第10話「恋人ごっこ。」


「…………………。」


無言がイタイ…!

何かしら、反応くらいできるでしょうよ!

何だよ、私が悪いってか?!


「それは。」

「ぬ。」


ゆっくりと喋り出したので、臨戦態勢に入ります。


「どういう事をするんだ?」

「ぬ。……例えば、ですね。デートをしたり、手をつないだり、抱き合ったり、贈り物を送ったり、などなどですね。」


ほぼ、私の願望かな。


「わかった。」

「…へ?」

「やってみよう、恋人体験とやらを。」


わーい。

まさかの棚ぼたですな。




それから、こっちの世界の恋人たちと、私の世界の恋人たちの違いはあるのか探ってみた。

一般家庭だと、特に目立った違いはないけど、名家の出身だと、それなりに苦労はするみたい。

ダニーの立場だと、自由恋愛で、婚前交渉も特に問題ないみたいだけど、生まれが良いとこのお坊ちゃんだからか、手を出したら最後、嫁に来ないかスタイルっぽい。

固すぎて、引かれたのかな。


「何でダニーはそんなに堅物になったの?」

「…堅物ではいけないのか。」

「そういうわけじゃないけど、プライベートの時くらいは、気を抜いても良いんじゃない?」

「…ぷらい、」

「休日とか、仕事じゃない時はさ、気持ちをさらけ出して欲しいわけよ。彼女といたしましては。」


無表情で固まってる。


「…出しているつもりだが?」


そうだ。鈍感ボーイだった。

これは、調教のし甲斐がありますな。


「よし、ではまず。笑って。」

「…は?」

「ニコって、ほら。」


ニーっと口角を上げて、お手本を見せてあげる。

ただ、口を開いただけになったな。


「うぅんぬ。社交場とかで、どうしてんの?」

「警備をしている。」


笑う必要がなかったって事ね。


「楽しい事があれば、笑える?」

「…踊り出す気か?」

「さすがに出来ないよ、アレは。」

「そうか。」


明らかにほっとして見せたな。

今度、フラッシュモブに参加してみようかしら。


「…やめてくれ。良い事を考えている気がしない。」


うぅんぬ。なぜバレる。



取り敢えず、犯人のような笑い方になったけど、口角を上げることには成功した。

ひとまず、これで良しとする。


「で、今日のお仕事は終わりました?」

「あぁ。これを提出して終わる。」

「じゃあ、帰りましょ。」

「…あぁ。」


昨日までは、一人でソッコー帰っていたので、この変化にビビっているのか。

何かを読み取ろうと、じっと見つめてくる。

やめろや。照れる。


「はい。」

「…なんだ、その手は?」

「手、繋ぎましょう。」

「…なぜ?」

「恋人なんだし?」


ここから繋がないと、単なる握手で終わっちまうくらい、歩く時間が短いんだから。


「……ここから繋がねばいけないのか?」

「だって、王城出てからお屋敷まですぐじゃないですか。ここから繋がないと、繋いだ感じがしないでしょ?」

「………。」


さすがに、職場から手を繋いで移動するのには、抵抗があるみたい。

まぁ、そうだろうな。

私も、元の世界なら、絶対に嫌だ。

こっちの世界に来た時に、どっかのねじが抜けたのかも。


「………。」

「…わかりました。ここから繋ぐのは、やめましょう。王城出てからなら、良いでしょ?」


数分になっちゃうけど、しゃあない。


「………。」

「…手を繋ぐことも嫌なの?」


それは、ショック。

そこが嫌なら、そもそも、恋人ごっこ自体駄目じゃないか。


「いや。せっかくだから、お店の通りでも、行こうかと考えていた。」

「え?」

「こちらに来て、まだ行ったことがないだろう?」

「確かに。」


そう言えば、まだ行けてない。

どんなお店が並んでいるのか、気になるわ。


「それに、今日は休みなのに、私の仕事に付き合ってくれたしな。」


…そういえば、私休みだったか。

社畜に慣れ過ぎて、休みって言われても、出勤日ですよね感覚だったわ。


「どうする?」

「行きたい!ねぇ、給料前借まえがりとか出来るのかな?」

「なぜ?」

「買い物したいからさ。」

「君を養うくらいの、器量はあるつもりだが?」

「え?」

「それに、君はもう国賓扱いに近い。君の保護費は、国が払うことになる。生活費や、必要なものなど、好きに買うといい。」

「…それ聞くと、尚更買いづらいですわ…。」

「なぜ?」

「国のお金で、買い食いとか、しづらいでしょ?自分のお金が良いです。」

「…そうか。」


不思議な顔をされたけど、そこまでワガママ言う勇気はないわ。

