第7話「黒トカゲ、進化する」
あれから、次の日の午前に、あっという間に10回目のカウントを終えた魔王。
取り敢えず、4本目に犠牲になるであろうペンを借りて、でこペンをする。
ある程度の年齢の人ならわかるはず、某青春バラエティの罰ゲームで行われていた、ペンでデコピンするやつだ。
指と違って、クリーンヒットすると、頭がカチ割れた錯覚を受ける、アレだ。
表情には出さないが、指で額を確認していることから、クリーンヒットしたみたいだ。
「じゃあ、続けます。10回毎に罰ゲームですよ~。」
「何でだ!私だけが罰を受けるのか!」
「あなたの特訓なんだから、当たり前でしょう?」
「…何事にも、
お、目の前に人参を吊るす作戦だな。受けてたとう。
「えぇ。構いませんよ。それで出来るのなら。何が良いですか?」
こんなやり取りの中、ラウちゃんは私の足元で寝ているし、ぴーちゃんは何もない私の机の上で、私に向かって何かアピールをしてる。
ジェスチャーゲームか?
「そうだな…。私が耐えられたときは、私の質問に答えるのはどうだ?」
「1回目。」
「ずるいぞ!」
「それなら、今したい質問を後回しにするだけでしょう?この特訓の意味がないです~。」
「ぬぅ。では、一つだけ。一つだけに絞るから。」
「…わかりました。このまま10回目のカウントを迎えずに、週末を迎えられたら。」
あと残り3日と半日。
「約束だぞ!」
「えぇ。」
それから魔王は、思いのほか耐えて、金曜日午後に入った時点で、9回にどうにか
魔王の机には、私が横文字単語を発する度に何かを書きなぐったメモ用紙が山になりつつある。
文字がわからないせいか、走り書きのせいか、気持ちを込め過ぎたせいか。
呪いの言葉を書き連ねているように見える。
私、呪い殺されるんじゃないだろうか。
さっきから、自分の腕時計を眺めて、仕事を放棄し出してるぞ。
その書類の山、片付けなくて良いのか。
まだ一時間以上もあるというのに、あと数秒のような行動をとる。
子供か。
ラウちゃんは相変わらず私の足元で寝て、ぴーちゃんは私に何かをアピールするように前足を大きく広げて後ろ足で立っている。
何か、大きくなったなぁ。
そう言えば、掌サイズだったのに、小さな猫サイズになってきてるな。
広げた前足のところで、皮膚が
脱皮でもミスったのかしら。
その弛んだ皮膚を、指先で確認してみる。
ぴーちゃんが嬉しそうに鳴くもんだから、これをアピールしたかったのか。
自分ミスったって?
やだ、おバカさんに育ってるの?
「ぴーちゃん、脱皮のミスをアピールしないの。」
「…ぬぅ!」
ミスかアピールの意味が知りたいのか、言葉をぎりぎりで飲み込んだようだ。
惜しかったな。
ボキッ
13本目のペンが犠牲になった。
「…守護獣は、脱皮などしない。」
「え?」
「守護獣として生まれたものは、爬虫類の姿であっても、脱皮はしない。」
「え、じゃあ、この弛んでるところは何?前までなかったんだけど。」
魔王がぴーちゃんの近くで
「これは…、私にも何かわからない。」
「えぇ~。役立たず~。」
「失礼だろう!一度、守護獣医に見せた方が良いかもしれないな。」
「え、そんな人いるの?」
「当たり前だろう。守護獣と言えど、生きているのだから。守護獣の力を使った製品も、その専門医たちを中心に作られている。」
「へぇ~。そうなんだ。」
まぁ、確かに、守護獣の事がわからなければ、あんなシステム作れないだろうなぁ。
「その人達って、どこにいるの?」
「この時間なら、王城にいるはずだ。連れて行こう。」
魔王が屈んでいた身体を起こした瞬間。
ぴーちゃんの口に赤いものが。
え、マーライオン?
そう思った瞬間。
それは、小さな炎となって、ぴーちゃんの口から出た。
大きさは、チャッカマン程度。
二人とも見ていたせいか、同時に固まってしまった。
トカゲって、火を吐くっけ?
それとも、見間違いかな?
