第3話「異世界とは」


取り敢えず、特訓の話は保留になった。

私が、世界の絶望を背負しょったような眼をしたからだろう。

のほほんとほほ笑んだ後、ギルベルトさんは、


「じゃあ、ひとまず王城に帰ろうか。」


と言って、私がぼんやりとしている間に指示を飛ばして、野営の片づけを始めた。

私は、また歩くのかと、ぐったりして近くの切り株に座っていた。

特にやれそうなことも無さそうなので。


「おや、アカネちゃん。靴はどうしたの?」


そろそろ出発しそうだなとぼんやりしていると、近くにギルベルトさんが来ていた。


「あ~。最初から、履いてなくて。」

「そうなの?痛くない?」


そう聞かれたら、じわじわと痛みを感じてきた。

結構な距離を歩いたし、戦闘にも巻き込まれたし。

無駄なアドレナリンで、痛みを感じなかったようだ。

今頃、じくじくしてきた。

おいおい、やめてくれよ。これから歩くのに。


「う~ん、怪我してるみたいだし。馬があれば良かったんだけど、ここには無いんだよねぇ。」


馬という存在はあるのか。

しかも、乗り物みたいなので、この世界と私の世界は違いがあるのだろうか。

地球上の、どっかのおかしな国に、拉致されただけなんじゃ…。


「ぴー。ぴー!」


私の頭上で、楽しそうに鳴くトカゲ。

現実逃避からきちんと戻してくれたわ。


「しょうがないから、ガルに運んでもらおうか。」


ギルベルトさんが、振り返った先には、ギルベルトさんよりも更に大きな。

金の熊。

体毛が金のせいで、不思議な感じがするけど、見た目は熊。

金の熊って、実際に見るとシュールだな。

仁王立ちしているので、尚更、シュール。


『お嬢さん、足が痛いんだね?私に任せなさい。』


歩くときは四足歩行なんだなぁと思いながら、金の熊が近づいてくる。

性格は、ダンディ。


「よろしくお願いします。」

「よし。じゃあそろそろ出発するから、乗せるね。落ちないようにするから。」


そう言って、熊の背中に、まるで荷物のようにうつ伏せで縛り付けられた。

待って。

座るという選択肢はないの?

山犬にまたがる山犬の姫みたいに、カッコよく座りたいんですけど。


「ガルは動きが激しいから、その方が安全だよ。」


そうですか。




「うぅ…。歩けば良かった…。」

『歩いてたら、置いて行かれたんじゃない?』


降ろされてぐったりと地面に横たわる私を、踏みつけるポメ犬。

慈悲という言葉はないのか。


熊は、びっくりするくらい、無駄な動きを加えて歩いた。

そのせいで、横に振り落されそうになり、紐が身体に食い込む。

どうにか支えようとして、使ったことない体中の筋肉を総動員した。

変な酔いも、紐の痛みのせいで、どうにか吐かずにはすんだけど。

筋肉が震えて、ぷるぷるしてる。

もう、二度と、乗りたくない。


「大丈夫か?これから国王陛下に謁見えっけんしてもらう。」


本当に、大丈夫だと思っているのか、魔王。


「死にかけの女を王様に会わせない方がいいんじゃないすか…。」

「そういうわけにはいかない。異世界人は、保護した国に様々な恩恵と知恵を与えると言う。国王陛下にお目通りするのは、至極当然のこと。」


もういい。

堅物と話してもキリがない。

ミスターダンディを探さねば。


ぐったりとしながら、視線を動かす。


『やだ!カイジンみたい!』


ポメ犬が視界をさえぎってきた。

邪魔だ、どいてくれ。


「何をしてるんだい?こんなところで休んだら、風邪をひいてしまうよ?」


おぉ!この声は!

みすたーだんでぃー!


「魔王が、こんなに疲れ切って、死にかけの女を、王様に会わせる気みたいです。」

「まおう?」


ミスターダンディーこと、ギルベルトさんが、ひょいっと私を起こしつつ、近くに持ってきた椅子に座らせてくれた。

こういう気づかいだぞ!魔王!


「まおうって、ダニエルの事かい?」

「あ、やべ。」


普通に言ってしまったらしい。


「まおうとは?」


また始まってるけど、シカトする。


「まだ、自己紹介してないの?」

「…今、します。」

「それじゃ、私は報告に行ってくるから、後はよろしく。」


待って!ダンディ!

無慈悲にも、スタスタとあっという間に遠くに行ってしまった、裏切者ダンディ。


「私の名は、ダニエル・ロイドン。王国騎士団の副団長をしている。」

「え?副団長?」

「そうだ。」


わぁ。こんな堅物がお偉いさんだとは。

しかも、見た目も団長よりも断然若いのに、ナンバーツーだなんて。


「そして、こいつは、私の守護獣、ラウルだ。」


いつの間にか、私の足元で身体を寄せていたワンちゃん。

ラウルね。ラウちゃんね。


「ラウちゃん。かわいいねぇ。」

「馬鹿にしたような呼び名で呼ばないで貰えるか。」

「ラウちゃんは嫌?」


無言で私の掌に、頭をこすり付けてくるラウちゃん。

勝った。


「ラウちゃんは嫌じゃないみたいですけど?」

「ラウル。お前はもう少し、威厳というものを持て。」


魔王改め、ダニエルの言葉を聞くつもりがないのか、頭をこすり付けて、撫でて!とねだっているようだ。

はんぱなくかわええ。


「君の名前は、アカネで良いか?」

「あ、はい。」

「君の守護獣の名前は?」


えっと。何も知らないや。私が決めても良いのかな?


