえりなさいませ。」

「ただいまです。セブスさん、何か、折りたたみの机とか、作業しても良い部屋ってありますか?」

「はぁ。何をなさるのでしょう?」

爽料そうりょうとか、爽花そうかを調合して、匂い製品を作ろうと思いまして。」

「かしこまりました。簡易机がございますので、すぐにお部屋にお届けいたします。」

「ありがとうございます!」


荷物を抱えたダニーを引っ張るように、部屋に急ぐ。


「そんなに急がなくても。」

「何だか、ワクワクしちゃって。」


でへへって笑うと、くしゃっと頭を撫でられた。


「あまり、無茶はしないように。」

「らじゃ!」

「………。」


私たちが部屋に着くと同時に、イザベラさんが折りたたみ机を持って現れた。

仕事が早いな。

ササっと机を組み立てて、私に親指を立てて出ていく。

私が何をしようとしてるのか、わかっているのだろうか。

ダニーが複雑な顔をして、見送ってた。

わかるよ、その気持ち。


取り敢えず、机に買ってきたものを広げる。

アロマ石鹸の材料は揃っているので、まずは石鹸を作ろう。

買ってきた石鹸の香りを嗅ぐと、微かに石鹸特融とくゆうの匂いがした。

これなら、混ぜても匂いを邪魔しないだろう。

何より!

買ってきた大根おろし器で、削っていく。


「何を、作るんだ?」

「アロマ石鹸です。」

「あろま?」

「匂いを付けた石鹸ってとこですかね。」

「作り方は知っているのか?」

「はい。これは、前に作ったことがあるんですよ。」


そう。昔、アロマにハマって作ったことがある。

もっとちゃんと作る方法もあるんだろうけど、私は簡単な方法でしか作ったことがないので、その方法で進めてみる。


「何か手伝うことはあるか?」

「え、手伝ってくれるんですか?」

「あぁ。」

「ありがとです!じゃあ、これを削ってもらえませんか?私、匂いを調合します。」


削る作業をダニーに任せ、買ってきた爽料を嗅ぎながら、いくつかをブレンドしていく。

おぉ、良い香りだわぁ。


「君は、爽料の匂いが好きなのか?」

「え?まぁ、そうですね。こっちでは、こういう風に嗅いだりしないんですかね?」

「嗅ぐのは買う時くらいだな。調味料の一つとして使われることが主だからな。」

「へぇ。私の世界では、口に入れる方が少なかったですよ。」

「では、嗅ぐのが主なのか?」

「そうですね。香りによって、色々な効能があって、目的に合わせて使ってましたね。」

「ほう。こちらでも、目的に合わせて使う場合もあるぞ。」

「そうなんですか?」

「あぁ。このガリラは、精神安定として落ち着きたい時に料理に入れる。」

「へぇ。」

「こっちのギギは、傷の回復に効果がある。こっちの、モリナは、…。」

「モリナは?」

「モリナは…。」

「もったいぶらないでくださいよぅ。そんなに凄い効果が?」

「…子作りに良いと言われている。」


そういう事か。

イザベラさんのグットラックの理由。

よく見てたな。


「…まぁ、基本は口から取り入れると。」

「まぁ、そうだな。傷に効く爽料は、傷に塗ったりもするが、口から入れた方が効くと言われている。」

「へぇ。」

「君の世界では、嗅ぐ方法だけなのか?」

「まぁ、基本は。お茶にしたり、食べるものもありますが、ほとんどが匂いでリラックス効果を得たり、マッサージして身体を癒したり、ですかね。」

「りらっくす?」

「あ~、心を安らかに?みたいな。」

「まっさーじ?」

「こう、身体をほぐすことですよ。」


ダニーの肩を揉んであげる。

カッチカチやな。

筋肉か肩こりかわからないな。


「身体をほぐすときに、爽料を使うのか?」

「はい。その成分が鼻孔と毛穴から体内に入って、よりほぐれやすくなるんです。」

「ほう。そんな効果が。」

「私の世界じゃ、それが一般的なので。調味料なのが不思議なくらい。」

「そうなのか。同じものでも、違う使い方をするんだな。」

「面白いですよね。」


肩をぐりぐりしながら、会話してると、ダニーからラウちゃんと同じ、良い香りが。


「ダニーから、良い香りが…。」

「ん?」

「この匂い、何ですか?」


クンクンと、首元を嗅ぐと、良い香りが強くなった気がする。


「これは、香水だな。小さい頃に作ってもらってから、ずっと愛用している。」

「そっか。ダニー。お坊ちゃまだもんね。」

「今は違うぞ。」

「今は、エリート騎士様。」

「えりーと?」


ダニーが振り向いた瞬間。

顔が思ったよりも近くて。

ダニーの頬に、唇が当たった。

そっとではなく、ぶちゅっと。


「あ、ごめ。」

「すまない。大丈夫か?」


結構がっつりいっちゃったからなぁ。

軽くなら、あ、キスしちゃった!はぁと。くらいの感覚になれるんだけど。


「怪我はないか?」

「うん。大丈夫かと。」


真正面に向き合って、顔を確認してくれてる。

けど。

そんなに触られながら確認されると、恥ずかしいんですが。


「大丈夫そうだな。」

「どうも。」


じっと見つめあうと、ダニーの顔が心なしか赤くなった気が。


「す、すまない。」


ぱっと顔から放そうとした手を、咄嗟とっさに捕まえた。


「…何だ?」

「…ダニーの手って、気持ち良いんですよねぇ。」


そっと、さっきのように頬に持っていく。

うん、やっぱり温かい。

……あ、気持ち良いじゃなくて、心地いいだったわ。


「…そうか。」


そっと、自分の意志で、私の頬を優しく撫でてくれる。

嬉しい。嬉しすぎて、鼻血出そう。


「ふふっ。」

「どうした?」

「幸せだなって。」

「…そうか。」


なんだかんだで、私に優しくしてくれるんだよなぁ。

罪な男だ。


「…どうした?」

「何でも。」


この人に、好きな人が出来るまでは。

全力で甘えてやる。

それくらい良いだろうと、自分に言い聞かせてみる。


その空気を壊すように。

ずっとラウちゃんの背中でキャッキャしてたぴーちゃんが、目の前を横切った。

ん?目の前?

