第8話「あたたかな手」
犯人のように連行された場所は、王城から出て、徒歩数分のところ。
これまた大きな建物で、何かの施設かな?
「ここ、何です、」
か?って言おうとした時に、扉が勝手に開いた。
ど真ん中で待ち構えているのは、執事ですと見た目で語っている初老の男性。
その足元には、グレーの猫がちょこんと座っている。
「お帰りなさいませ。旦那様。」
「え?だんな…?」
「ここは、私の本宅だ。」
えぇ?!お坊ちゃま?裏切らないな!
「これはこれは、異世界人様。ようこそいらっしゃいました。」
「あ、お世話になります。」
「そんなにかしこまらないでくださいませ。自分の家のように、お
「はぁ。」
じゃあ、両脇に並ぶメイドさん達消して貰えませんか?
って、言いたい。
守護獣もいるから、並ぶ視線が痛いのよ。
「
あぁ!惜しい!
セバスちゃんじゃないのね。
「よろしくお願いします。セブスさん。」
「セブス、で構いませんよ。奥様。」
後ろを振り返る。
誰もいない。
奥様って、私のこと?
「…何を言い出す気だ?セブス。」
「旦那様が女性の方をお連れするのは初めての事。このお屋敷に女性をお連れする時は、その方が奥様になる方だと、
「勝手な事を言うな。第一、」
「旦那様はここ数年、王城から目と鼻の先であるこのお屋敷に、帰るどころか顔すら見せない有様でございます。」
「それは、」
「私共は、なぜ、旦那様がお帰りにならないのかと、ずっと悩み続けたのでございます。」
メイドさん達が舞台で見るような苦悩の姿をそれぞれにし出した。
守護獣もそれぞれ表現しているっぽい。
何が始まるんだ?
「そして、導き出した答えは…。」
「私の話を聞く気はあるのか?」
メイドさん達がはけて行き、いそいそと戻って来た。
「それは…。」
「それは?」
「おい。のるんじゃ、」
「それは、奥様をお連れになるまで、帰らない意思表示なのだと!」
メイドさん達が花びらを頭上に投げ、踊り出す。
何?フラッシュモブ?
「そして、奥様となられる異世界人様とお帰りになられました!このお屋敷に仕える使用人一同は、この喜びを胸に、歓迎の歌を!」
まるで、タカラヅカのようだ。
花びらが舞う中、喜びの歌を歌い、メイドさん達は踊り出す。
守護獣もいるから、サーカス団か。
すごいなぁ、息ピッタリ。
「………。」
肩に乗る花びらを
嬉々として歌い続けるセブスさん一同。
ふふっ。異様だな。
歌の終わりと共に、皆で決めポーズ。
キマってるぅ。
「…と、旦那様をからかうのはこれくらいにして。」
え。主をからかうために、こんな手の込んだ事を…?
ダニーは全ての感情をそぎ落とした顔をしている。
うん、近寄らない理由がわかったぞ。
「私共使用人一同は、異世界人様を歓迎いたします。」
「はぁ。」
「旦那様をからかう事に関しては、お任せください。」
「はぁ。」
「何か、不自由な事がございましたら、こちらのイザベラを専任のメイドにいたしますので、何なりとお申しつけくださいませ。」
「イザベラです。よろしくお願いいたします。」
あ、歌声が一番響いてた人だ。
「よろしくお願いします。」
ここにいたら、私もミュージカルをすることになるのだろうか。
私の部屋の準備が終わるまでと、居間らしき部屋でお茶を出されて、ダニーと向かい合って座っている。
「あのさ、ダニー。」
「その名…もういい。なんだ?」
「私って、何かおかしい?」
「なぜ、そう思う?」
「だって…。」
すぐ横の窓に、何名かのメイドが張り付くようにこっちを見ている。
何なら、私達の間のテーブルに、セブスさんの足元にいた猫がいる。
絶対、守護獣やろ。
「気にするな。私に早く結婚をさせたいがためだ。」
「どゆこと?」
「密室で何か間違いが起これば、すぐに証拠を押さえて、結婚させるつもりだろう。」
「ファッツ?!」
「だから、扉を開けておいたんだが…。諦めてくれ。」
「んな無理でっせ。こんな視線いただいちゃあ、生活出来ませんて。」
「…セブスに改善するよう伝えておく。」
どうやら、この家では、ダニーの発言はあまり効力がないらしい。
もう!役立たず!