お嬢様気質ではないので。


「では、まずは提出に行こう。」

「はぁい。待ってまーす。」

「…私は、君の護衛も兼ねていると言ったはずだが?」

「あ、ついていきまーす。」



いつも思うけど、広いねぇ、王城は。

ここまで、どうやって来たか、正直覚えきれなかった。

3度くらい角を曲がったあたりから、覚えてない。

ダニーが書類を提出し、その担当の人が書類を確認して、判を押す。

元の世界と変わらないやり取りだなぁ。


「こんにちは、アカネ様。私は、ラリーです。お元気ですか?」

「はぁ。元気です。」


担当の人が私に気づいて挨拶してくれたけど、初級英語みたいな挨拶だな。


「これから、デートですか?楽しんで。」


ウインクまで、投げられた。

ここは、ホストクラブか。


「…ありがとうございます。」

「お気をつけて~。」


対応に困って、分かりやすく社交辞令の笑みを浮かべて、部屋を出た。


「色々と疑問なんだけど。私たちの事を、面白おかしく広めてる人っているのかな?」

「…君を呼び出した人達なら、やりかねない。」

「なるへそ。」


この国のお偉いさんは、どうも暇らしい。

さすがに、さっきの恋人体験の話は、広がってはいないと思うけど。

時間の問題かな。


「よし。では、行くか。何か見たいものはあるか?」

「そうだなぁ。服とか、日用品とか、諸々見たいかも。」

「そうか。」


スタスタと歩いて、いつの間にか王城を出た。

あんなに、迷路みたいで時間かかると思ったのに。


すっと手を出された。


「ん?」

「手を、繋ぐんだろう?」

「…良いの?」

「恋人だろう?」


ぬぅ!破壊力凄いな。

ちょっと、デレデレしながら、手を繋ぐ。

思った通り、大きくて、しっかりとした、男性の手だ。

手が、カサカサしてるのは、剣を握るからかしら。

のんびりと、こうやって手を繋いで歩くって、良いなぁ。



「ここが、服屋だ。王都で一番大きいので、大抵は揃うと思うが。」

「わぁ。本当に大きいですね。」


郊外にある、しまむらの広さだわ。

中に入ると、沢山の棚に、服らしき布が綺麗に畳んで並べられている。


「平置きタイプなんですね。」

「…どういうことだ?」

「ハンガーとかで、吊るしてあるのかと、思ったんですが。」

「はんがー?」

衣紋掛えもんかけ?」

「えもんかけ?」


え、どっちも通じない。

昔の異世界人、伝えてないの?


「ほら、こう、木とか、針金で、服を掛けて収納する、アイテムです。」

「あいて、」

「物です。」

「それは、どういう物でしょうか?」


突然、割り込んできたのは、ザ・マダムという感じの、恰幅かっぷくの良い女性だ。


「あ、えと、こういう。」


ジェスチャーで伝えようとするけど、伝わらないよねぇ。

マダムが奥から、紙とペンを持ってきてくれたので、それに典型的なハンガーを書いて、説明する。


「…それがあれば、商品も見やすいわね。でも、この形だと、肩の部分の型が崩れてしまいそうですけれど?」

「この部分の幅を広げれば、そこまで型崩れしないと思いますよ。」

「なるほど。」

「私はよく、このハンガーに、香り袋を一緒に掛けて、匂いを楽しんでたんですよねぇ。香水よりも、仄かで、好きな香りを楽しめるので。」

「へぇ。」


匂いフェチなんですよ、ワタクシ。

柔軟剤の匂いも好きなんだけど、色んな匂いを試したい時に、この方法を使ってた。

手軽に楽しめるし、良い香りの香り袋を沢山売ってる雑貨屋が、近くにあったのよねぇ。


「それは、面白いですわね。」

「こちらの女性は、香り袋とか、使わないんですか?」

「こちら?他の国から、いらしたのですか?」

「あ、いえ。」


言っても良いのかな?


「異世界人だ。」


言っても良いのか。


「シェラー殿なら、問題ない。王族お抱えの、衣装作家だ。」

「そうなんですか。」

「初めまして、異世界人様。このお店の主、シェラーと申します。」

「あ、あかねです。」

「ア・アカネ様。今後とも、御贔屓ごひいきに。」


指摘しても、良いんだろうか。


「この国では、香水が主流ですわね。まぁ、貴族の方や、王族の方くらいしか、使われませんけど。」

「じゃあ、一般の人は?」

「身体を洗った際につく、石鹸の香り、くらいですかね。」

「それって、種類がいくつかあったりします?」

「いいえ。石鹸は一種類しか、出回っていないかと。」


それだ!

良いビジネスを考え付いたぞ!