ぼっ。
小さな音と共に、また炎が出てきた。さっきよりも大きめ。
「ぴー!ぴぴー!」
褒めてとばかりに、私にアピールするぴーちゃん。
「何だ、ソレは?!」
あ、10回目。
罰ゲームどころではなくなった魔王が、慌てたように競歩で出て行って。
王城内は緊急事態以外は走ってはいけないらしい。
充分、緊急事態っぽかったけど。
知らないおじいさんを連れて来た。
魔王の速さにやられたのか、ぜぇぜぇと肩で息をして、今にも死にそうだ。
「ドク殿、この守護獣を調べていただきたい!」
「ぜぇぜぇ。」
まだ、話が出来る状態じゃあないっぽいよ。
取り敢えず、私の椅子を譲って座らせると、弱弱しく手を上げて、お礼を言ってくれた。
そして、荒い呼吸の中、ぴーちゃんを眺めながら確認を始めた。
落ち着いてからで良いのに。
「口から、火を噴いたんだ。この目で確認した。」
「はぁはぁはぁ。」
「この、皮の弛みは、元々はなかったらしい。」
「ぜぇぜぇ。」
もう、呼吸で会話してるな。
ぴーちゃんは不思議そうにおじいさんを見ている。
今、火を噴いたら、おじいさんのわずかな髪が更地になるなぁ。
なんて、思いながら、その様子を眺める。
「こ、はぁ、これ、はぁ。」
息と言葉が混ざって、よくわからないけど、本題までは時間かかりそう。
「一大事ですぞ!」
「おぉう?!」
油断してたせいで、叫んじゃった。
「ドク殿。一大事、とは?」
「この子は、火竜かもしれません。」
ほう、ひりゅうですか。
「なん、だと?」
とりあえず、魔王の様子から、凄いことらしいのはわかった。
「もし、火竜だとしたら、この世界で確認されたのは、628年前が最後!伝説の守護獣ですぞ!」
へぇ。
まだおじいさんが熱く語ってるけど、わからんものはわからん。
「火竜とな?!」
間抜けに近い声を上げたのは、この国の王様。
謁見室で会うよりもだいぶラフな格好で、部屋に飛び込んできた。
王様ってこんなフットワーク軽いものだっけ?
「はい。間違いないかと。」
あの後、一人目のおじいさんに続くように、5,6人のおじいさんズが部屋に集まり、ぴーちゃんをこねくり回し、泣きそうになったぴーちゃんが炎を出して、歓喜と共にぴーちゃんが解放された。
解放されてからは、私にしがみ付くように離れなくて、今は私の胸元にへばりついている。
動物病院に行った時の猫って、こんな感じだったような。
「おぉ!この国に、異世界人だけではなく、竜までも来るとは!」
鼻血出そうだな、王様。
そんなに凄い事なのかしら。
ぴーちゃんの様子からして、そんな凄いものになりそうにないんですけど。
「少し、顔を拝むことは…。」
「今は出来ないと思います。おじいさんズにこねくり回されて、かなり泣きそうだったので。」
申し訳なさそうなおじいさんズ。
しゃあない。伝説に浮かれる気持ちはわからんでもない。
「まぁ、うちの子も、まだちいさいものですから。また改めてにしていただけません?」
有閑マダムのように返すと、わかりやすくガッカリしたな。
おじいさんズに背中をさすられて、励まされている。
「…まぁ、顔を拝むのは後日として。色々と対応せねばなるまい。まずは。」
「まずは?」
「………。」
……?
そう言ったはいいけど、その後、何も言わずに去っていく王様。
え、聞き逃したのか?
おじいさんズも、心得た!という感じで出ていく。
………。
「多分、後でわかるはずだ。」
魔王の言葉に、聞き逃したわけではなさそうだ。
「はい。荷物
「へ?」
終業時間を迎え、魔王にきちんとでこペンをお見舞いし、女子寮に帰って来た時。
入口にいたルーラが言った。
「なんで?」
「え?何が?」
「いや、何で私の荷物纏めたの?」
置いていたものを、そのまま持ってきただけのようだけど。
袋に入れてくれても良いじゃないか。
「え?副団長の所でお世話になるんでしょ?」
「え?聞いてない!」
「伝令が来る前に、出て行ったからな。」
背後からの声に慌てて振り返ると、魔王が立っていた。
心なしか、おでこが赤く
「私が、君の護衛を兼ねて、一緒に生活することになった。」
「はぁ?なにゆえ、ダニーなんですか?」
「私が適任だからだろう。あと、その馬鹿にした呼び方、やめてくれ。」
「ダニーよりも、ルーラの方が良いんですけどー。」
「さすがに、私には火竜のお
「えぇ?」
ルーラの目が、ダニーのおでこから離れない。
そりゃ、気になるよね。
じゃなくて。
「そんなに、ひりゅうって大変なの?」
「そりゃそうよ。竜だもの。守護獣にもそれぞれ特性があって、竜だと、
「うそでしょ?!」
胸元のぴーちゃんを見るけど、未だにぷるぷるしてて、そんなふうになるとは思えん。
「本当よ。それなりの広さがないと、暮らせないわよ。」
「じゃあ、ぴーちゃんを担保に、一人暮らししたいです。」
「やめておいた方が良いと思うわ。火竜の守護主なんて、かなりの価値があるんだから。拉致されて売られるんじゃない?」
「えぇ~?んな
「そう言うわけで、護衛も兼ねて、私の家に住んでもらう。」
「えぇ~。何か息苦しそう。」
「そんな事ないわよ。副団長の家って、凄く楽しいと思うわ。」
「理由は?」
『行けばわかるでしょ。』
いつの間にかいたピピンが、私の足に体当たりしてきた。
地味に押されて、ダニーに近づくと同時に、腕をガシッと掴まれた。
「行くぞ。」
犯人を捕まえた警察みたいに、連れて行かないで貰えます?
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