「……役立たずを見るような目で見ないでくれ。」
「あ、バレました?」
「私だって、この家には帰ってきたくなかった…!」
ダニーが恨みを込めた目で窓を睨むと、メイドさんらは掃除をするフリをして去っていく。
今更でしょうよ。
「昔からそうだ。私が何か話そうとしても、大半は歌って踊り誤魔化される…!何かあるごとに、嫌がらせのように歌い踊りに来る!副団長就任式だって、途中からは奴らの演芸会だ!」
あ~そういうことか。
ルーラが言ってた楽しいって。
「事あるごとに、私をからかうために
「…そっか。」
「どこで、何が始まるかわからない。何かある度に、今話している人間が歌い出すのではないか、踊り始めるのでは…?そう思うと、問いたださずにはいられない…!」
「…あ、それじゃん!会話出来ない理由!」
思わぬ所で、答えが出た。
まさかの身内に足を引っ張られていたとは。
「私が、セブスさんに話をつけます。そうすれば、ビクビクしないで済むので、落ち着いて話せるようになるでしょ?」
「無理だ!奴らが話を聞くとでも?俺が今まで何もしなかったとでも?俺だって、今までどれだけ訴えてきたか!」
ダニーがぎりっと猫を睨むが、馬鹿にしたように寝ころんだ。
良い度胸してるな。
「取り敢えず、やってみるだけやってみます。駄目ならそれから、また考えましょう。」
『いいぞ。その話を聞いてやっても。』
「ぎゃ!蛇!」
「…セブスの守護獣だ。」
「え?この猫じゃないの?」
「そいつは、セブスの飼い猫で、事あるごとに俺を馬鹿にした態度を取るだけだ。」
あ~なるほど。
飼い主に似たのか。
『セブスに話を通してやる。誰も歌い踊らなくなるぞ。』
「おぉ!やったじゃん!」
「………。」
『ただし、条件がある。』
「へ?」
『今後は、日々の生活を、お前とダニエルが一緒に過ごすこと。』
「は?」
『もちろん、寝る時もだ。』
「はぁ?」
『そうすれば、我々は、歌い踊ることはしないと誓おう。』
「なんで、そんな事、」
『出来ないのなら、歌い踊るまでだ。』
ぬぅぅ!なんて卑怯な!
面倒で終わる気がしない仕事の、終わりが見えたと思ったのに!
「一晩だけ?」
『それなら、一晩だけ、歌い踊らなくなる。』
つまり、一緒に過ごす間だけ、ミュージカルはしないって事ね。
明日のじょーのようになってるダニー。
立つんだ!立つんだ、ダニー!
「……ほらみろ。こいつらは、こういう出来そうにない事を言い出すんだ。」
「え?」
「毎回そうだ。結局、聞く気がないんだよ。」
「ちょっと待って。出来ないって誰が言った?」
カチンと来た。
社畜をなめてもらっちゃ困る。
「一緒の空間で、生活すれば良いのよね?」
『あぁ。同じ部屋で。』
「分かった。任せて。」
「君は状況がわかっているのか?結婚も、婚約すらもしていない成人の男女が、一緒の部屋で生活するなんて!
