第4話「異世界生活、始めます。」



謁見えっけんを終え、相変わらずよぼよぼとダニエルに支えられながら、綺麗な廊下を歩く。

こちらの世界には、魔法がないせいか、私にチート機能はないらしい。

あの、ポメ犬に見つからなかったら、本当にやばかったんだ…。

優しくしよう。

それと、こっちとむこうの世界の何が違うのかわからないので、生活していく上で、こっちの世界で役に立ちそうな知恵があれば、その都度教える方向でまとまった。

緩くて良かった。

例えば、便利な携帯がどんなものかを伝えられても、その仕組みとかは教えられないから。


そして今は、赤毛美女のところに向かってる。

この国では、特に要望がないかぎり、異世界人が初めて出会った人物に保護権が与えられるらしい。

つまり、ポメ犬の守護主である、赤毛美女。

なんか、下僕になりそうな気が、しないでもない。


「ここが、騎士団女子寮だ。」

「はぁ。」


中庭みたいなところにある、建物の前で宣言される。


「………。」

「………で?」

「なんだ?」

「どうしろと?」

「この中には、私は入れない。」

「はぁ。」

「この中に、ルーラがいるはずだ。」

「はぁ。」

「自分で探すように。」

「はぁ?!」


なんて無責任なやつだ!

思わず、ラウちゃんに抱き着く。


「何をしている。」

「ラウちゃんも連れていきますけど、良いですか。」

「…さっきの説明を聞いていたか?守護獣とむやみに離れるのは、」

「分かったうえで、言ってるんです。」


無表情で見つめてくる魔王相手に、人質ならぬ犬質いぬじちをとる。

さぁ、どうする魔王。

お前の権限で、この場にルーラを召喚せよ!


『何してるの?』

「あら?副団長、どうされたんです?」


同時に、上と下から声が聞こえた。

今、召喚しようとしたのに。


「ルーラ。アカネの保護者が君になった。」

「は?」

「面倒を見るように。」


おいおい。

保護猫を里親に預ける感じで、簡単に言うなよ。

あぁいうのには、相当な準備が必要なんだぞ。


「そう言われましても…。女子寮に部外者は立ち入り禁止なんですが。」


こいつ、どういうつもりで、ここで私を解き放とうとしたんだ。


「…そうだったか。」

「ええ。」


知らなかったのか、こいつ。


「取り敢えず、団長にご相談されてはいかがですか?そうすれば、特例も認められるかもしれませんので。」


部下にアドバイスされるってどうよ。


「わかった。アカネ、行くぞ。」

「無理。」

「…なぜ?」

「もう立ち上がれない。」

「………。」

『なさけなぁい。』


ほっとけ。




私は中庭の椅子に預けられ、赤毛美女が監視役で残された。

赤毛美女はルーラで、ポメ犬はピピン。

騎士団員で、数少ない女団員らしい。

諜報ちょうほう部隊としても活躍しているそうで、ピピンと離れても、王都以内なら問題ないらしい。

どや顔で言われたが、いまいちピンとこない。

それに、諜報部員って明かしていいのかなぁ。部外者に。

隣でずっと喋っているのを、適当に受け流しつつ、ぼんやりしていると、遠くから金の物体が近づいてきた。

あ、金の熊か。


「お待たせ、アカネちゃん。」

「私の処遇はどうなりました?」

「うん、一先ず、女子寮で、ルーラの隣の部屋で暮らしてもらうよ。」

「わかりました。」

「それと、アカネちゃんのお仕事も決まりました。」

「え?仕事?」


ヤな予感。


「毎日8時に、ここにダニエルが迎えに来るから。」

「え、仕事って何するんですか?」

「それは、明日までのひみつ~。」


イラっとする。


「まぁ、そういう事だから、詳しくは明日話すよ。今日はゆっくり休んで。それと、生活に必要なものは、ルーラに言えば揃うように手配しておくから。」

「ありがとうございます。」


仕事内容がはっきりしないのはいただけないが、生活は保障されたっぽいので、一安心。


「くれぐれも遅れないように。」


魔王、一言余計だな、と思いながら、二人の男を見送る。

…ラウちゃん、ここにいるけど良いのかな。

あ、気づいた。

抱えられるように運ばれるラウちゃんを見送りつつ、寮を振り返る。


「じゃ、寮内を案内するね。」

「…今日は、最低限にしてもらえません?」

「え、どうして?」

「歩ける気がしないんで。」

『なさけなぁい。』


いつか、事故をよそおって蹴ろうかな。

いや、いかん。私の命の恩犬おんけんだった。


「じゃあ、取り敢えず、この階段上れる?」

「は?」


目の前には、立派な長い階段が。


「私たちの部屋、この寮の三階なの。」



おーまいごっしゅ!

何で一階やないんや!

そう思いながら、仕方なく、よぼよぼと、かなりの時間をかけて上った。

ルーラは手伝う気がないらしく、さっさと上がって上で待っていた。

その間、私の周りをちょこまかと、ちゃちゃを入れながら走り回るピピン。

本当にわざとではなく、足を踏んでしまった。

それからずっと怒られたけど。

仕方ないじゃないか。


「ここがあなたの部屋。こっちが私の部屋よ。それと、お手洗いとお風呂は部屋についてるから、それを使って。大浴場もあるんだけど、今日は無理そうよね。」

「えぇ、はい。」

「あと、食堂は一階にあるんだけど。」

「はぁ。」

「食堂に行けば、ご飯は好きな時間に食べられるわ。」

ぐぅ~。


ご飯の話になって、お腹が鳴った。

昼ご飯は、熊の移動途中であったけど、とても食べる気分じゃなくて。

そういえば、丸一日、何も食べてない気が…。


「食堂に行かなきゃ、食事は出来ない決まりなのよね。」


嘘だろ!この世に神はいないのか!

