第7話【私達の反撃/星影のワルツ】

              (一)

 頭の上には満天の星空が輝いていた。目の前にある文化祭のステージは煌びやかに輝いて、大音量の歌が流れてた。視界の先では燃え上がり火柱を上げるヘリコプター。そしていつも教室から見下ろしていた私達の町でも幾つかの火が上がってて、赤い回転灯の明かりがあちらこちらに見えた。ずっと先、一段と賑やかそうに見えるのは、きっとあの痛ジェット機達が墜落した田園地帯に違いない。

…そして、私はここで何をしているんだろう?

…何をしようと思ったんだろう?

…アイドルの…ライブ?

…あれ? 私、結局アイドルになったんだっけ??

一段と高いプールの上に立ち、七色に輝くスポットライトと秋風を受けながら考えた。でも、『えーっと』『えーっと…』という言葉が思い浮かぶばかりで、何がしたかったのかすぐには思い出せないでいた。

「キッザニ○! ドローンの映像を小桜一号に同期させろ! 給油所の座標を表示するんだ!」

不意に隣からハイディさんの叫ぶ声が聞こえた。

『幸です!!』

耳の後ろの辺りから、そう叫ぶ幸っちゃんの声が聞こえた。

そして、

『ちょ、ちょっと待てハイディ! 君まで勝手に名前を!?』

「いいじゃないか、あたしゃ気に入ったよ、この名前!」

という声が聞こえた後に、

「ボヤっとすんな看板娘! 武装を左側主砲に換装後、2Dモードのアイコンをクリック! 幸が指定した座標を見るんだ!!」

という私の名を呼ぶ声がしてようやく思い出したんだ。


――私が今、戦車の砲手席に座っている事を。


 ハイディさんに言われた通り大慌てで視界の左端に並んだアイコンを見た。一番最初に目に飛び込んで来たのは一番下にある妙に目立つ真っ赤なボタン。でも、そこには何も文字が書いて無かったから、大急ぎで違うボタンを探した。そして、一番上にある左側の大砲のアイコンを見つけると、ジっと睨んで二回瞬きをした。すると、ガチンという何かがかみ合う小さな音と振動がした。

…えーっと、次は

―そう、2Dモード!

そして、何段か下に『2D』と書かれたアイコンを見つけてクリックすると、目の前の視界にまるでカーナビの画面のような小窓が現れた。

「正面、ちょっとばかり左側、赤く目標ポイントが出てるのが見えるか!?」

そう言われると、何だか目標地点らしき旗が立っているのが目に見えた。

「見つけました、ガソリンスタンド!!」

「よし! 狙いを睨みつけてロックオンだ!!」

『ちょ、ちょちょちょっとハイディ、何をやる気なんだ!?』

「決まってるだろ、レールガンで撃ちぬくのさ! ここで使わなけりゃ宝の持ち腐れだ!」

『ま、待て! 左側はマズい!』

「現場の指揮権はあたしにあるんだろ!」

「ハイディさん! 赤い標的みたいなのが光りました!!」

「よし、撃てぇぇぇぇえええええええッ!!」

思わずその大声にビックリして握っていたハンドルのボタンを押すと、次の瞬間、物凄い音と同時に体と意識が前後にズレたから、私は思わず力いっぱい目を閉じてしまたった。そして、一拍、二拍と過ぎた後、恐る恐る目を開けてみると、そこには静まり返った夜の風景が広がっていた。まるで時間が止まったみたいだった。色んな物が固まっていた。相変わらず賑やかに輝く星空が見えた。よくよく見ると、学校とマチュピチュを仕切るフェンスにはぶら下がったままこっちを見ているテロリスト達が見えた。たぶん、教室から滑走路に戻ろうとしてた人達だろう。なんだか凄く驚いた顔をして、空いた口が塞がってないのまでしっかり見えた。そして、次の瞬間、私は何か違和感を覚えたんだ。そう、さっきまで見えて無かった物が目の前にぶら下がっていたんだ。そう、それは、何というか、真っ赤な飴細工的な…、溶け始めた真夏のアイスキャンディのような、そんな得体の知れない物体だった。そして、気が付くと視界の先、フェンスに大きな穴が空いていて、その縁もオレンジ色に光ってた。

