第6話「社畜、就職する」



それから、魔王ダニエルは、小さな机の所に私を誘導して、その椅子に座らせた。

自分は、大きな執務机の椅子に。

ここ、おまえの職場やないかーい。

そこから、せんたくきとはなにか、おぶらーととは、らじかせ、ぞんび、その他諸々。

よく覚えていたなっていう事まで、事細かく聞かれた。

魔王の説明の時に、悪の親玉ですって言ったら、物凄く冷たい目で、10分程無言で睨まれた。

そういうとこだぞ。


聞かれ過ぎて、説明を端折はしょった部分もあるので、ものによってはおかしなことになっているかもしれない。

もう知らない。


コンコ、ガチャ。


こっちの人は、ノックを何だと思っているのだろう。

入って来たのは、ギルベルトさん。


「どう?特訓は順調?」

「あの、一つ質問が。」

「ん?何かな?」

「私、この仕事を承諾した覚えがないんですけど。」

「そう?とっても良い仕事だと思うけど?」

「この二時間程で、数年分の疲れが溜まりました。」

「まぁ、最初はどんな仕事もそうだよね。」


こいつ、丸め込もうとしているな。

もう私は、ブラック企業には入らないんだい!


「他の仕事を紹介してください。」

「う~ん、今はどこも人が足りてるからねぇ。しかも、微妙にアカネちゃんの世界とは違う部分もあるみたいだし、確認しながらの人に頼める仕事って、王城にはないかな。」


まぁ、確かにそうだろう。

王の城なんだから、それなりの人しか働けないだろう。


「城下町ってありますよね?」

「もちろん。」

「そこなら、働く場所があるのでは?」

「どうかな~?人伝ひとづての紹介でしか、仕事の募集はないからね。」

「え、ハローワークとかないんですか?」

「はろーわーくって?」

職業斡旋所しょくぎょうあっせんじょです。」

「ふーん、どういう仕組み?」


ハローワークというか、アプリとかを含む、仕事の探し方を、ざっくり説明する羽目になった。

無駄な労力を使った…。


「なるほど。そういう手もありだね。」

「そうですね。一か所に纏めて、専門の部署を作れば、他国からの移住者にも、すぐに職を紹介できますね。」


二人はふむふむと話してるけど。

先駆者の異世界人が伝えていそうなものなのに。

てか、普通に思いつきそうなものだけど?

…あ、ひらめいた!


「じゃあ、私がその職業斡旋所のアドバイザーとして、そこで働くってのは?」

「あどばいざー…?」

「助言する管理者的なものです。」

「そうだねぇ。すぐにどうにか出来る話でもないし、それまではどうする気なんだい?」

「えっと、寮で働く、とか?」

「間に合ってます。」

「じゃあ…職業斡旋所の準備期間として、本来の報酬の何割かを、支払ってもらうことは…?」

「出来ないね。」

「ですよねぇ…。」


ヤバイ。詰んできたぞ。


「ねぇ、アカネちゃん。こんな言葉知っているかな?」

「…何ですか?」

「働かざる者、食うべからず。」


ぐぬぅ!この世界でも聞くことになるなんて。

変なとこで共通点多すぎるぞ!

異世界なら異世界らしく、全く違う世界でいてくれよ!


「というわけで、当分は、このお仕事頑張ってね。」


あぁ、何か。

無駄な仕事を増やしただけな気がする。



どうやらギルベルトさんは、私の仕事内容と報酬の説明に来たらしい。

仕事内容は、魔王ダニエルの会話を、どうにか横道にそれずに(無駄に質問しないように)することらしい。

最終目標は、弾むような会話。

んな、無茶な。

報酬は、午前中4時間、午後4時間の実質8時間労働で、一日300てぃー。

てぃーが通貨の単位らしいけど、物価がどうなのかも知らないから、ピンとこない。

一週間は七日で、5日働く週休2日制。

場合によっては休日勤務もあり。その場合、その都度追加報酬あり。

普通に私の世界と変わらない雇用形態になってきたな。

異世界に来た意味。


「それから、寮代と食事代で、一日20ティ引かせてもらうから。」

「はぁ。」


三度の飯と、光熱費込みの家賃で、一日20てぃー。

それを引いても、一日280てぃーの収入を得られる。

…ん、待てよ。これって、相当破格な給料なんじゃ…。

と言う事は、それほど大変な仕事ってわけで。


「前任者は三日で投げ出したけど、最高記録は二週間だから!」


記録塗り替えようねってほほ笑まれても。

当の本人は、私たちの会話を全く聞かずに、自分の仕事を黙々とこなしている。

お前のせいだかんな!


サラッと、私とぴーちゃんの拇印、ぴーちゃんは手形か、を契約書類とやらに押しつけて、颯爽と立ち去って行った。

扉を全開にして。

閉めて行けよ。

魔王が無言で立ち上がり、静かにドアを閉めた。

いつものことっぽいな。


「会話を弾ませるとは。」


お、突然の語りか。


「どういう事だろうか?」


ま、そうなりますよねー。


「う~ん、まずはさ、親しくなりたい人とかいないの?」

「いない。」


立つ瀬がねぇなぁ。


「…親御さんとも、そんな会話?」

「…あぁ。質問ばかりし過ぎて、母は1カ月ほど口を聞いてくれなくなった。」


頑固なのは母親譲りか。

親がボイコットってどうよ。筋金入りだな。


「今は?」

「会っても、会話はしないな。」


現在進行形じゃないか。


「なんで、話の腰を折ってまで、質問したいの?」

「それは。」


お、少し考えた。

何かルーツがあるのかしら。


「それは、初等部で、教師に、気になることがあれば、その場で聞くようにと、言われたからだ。」


先生。

今もあなたの言葉は、彼の中で生きてますよ。

面倒な状態で。



なんか、魔王のルーツの片鱗へんりんを見た気がするけど、それを知ったところで、魔王が変わらねば意味がない。

報酬を貰うからには、ちゃんと仕事は致しましょう。

悲しいかな、社畜のさがが出てきてるわ。


「じゃあ、1週間、質問禁止で。」

「なぜ?」

「はい。1回目。10回で罰則与えます。」

「…何をする気だ?」

「はい。2回目。」


眉間にかなりの深さのしわが入った。

もう一生消えないんじゃないかな、アレ。


「まずは、説明をするべきだ。君には説明義務がある。」


おぉ、質問じゃないね。やるな。


「ダニエルさんは、何かと質問する癖があるみたいなので、それをまずは抑えるべきかと。」

「気になることがなければしない。」

「それは、異世界人である私にだけならわかりますが、こっちの人もお手上げ状態ってことは、日々、質問攻めをしているんでしょう?抑える努力をしないと。」

「なぜ、抑える努力をする必要があるんだ?」

「3回目。」

「あるんだ。」

「語尾言い換えても駄目ですよ。」

「………。」


不満げな目でこっちを見るな。


「言葉ってものは、色々と含みを持ったものだってあるんです。」

「例えば?」

「4回目。そうですね…。ありがとうって言葉にも、色んな含みを持たせる事が出来るんです。感謝の意味でのありがとうと共に、さよならとか。」

「さよならって言えば良いじゃないか。」


お前は知らんのか。

エフエフてんの、あの感動の名場面を!

あの最後のありがとうからは、色んな意味を感じて、日本語って、本当に素晴らしいなって、ゲームから教わったんだからな!

………そういえば、日本語通じてるけど、文字は日本語なのだろうか。

さっきの契約書も、半ば強引に手を取って拇印押されたせいで、内容は確認出来てない。

完全に、犯罪集団とやってる事一緒だな。


「あのさ。こっちの文字ってどんなん?」

「は?」

「5回目。」


今のはずるいだろうとぎゃんぎゃん騒ぐので、無かったことにしてあげた。

ほんと、しつこい。

大人しく、彼が文字を書いて渡してきた紙を見る。

う~ん、何語だ?読めん。

不思議な象形文字のようで、どう見ても、漢字にすらなっていない。


「マジか。ひとというじはぁ、ささえあってぇ~が出来ないのか…。」

「何だ?それは。」

「はい、5回目~。」


ぐぬぬっと声が出そうな顔をしてる。

もう、顔で語りだしたな。


「あっという間に罰受けそうだねぇ。」

「まだわからないぞ。」

「そうかな?罰ゲーム楽しみ~。」


げーむとはなんだ!卑怯な!っていう顔でこっち見てる。

これくらいしないと、気を付けないでしょ。

というより、あっさりのってくれるのには驚いた。

思ったよりも純粋な人なのかも。

純粋過ぎて、だいぶこじらせてるけど。


ボキッ


魔王が握っていたペンが折れたらしい。

何本犠牲になることやら。

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