「ねぇ、ダニー!私、良いビジネス、思いついたよ!」

「びじ、」

「商売!ダニーの話し相手でお金貰うの、何だか手持無沙汰てもちぶさただからさ。」

「それ、詳しく教えて頂けません?ア・アカネ様。」


よし、指摘しよう。



ダニーとシェラーさんに、匂いを付けた石鹸や、香り袋を作るビジネスについて話した。それと、私の正しい名前も。

一般の人でも、匂いを楽しめるようにしたいし。私も、楽しみたいし。


「それで、匂いをつけるとは、一体、どうやってなさるの?」

「基本的には、花とか、ハーブとか。」

「はーぶ?」

「うぅん、野草的な?香辛料というか、何と言うか。」


ここで、言語の壁!


「お肉とかの臭みって、何かで消したりしませんか?」

「そうですわねぇ。爽花そうかという草を使う料理もあったりしますけれど。」

「それって、どういうのですか?」

「近くに、専門のお店がありますの。そちらに行きましょう。」


シェラーさんは、奥にいた女性に断って、一緒についてきてくれた。


「新しい商売になりそうでしたら、私にも、ぜひ参加させて頂きたいですわ。」


商売人の目をして。



「こちらが、爽花屋ですわ。」

「ほう。」


見る限り、茶色い瓶に液体が入ったものが、乱雑に置かれている屋台だ。


「これが、そうか、ですか?」

「詳しく言えば、違います。爽花の成分を抽出した爽料そうりょうです。爽花は、基本的にこの状態で売られています。」

「へぇ。」


アロマオイル的なものかしら。


「これって、基本は料理に使うものなんですか?」

「えぇ。例えば、これを垂らすと、スッキリとした味になるんですよ。」


冒険者のようないかついおっちゃんに了承を得て、瓶のふたを開けて、差し出してくれた。

嗅いでみると、この爽快な香りは!


「これ、ミント!」

「あん?そりゃ、ミグだぞ?」


そんな名前になっちまうのか。


「他のも嗅いでみても良いですか?」

「あぁ、構わねぇよ。」


片っ端から、開けては嗅ぐを繰り返し、頭がクラクラしてきた。

でも、嗅いだことのある、良い香りのものがいくつかあったので、ピックアップしておく。

あ、これも良い香り。


「こういう野草って、どこで手に入れるんですか?」

「そうだな、今嗅いでるカルはこっから西の森あたり、ミグはすぐそこらへんにも生えてるが、質が良いのは、西の森にあるやつだな。」

「そこって、すぐに行けたりします?」

「やめとけ。嬢ちゃんが行ったら、野犬やら、盗賊に襲われて終わるぞ。」

「え?そうなんですか?」


ダニーとシェラーさんを振り返ると、二人とも頷いている。


「爽花屋は、ほとんどが冒険者だ。」

「爽花は、危険な場所に生えているものも多いから。アカネ様は行かせてもらえないと思うわ。」


そうかぁ。がっくし。


「嬢ちゃん、そんなに爽花が欲しいのか?」

「…はい。どんなものがあるのか、見たくて。」

「それなら、俺が持ってる分は、全部出してやるよ。取り敢えず、見てみるか?」

「ありがとうございます!」


見た目はいかついけど、良いおっちゃんだ!


色々と持ってきてくれた中には、ラベンダーもあった。

良い香りがするから、新作の商品に出来ると思ったらしい。

グッジョブ!

他にも、何かはわからないけど、嗅いだことある、良い匂いの草がいくつかあった。


「これって、このまま売ってもらう事って出来ます?」

「別に構わないが、処理は大変だぞ?」

「大丈夫です。」


いくつかの良い香りの野草をチョイスした。

おっちゃんは、不思議そうな顔をして、袋に詰めてくれる。

さっきピックアップしておいた爽料も、買う事にする。


「あ、お金…。」


そういや、前借していない。


「私が払おう。」

「え、でも。」

「女性に出させるわけにはいかない。」


じぇんとるめん!

取り敢えず借りよう。


「ありがとうございます。」

「構わない。」

「ありがとな。また来てくれよ。」

「はい。ありがとうございました。」


おっちゃんと別れると、シェラーさんに耳打ちする。


「他にも、爽花屋ってありますか?」

「他にもあるけれど、さっきのお店よりは質が悪かったり、品数も少ないわね。あぁ見えて、ここら辺で一番の冒険者だから。」

「そうですか。」


じゃあ、卸してもらうとしたら、あのお店になりそうだなぁ。


「取り敢えず、これで、試作品作ってみます。」


いくつか、嗅ぎなれた香りのものも手に入ったから、イケる気がする!


「楽しみだわ。」


シェラーさんがわくわくした顔をしてくれたけど、ダニーは疑いの目を向けてきた。

見てろよ、ぎゃふんと言わせたる。

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