「そもそも、結婚する気ないので。」
「………そうか。いや、しかし、」
「異性と同じ部屋で生活するのに、そこまで抵抗がないんですよ。私。」
「なっ…!」
でも、実際そうなのだ。
社畜と言われるくらいには、会社に寝泊まりしたこともある。
男性社員がいる中での
要するに、別に、気にしなければ、気にならないのだ。
「そうやって、意識するから駄目なんですよ。同じ騎士団の人間だとでも思っていただければ。」
「そうか。…そうだな。そう思って過ごす限り、平穏な生活が待っているのだな。」
お、天秤にかけて、勝ったようだ。
「よし、それでは、先に風呂に入る。君は好きに過ごしてくれ。」
部屋にあるお風呂の扉に向かって歩き出すダニー。
飲み込み早いな。
まぁ、なるようになれってことで、案内された部屋を見渡す。
主の部屋は、屋敷に
部屋にでんっとあるベッドも、かなり大きく、大人三人が寝ても余裕そう。
なぁんだ、問題なさそうじゃない。
それに、何もかもが一級品のためか、全てにおいて心地が良い。
最高じゃないか。
ベッドに乗り上げて、感触を確かめる。
物凄く良い
横になってみても、超気持ちいい。
ヤバ。寝そう。
「…い。」
「ん…。」
「お…、…い。」
「……。」
「おい!」
「んなぁ。」
「そんな状態じゃ、風邪をひく。ちゃんと布団に入れ。」
「ん…?あぁ、どうも。」
寝ぼけたまま、のそのそと布団に入って、ぼんやりとダニーを見る。
毛布を持って、少し離れた場所にある、ソファに寝ころんだ。
「…なんで、ベッドで寝ないんですか…?」
「…何を言っている?自分の言っている事が、分かっているのか?」
「…こんなに広いんだから、一緒に寝ましょうよ…。」
「…あのな、さすがにそれは、だな。未婚の、二人が、」
ごにょごにょ言ってるのが、面倒だな。
「いいから…。家主がベッドで寝てくれないと、さすがに寝づらいですよ…。」
「もう既に、半分夢の中のようだが?」
「もう、早く。」
奥にずれて、布団を開く。
面倒な子だなぁ。
「……。わかっているのか?」
「腕がぁ、もげるぅ!」
「わかった。わかったから。」
いそいそとベッドに入るダニー。
よし、一件落着。
「…未婚の男女が…。」
何か言ったけど、気にしない。
むにゃむにゃ。
ゆっくりと、目が覚めた。
まだ暗いから、夜中かな…。
ぼんやりと見える、ダニーの大きな背中。
大きいなぁ。男の人なんだなぁ。
少しくらい、良いよね…。
ピトッと背中に引っ付いてみる。
やっぱり、男性の背中って、本当に落ち着く。
昔、付き合ってた人にもやってたなぁ。
正面は恥ずかしいからって、寝てるときに…。
………。やば。
そっと、ダニーから離れる。
少し、寝ぼけてたわ、私。
人恋しくなってるんだろうなぁ。
突然、誰も知らない世界だしな。
社畜になったおかげか、親や友人にもろくに会ってなかった。
そんな中、突然のお別れか…。
ものすごく寂しくなってきた。
やだ、泣きそう…。
ダニーは、…寝てるよね?
少しくらい、背中貸してもらっても、良いよね…?
そっと近づいて、背中に顔を埋めた。
少し濡れても、バレないよね…?
「…っ。うっ。」
やばい。声が抑えられない。
止まらなくなってきた。
「うぅ…。」
突然。
くるっとダニーが振り返った。
「あ、ごめっ、」
「良い。」
「う。」
「気にしなくて、良いから。吐き出せ。」
そっと、抱きしめて、背中をさすってくれる。
やだ、優しくしないでよ。止まんないじゃん。
「うぅっ。…ふぅっ。」
「我慢するな。」
「うぅ!」
優しすぎる。
もう、惚れてまうやろ。
声を上げて、泣いて。
背中を擦ってくれる手の温度で、眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます