第5話「伝えるって大変」


蛇口からのお湯でそのまま身体を洗って寝たのは、何時だったんだろうか?

部屋に時計はなく、お風呂から上がったらうとうとし始めて。

ベッドでぴーちゃんの身体を拭きながら、そのまま寝てしまった。


そして今。

ルーラにたたき起こされて、ボサボサの髪のまま、昨日貰った服を着て、寮の前に突っ立ってる。

目の前には、相変わらず冷気を漂わせた魔王ダニエル。


「くれぐれも遅れないようにと、言ったはずだが?」

「………。」


まだ、頭が働かず、ぼんやりと見つめ返してしまう。

ルーラによって私の頭に乗せられたぴーちゃんは、まだ夢の中だ。


「くれぐれも遅れないようにと、言ったはずだが?」


今日も平常運転だな、魔王は。


「目覚まし時計とか、無いんですか?部屋に時計もないし。」

「…目覚まし時計とは?」

「え、無いんですか?」

「目覚まし時計とは?」

「えっと、予約した時間にアラームが鳴って、知らせてくれる時計です。」

「あらーむとは?」

「…音です。」


面倒で適当に返した。

そう言えば、横文字に反応するな。

横文字は理解できないとみた。


「そんな時計は、気の緩みを引き起こすのではないか?」

「私の世界では、仕事の開始時間とか、そういうのにも応用されてたんです。最初に鳴ったら今から仕事で、次に鳴ったらはよ帰れって。」


まぁ、守られた事はないけれど。

タイムカードを押す作業の時間だったな。


「なぜ、そんな報告が必要なんだ?」

「労働時間が国によって定められているんです。」

「なぜ?」

「過労死の問題が増えたからじゃないですか?」


私も、細かいことは知らん。

どうせ、弊社では守られた事がございませんので。


「そうか。それで、決められた時間がわかるように、合図として鳴るのか。」

「そういう使い方もあるってだけです。目覚ましがなきゃ、起きるの無理ですよ、私。」

「なぜ?」

「逆に聞きたいんですけど、何で起きれるんですか?」

「自然と起きる。」


老人か。

そんな年には見えなかったけど、こっちの人って見た目よりも長く生きてるのかしら。


「ダニエルさんは、おいくつですか?」

「…31だ。」


年相応だな。


「なぜ、今、私の年を聞いたんだ?」

「いや、思ったよりもおじいちゃんかなって思ったんで。」

『ふっ』


ラウちゃんが鼻で笑ったようだ。

魔王は無表情でラウちゃんを足で小突いてる。


「こっちの一年って、何日ですか?」

「360日だ。」

「1カ月って単位はありますよね?」

「あぁ。12カ月で1年だ。」

「じゃあ、1カ月は30日?」

「そうだ。」


ほう、分かりやすい。

一年に5日程少ないけど、年齢はそう変わらないだろう。


「こっちの人は、皆必ず起きられるんですか?」

「気が引き締まっている者は、必ず起きる。」


気が緩んでたら、寝坊する人もいると。


「目覚まし時計作ってくださいよ。」

「…なぜ?」

「私、絶対に自力じゃ起きられないので。」

「………。」


正直、目覚まし時計という存在に、探求心が揺らいでいるようだ。

眼が知りたいと語っているが、副団長としてのプライドが許さないんだろうか。


「…どうやって作る。」

「え?えっと、時計職人さんはいるんですよね?」

「あぁ。」

「その人に、会わせて貰えませんか?」




どうしてこうなった。

私のだらしない体内時計では起きれないと、目覚まし時計の開発を提案したまでは良かった。

それから、あれよあれよと、人が増え。

気づけば、謁見室で国王と王妃を正面に迎えて、時計職人と私がかなりの人数に囲まれていた。

隣でプルプル震える時計職人のおっちゃんがかわいそうになってきた。

私の軽はずみな発言のせいで。

ほぼほぼ、魔王と同じような、好奇心でこの場にいる人しかいないんだろうけど。

国王と、王妃も含む。


「音が鳴る時計と言ったか。」

「は、」

「ハィィ!」


時計職人が答えちゃったよ。

あんたはまぁ落ち着いてと、背中を撫でてみる。

泣きそうな顔でこっちを見られた。

ごめんて。


「目覚まし時計と言ったか。」

「そうです。こっちの時計って、腕にするタイプしかないんですよね?」

「そうだ。こういう腕に着ける大きさのものしかないな。」


王が見せて来たのは、豪華絢爛な腕時計。

ではなく、ルーラと同じ、いかつい時計。

あれしかデザイン無いのか。


「私の世界では、もっと大きな、壁に掛ける時計とか、机の上に置ける大きさの時計とか、様々な形、大きさのものがありました。」

「ほう?これ以外もあると?」

「はい。」


それ以外が主流だよ。


「腕時計もかなり多彩なデザインがあって、お洒落なものが多かったです。」

「でざいん?」


あぁ、面倒だな。


「えっと、形と言いますか、えぇっと…あ!意匠!意匠です。」

「なるほど。」


今回は、日本語を思い出せたから良かったけど、今後は説明大変そうだなぁ。

横文字生活、満喫してたし。

へたに提案するべきじゃないな。

もう既にぐったりしてきた。

そんな私の腕に縋りつくおっさん。

見捨てないでと目が語ってる。

おけ。頑張るよ、言い出しっぺだし。


「その、音が鳴る仕組みはどうなっているんだ。」

「えっと、それは…。」


どうなってるんだろう。

やば。わかんないや。

無言を貫きだす私に、おっさんが必死で縋りつく。

もう、ほぼ傾いてるわ、私。


「えっと、時間が来た時に、歯車が、音のなる装置にはまって、音が出る、んじゃないかなぁ。」


嘘だろ、俺に丸投げするつもりか!

って顔を近づけてきた。

ごめんて。わからんもん。


「時計と鈴と連動させて、動かせる装置を作る事が出来れば、目覚まし時計は作れるのではありませんか?」


お、魔王、良いところに!


「ヤクト村で、仕掛け人形を作った職人かいると聞きます。その者の知恵を借りれば、進歩するかもしれません。」

「そうか。では、時計職人と、人形職人と、あかね、我々で、話せる機会を作ろう。」


何で、王様が出てくる。

あなたは国の事考えときなさいよ。


「とりあえずあかねは、残るように。」

「え。」

「解散!」


なぜ私は残される。

時計職人が真っ先に扉まで走っていった。

ずるいぞ!うらぎりもの!


「で、時計に意匠とは、どういう事か?」


うわぁ、くそめんどくさい。




どうにか、紙に絵をかいたりして、デザインを伝えると、国王と王妃は嬉しそうに裏に走っていった。

王の威厳って、どこにいったんだろうね。


「不思議な知恵だな。」

「うわぁ!」


居たんかい!魔王!

気配もないし、ずっと静かだったから、もう居ないと思ってたのに!


「何を驚いている。」

「いや、もう居ないと思っていたので。」

「君の足元にずっとラウルがいただろう。」


気づかなかった。

私の足元で、私にもたれるように丸くなってる黒い塊。

不思議な模様だなって思ってたわ。


「では、行くぞ。」

「え?どこに?」

「まずは昼食。それから、君の職場に。」


忘れてたわ。

怒涛に時間が過ぎてると思ったら、まだ昼らしい。

嘘やん。


まぁ、お腹は、朝ごはんも抜きなせいでめちゃんこ空いているので、大人しく付いていく。

迷路のような廊下の先に、開けた場所がある。

両開きの扉が全開になっていて、中はにぎわっている。

町の人気の食堂みたいな雰囲気だな。


「ここが、王城で働く者の食堂だ。自分の部署と名前を言えば、無料で食事が出来る。」


ひゃっほう!最高やないか!