今上がったばかりの階段を、下りて、また上がって来なければならないなんて!


「何で先に言ってくれなかったの!」

「だって、私、まだお腹空いてないから。」

「………。」


そうですか。

…どうしようか。

今気づき始めたお腹の空きに、気のせいだと言い含めて今日は休むか。

それとも、また長い時間をかけて、くだってのぼるか。


「食堂って、閉まる時間とか決まってる?」

「ううん。基本は24時間ずっと開いてるよ。夜勤とか、見回りとかで、不規則に動く人も多いから。」

「そう。」


なら、一先ず休んで、それから…。

……………。

…みなさん、お気づきだろうか。

今、この女が言った事を。


「24時間?」

「そうよ。」

「一日の単位って、24時間?」

「そうよ。」

「一時間は60分?一分は60秒?」

「そうよ。」

「時計ってある?」

「あるわよ。ほら。」


それはもう、見紛みまごう事なき、腕時計を見せてくれた。

デザインはいかついけど、騎士団だからだろう。


「おぉ!時間の言い方って、朝の7時、夜の7時とか言う?」

「ん?こちらでは、1~24で数えるわ。」


じゃあ、夜の7時は19時か。わかりやすい。

私の世界と変わらないみたいで、生活リズムは大丈夫そうだな。


「そっか。じゃあ、休むわ、私。」



部屋の前で別れて、中に入る。

中を見渡すと、ベッドと、書き物机、入口横に収納らしき棚があって、その奥に、扉が二つあるので、トイレと風呂場だろう。

風呂トイレ別なんて、私のアパートよりも良いじゃないか。

広さは、私の部屋よりも広く感じる。物が少ないせいかしら。

棚には、寝間着らしき簡易的な服と、タオルが入っている。

タオルと服を抱えて、奥の扉に向かう。

そういや、未だに裸足だ。誰も靴をくれなかったな。

ジャージは汚れているので、洗わないとだな。


手前側の扉を開けてみると、トイレだった。

水洗だったのにはほっとしたが、和式だった。

そうだよね、温水便座とか、期待しちゃいけませんよね。

奥側の扉を開けると、見慣れた浴槽が。

シャワーらしきものはなく、水道で湯舟に溜めてから入るタイプみたいだ。

すぐには、入れないな。

赤と青の蛇口を見る限り、お湯、水だろう。

薄暗いので、明かりのスイッチらしきものはないかと、壁を見るが、何もない。

はて、あの天井に見える円形のものは、電球ではないのだろうか。


コンコン。


扉を叩く音と共に、扉が開いた。

叩く意味を問いたい。


「着替えの服と靴、持ってきたよ。」

「あぁ、ありがとう。」


よぼよぼと近づくと、服は洋風で、私の世界と何ら変わらない。

ブラジャーがないみたいだけど、キャミソールが下着扱いみたいだ。


「へぇ。特に変わらないね、私の世界と。」

「そうでしょうね。こういう服は、異世界人がこっちに持ってきたって言われてるから。」

「そうなんだ。」


先駆者の異世界人よ。グッジョブ。


「あ、部屋の明かりの点け方知らないんだっけ?」

「明かりあるのね!」

「なきゃ不便でしょ。」


そりゃそうだ。

すると、ピピンがタタっと入ってきたと同時に、何もせずに明かりが点いた。


「え、どゆこと?」

「守護獣の力で色々と出来るようになってるの。守護獣に頼んで、明かりを点けたり、自動扉を開けたりとか、色々と力を応用してるのよ。」

「へぇ。便利だね。」

『それくらいしか、やることないしね!』


自分たちの事なのに、辛辣しんらつだな。


「あなたの守護獣は…。」


じっと私の肩のぴーちゃんを見つめるルーラ。

よぼよぼしなくはなったけど、赤ちゃんには変わりない。


「う~ん、取り敢えず、頼んでみて。」

「えっと、ぴーちゃん、明かりを消してくれるかな?」

「ぴー!」


………。

返事は良かったけど、消えないな。明かり。


「やっぱり、まだ言葉も喋れないから、無理か。」

「え、どうしよう、私。」

「取り敢えず、全部明かり点けとくから。後は自分でどうにかしてね。」

「ありがとう!」


良かった。暗闇の中、用を足すのは嫌だったからなぁ。


「ねぇ。守護獣って、いつ言葉を喋るようになるの?」

「そうねぇ。私たちは、生まれた時に同時に生を持って一緒に成長していくから、私が喋れた頃にはピピンも喋れたのよね。」

「そっか。」


じゃあ、ぴーちゃんは、会った時の状況を考えると、私がこっちに来た時に生を授かったと思うから、まだ一歳にすらなってないのか。

…え、私、便利になるのは、かなり先の話なんじゃ…。


「大丈夫よ。異世界人の守護獣は、守護主の年齢まで凄く速く成長するみたいだし、すぐに追いつくわ。」

「どのくらいで成長するの?」

「まぁ、個体差があるけど、早いとひと月程で。」

「…遅いと?」

「10年程。」


ぴーちゃん、ご飯沢山食べようね!

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