「ぴー!ぴー!」

「そうか、ぴーか。」


アホか。

真面目な人って、ここまでくるとアホなんだなぁ。

まぁいっか。ぴーちゃんで。


「では、謁見の間に来てもらう。」


ろくに立ち上がれない女に、よく言い切ったな。




魔王ダニエルに支えられながら、生まれたての小鹿のような足取りで、どうにか豪華な扉の前まで来た。

ここまで来ただけで、褒めてほしい。

もう、自分の足だけでは、立ち上がれる気がしない。

扉の脇で待ち構えていた騎士二人が、おごそかに扉の取っ手に手をかけて、それはもう大きな声で叫んだ。


「王国騎士団、副団長、ダニエル・ロイドンと!異世界人が到着しました!」

「(入れ。)」


え、声ちっちゃ。

よく映画で重厚な扉の向こうからの声って、よく聞こえたりするけど。

実際って、こんなに微かな音を聞き逃さないようにしなきゃなのか、面倒だな。


「失礼致します。」


二人の騎士が重たそうな扉を開く。

私を支えていた手をさっと放し、スタスタと行ってしまう魔王ダニエル。

え、ちょ、ちょ待てよ!

私は、騎士二人の視線に耐えながら、必死に足を動かした。

よぼよぼと歩く異世界人の、なんと頼りないことか。

そう現実逃避しながら歩いたのがいけなかった。


本当に、ほんのちょっとの段差。

下手へたしたら数ミリの段差につまづいて。

地面とコンニチワ!


「ぎゃ!」


断末魔のような声を上げて、痛みを耐えようとしたら、ラウちゃんが床と私の間に入って、守ってくれた。

おぉ!私のナイト様!これ以上身体を傷めずにすみました!


「ラウちゃん!ごめんよ。ありがとうねぇ。」


まるで老婆のように、よたよたしながら、ラウちゃんの身体を確認する。

大きな怪我はないようだし、心配そうな目でこっちを見てくれた。

なんて良い子だ。

ぴーぴーと肩まで下りて、私の顔を覗き込むぴーちゃんも撫でておいた。

動物の方が優しいわぁ。


「………。」

「あらあらあら。」


全身ぴんくの、有名漫談家の奥さんを彷彿とさせる反応だな。

もう、私は目の前のラウちゃんしか見たくありません。


「…なぜ、何もないところで転ぶんだ?」


魔王よ。

その質問、世の中の老人たちにも聞いてくだされ。



戻ってきたダニエルに支えられながら、どうにか立ち上がると、目の前に豪華な服を着た美男美女が、これまた豪華な椅子に座って、こっちをぽかんと見ていた。

お偉い人たちのこんな顔、そうそうおがめないだろうなぁ。


「異世界の者よ。…怪我はないか?」

「転んだ怪我はないので、大丈夫です…。」

「それなら、良かったわ。」


本当にほっとしてくれているのか、女性は慈悲深い表情でこっちを見てくれた。

良い王妃様みたいで良かったわ。王様も心配してくれたみたいだし。


「名は、あかね・とりかいと聞いたが、あかねと呼んで構わないか?」

「あ、大丈夫です。」

「まずは、この世界には、まほうはないと言っておく。」


あぁ、通過儀礼なのね。


「はい、聞きました。」

「その上で、あかねの世界と、こちらの世界とは大きな違いはあるか?」

「いえ、特には…。あ、しゅごじゅうという存在は、私の世界には、無かったかと。」

「そうか。こちらの世界では、一人に一体、運命共同体の存在がある。それを守護獣と言い、全ての守護獣が、何かしらの動物の姿をしている。」


おぉ!やっと説明回!

色々わからないままここまで来たから、色々と聞いておきたい。


「それぞれに、守護主しゅごぬしの特徴を表すものが多く…もう、説明は終わっていたかな?」

「いいえ!誰も教えてくれないので!」


ダニエルが気まずそうな目をした。

お前も、何も説明しなかった一人だかんな。


「そうか。まぁ、守護獣と遠く離れる事は、命を削る事と等しいとだけ、覚えておいてくれればいい。守護獣によって個体差はあるが、確認されている中だと、最大で王国の範囲内、最小で一部屋程度。下手に離れた時には、守護獣も守護主も弱ってしまうので、気を付けるように。」


えぇ~まじか。

だから、ぴーちゃんあんなに必死だったのね。


「守護獣は滅多めったな事がなければ、守護主から離れたりはしないが、異世界人はそういう事を知らないせいか、軽はずみに離れて、一週間程寝込んだ者もいたらしい。」


やば。来て早々軽はずみに離れようとしてたわ。

思わず、ぴーちゃんを軽く撫でた。いい子だ。


「まぁ、異世界との違いは、その程度かな。」

「いやいやいや。私の世界にゾンビはいませんて。」


思わず突っ込んでしまった。

隣の魔王が冷たい目でこっちを見てる。

しょうがないじゃん!突っ込っこんでくれとばかりの状況だったんだから!


「ぞんび?」

「あ、えっと、魔物?怪物と言いますか…。」

「あぁ、怪人かいじんの事か?」

「そうです。カイジン!」


よっしゃ、通じた。


「ぞんび…まもの…。」


隣でぶつぶつとつぶやく奴は放っておく。


「そうか、いなかったのか。こちらには、怪人と呼ばれる、人のけがれから発生すると言われている存在がある。しかばねに宿り、人を襲う存在だ。」


まさしくゾンビやないかーい。


「それの巣が発見されたとのことで、今回騎士団を森に派遣させたのだ。そのタイミングで会えて良かった。」

「はぁ。」

「もし、すれ違っていたら、あかねは死んでいたやもしれん。」


ジーザス!


「運が良かったわねぇ。」


異世界人だから助かったわけではないのか。

なんてこった!

特殊スキルくらいくれよ、カミサマ!

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