ぴーちゃんを見ると、昨日よりもたるみが増えた腕を広げてパタパタしながらジャンプしてる。


「ん、どしたの?飛びたいの?」

「多分、竜の本能だろう。飛べなくては、竜として生きていけないからな。」


何すか、飛べない豚はただの豚ってか。違うか。


「そっか。これから、こうやって成長するのねぇ。」

「まだまだ序の口だ。竜は大きい個体だと、大人が数人乗れる大きさになる。」

「な、なんですと?」

「小さくても、一人は乗れる大きさになるはずだ。」


な、なるへそ。だから、こんな豪邸に連れてこられたのか。

あの女子寮の部屋だと、成長途中ではみ出そうだもんな。


「成長も早いから、早くこの世界に馴染みそうだな。」


嬉しそうに笑うダニー。


「ダニー。」

「ん?」

「今の笑顔、忘れないで。」

「うん?」


頼むぞ、ほんと。

今の笑顔で、私を毎日癒しておくれ。



それから、作業に戻った私たちは、何とか試作品一号を作り終えた。


「確かに、良い香りがするな。」

「でしょ?これを、二週間くらい乾燥させたら、完成かな。」

「そんなにかかるのか?」

「うん。しっかり乾かさないと、石鹸として使えないから。」

「そうなのか。」


だから、試作品の制作を急いだのだよ。

作ってから完成まで時間がかかる分、下手に作業開始までに時間がかかると、全てが遅れるからね。

一秒でも早く、手に職と、金を。


「香り袋は、もう少し早く出来ると思うけど、こっちも乾燥させなきゃだから。」


爽花の状態の花や葉っぱを、それぞれくきから離し、小さく分けてから、机に並べた。

乾燥したら、匂いを調合しよう。

むふふ。楽しみ。


「そういえば、針と糸はあるって言ってましたよね?」

「あぁ。持ってこさせよう。」


ベッド近くの、四角い箱に向かうダニー。

透明な抱えるくらいの大きさの、ガラスで作られたような箱。

ダニーがじっと見つめる中、箱の中にセブスさんの顔が。


「ひぃ!生首!」

「…これは、通話機だ。セブス、針と糸を、」

「お待たせいたしました。」


ノックもせずに開け放った扉の向こうに、裁縫さいほう箱らしき箱を持ったセブスさん。

この速さは、すぐそこにいたろ。

何なら、盗み聞きしてたろ。


「こちらでよろしいですか?」

「わ、沢山ある。これ、本当に使っても良いんですか?」

「えぇ。ご自由にお使いくださいませ。他にもご入用いりようでしたら、手配いたします。」

「これで、十分です。ありがとうございます。」

「はい。では、失礼いたします。」


サッと出ていき、今いたのが嘘みたいだ。

早業だなぁ。

あっという間に用事が済んだ。


「早いですね。」

「どうせ、すぐそこにいたんだろ。」


お、私と同じ考えですな。気が合うぅ。


「ところで、それ、通話機って言いました?」

「あぁ。このついになる箱に、連絡を取ることが出来る。」


あるんだ!電話っぽいの。

でも。


「じゃあ、対の箱じゃないと、連絡出来ないんですか?」

「そうだな。」

「その中に、対の箱の持ち主の顔が現れるんですね?」

「正しくは、対応した人間の顔だな。」

「それって、どう使うんですか?」

「守護獣の力を借りる。」

「そっかぁ。じゃあ、私はまだ、使えないのか。」

「そうだな。まだ、ぴーは言葉も話せないからな。もう少しの辛抱だ。」

「残念…。あ、それって、大きさが色々あったりします?」

「いや。出回でまわっているものの大半は、この大きさだと思う。」

「そっか。その大きさだと、生首みたいですよね。」

「まぁ、そうだな。」


生首サイズはいかがなものか。

箱って形も相まって、ケースに入れられた生首感が強い。

ちょっとした、トラウマだわ。

セブスさんが、目を見開いた表情だったのも、相乗効果だな。


「こっちも、ちょこちょこ便利ですね。」

「これからも、もっと便利になるはずだ。協力してくれるだろう?」

「え?あぁ、異世界の。今の所、特に何もないですけどね。」

「こうやって、面白いものを教えてくれる。目覚まし時計やら、あろま石鹸やら。」

「役に立ってるとは思わないんですが…。」


主に、個人的な願望のみなので、私以外に需要があるとは思えない。


「新しい知識が大事なんだ。そこから、また違う発想を得ることが出来る。こうやって、爽料の新しい使い道も知れた。この世界の人間には、良い刺激になる。」


そう言って貰えると、色々と挑戦のし甲斐があるな。


「本当にありがとう。これからも、色々と教えてくれると嬉しい。」

「うん。私も、聞いてくれると嬉しい…。」


私が、こっちに来た意味になると思うから。

そう思えたら、こっちの人生も悪くないと思えるし。


「もちろん。アカネの話を、一番最初に聞くのは私だ。」

「ふふ。そうだね。」


よろしく、ダニー。

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