食事は、肉、魚、野菜と、私の世界と何も変わらない料理の山が広がっている。

いわゆるビュッフェスタイルみたいで、入口に受付の女性がいる。


「騎士団副団長、ダニエル・ロイドンだ。」

「はい。ダニエル様。」


何かの表に書き込んでいて、それで把握しているのだろうか。

かなりの分厚さがあるけど、それを一人で?


「お次の方は?」

「………。」

「………えっと。」


え、私の部署って決まってましたっけ?


「えっと、女子寮に居候中の異世界人、あかね・とりかいです。」

「はい。アカネ様。」


いいのか。それで良いのか。

表に書き込んでいるので、なんて書かれるんだろうと覗き込もうとしたら、腕を引っ張られた。


「この時間は混む。早く料理を取って、席を取らねば。」


さっきは見放したくせに。

いそいそと食器を取って、列に並ぶ、美味しそうにみえるものばかりだ。

気になる料理を一通り取り終えると、かなりの量を持った魔王が待っていた。

一人でその量を?


「それで足りるのか?」

「えぇ。一応。」


二人分開いていた席に、横に並んで座って食事をする。

おぉ、味も好みだ。最高に美味しい!


「ねぇ、あなた、異世界人でしょ?どう?生活は慣れた?」

「へ?」


こんなにナチュラルに宇宙人と会話する人間がいただろうか。

異世界人って、ある意味宇宙人みたいなものなのに、こっちの世界では隣の村から来ましたレベルなのだろうか。


「まだ、慣れない事が多くて…。」

「まぁ、そうよね。環境が変われば、疲れもたまるし。」

「そうそう。街で美味しい喫茶店があるから、今度息抜きに行きましょうよ。」


私の正面に座った女性と、その横の女性まで会話に入って、さらっと喫茶店に誘われた。

え、ここに来る前から、知り合いでしたっけ?

人類みな兄弟の思想をお持ちで?


「この国では、異世界人は国に恩恵を与えてくれる存在だからこそ、身近な存在として親しく接しろと法で決まっている。」

「へぇ、けったいな法ですね。」

「面白い人みたいね。」

「これからが楽しみね。」


二人はキャッキャと騒ぎながら、どこに行こう、何かしようと言って、名乗らずに去っていった。


「なんで、喫茶店に誘った人に、名前も言わないんですかね…。」

「親しい人間に名乗るか?」

「いいえ。」

「そういう事だ。」


アホか。

大事な事忘れて、親しくされた所で、不審者を見る目で見てしまうわ。


「法に書いた方が良いですよ。」

「何を?」

「初対面の異世界人には、必ず名前を名乗るように。」



食事を終え、また廊下を歩く。

守護獣は食事をしないらしく、守護主が満腹なら満腹感を覚えるらしい。

今朝、ぴーちゃんがぐったりしていたのは、眠いからじゃなく、私の空腹を代弁していたみたいだ。

ごめんよ、ぴーちゃん。

私の肩に乗って、耳元ででかい声で騒ぐのはやめておくれ。


「ここが、今日から君の職場だ。」

「はぁ。」


重厚じゅうこうな、シンプルな茶色い扉の部屋。

もう、道順忘れたぞ。


「入って。」

「失礼しまーす」


そこは大きな執務机と、その横に、付け足したように小さな机が一つ。

それぞれに椅子があるところを見ると、大臣と秘書の机みたいだな。


「君にはここで、特訓をしてもらう。」

「特訓?」

「あぁ。昨日、決まっただろう?」

「何が?」

「私との会話の特訓だ。」


いや、おっけいした覚えないんですけど。

ぴーちゃんが楽しそうに鳴きながら、頭に上ってる。

ラウちゃんは私の足元で、身体をこすり付けている。


ここに、話が通じるやつはいないとみた。

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