「…あれ? …あれれ??」

一瞬何が起こったか分からなくて、小首を傾げたその時だった。いきなり前方でとんでもなく大きな爆発が起きたんだ! それに気づいた次の瞬間、ドンという衝撃で体が揺れた。そう、私の視界の先に突如炎上するガソリンスタンドが現れたんだ。

「アホ太久郎! なんだこれ! 一発で砲身が溶けてんじゃねぇか!!」

『いや、左側はレールガンじゃない! そいつはまだ実験中の荷電粒子砲だ!!』

突然、そんな怒鳴り合いが聞こえて来て色々合点が行った。そう、私が撃った大砲は、ちゃんと的に当たってたんだ。そして、さっきから目の前に垂れさがっているオレンジ色に輝く飴細工のような物体の正体も。

震えていた。

ちゃんと成功したって喜ぶ事も出来ずに、全身が細かく震えていた。

だって、私はただ、親指でボタンを押しただけなんだ…だけなのに、こんなに大きな破壊が起きてしまったのだから。それは誰のせいでもない、私がやった事なのだと、事の大きさに身震いした。だけど、いつまでも震えてる事なんて出来なかった、だってすぐさまヘルメットの中から聞こえてきた幸っちゃんの声で、一瞬にしてさらなる緊張が走ったんだから。

『テロリストが小桜一号に向かって移動を開始しました! 敵の位置情報は、索敵後にマッピングします! 小桜一号すぐにその場を移動してください!』

そして次の瞬間、幾つもの甲高い音と小さな火花が私の体の上で跳ねたから、私は思わず短い悲鳴をいくつも上げてしまったんだ。

「心配するな看板娘! 当たったのは機体だ! あれは威嚇! AKの弾じゃびくともしないから安心しろ!」 

その声に恐る恐る前を見ると、さっきの爆風でフェンスから振り落とされたであろうテロリスト達が痛そうに立ち上がりながら、こちらに向かって銃を構える姿が見えた。そして、それだけじゃ無かった。まるで蜂の巣をつついたように、何人ものテロリストや、銃を持った整備服の人達が研究所やマチュピチュの格納庫の方からこちらに向かって駆けてくる姿や、そして今しがた空いたばかりのフェンスの大穴めがけてよじ登る姿がいくつも見えたんだ。目の前に映し出された風景にも、視界の端にあるカーナビの画面にも、次から次へと幸っちゃんが索敵してくれただろうオレンジ色の点や人の姿が浮かびあがって、その数の多さに私は卒倒しそうになった。

…世の中、体験してみないと想像しただけでは分からない事がある。

私はこの時、それを痛感した。そう、この時私は初めて実感したんだ。

自分が今、戦場の真ん中に立っているという事を。

そしてそれが、どんな気分なのかを。

だけど、始まったばかりの賑やかな夜は、私に後悔する時間なんか与えてくれなかったんだ。



移動砲台KOZAKURA

第七話【私達の反撃/星影のワルツ】



「…よくやったな、看板娘。あんたの仕事はこれで終わりだ、大成功さ。こんだけ派手に爆破させれば、確実に松本か長野あたりの駐屯所から救援が来る。あとはそれまでの間、シートにしがみついててくれればそれでいい」

そんな優しい声が聞こえた。そして次の瞬間、その声のトーンが反転した。

「小桜一号、これより移動を開始するッ!!! 全力でテロリストを引きつけるぞ!」

そして、真剣な顔になったハイディさんがアクセルを踏もうとしたその瞬間、私は思わず叫んでしまった。

「い、移動するってどこへですかッ!?」

「そりゃあ、下のグラウンドに決まってるだろ…って、あれ? これどうやってここから降りるんだ、太久郎!?」

咄嗟に頭に浮かんだ嫌な予感は的中していた。だって、学校のプールならよく知ってる。グラウンドより何メートルも高くなってるんだ。いくらこの戦車が大きくて頑丈だって、本当にこれ、降りれるの?

『すまんハイディ! プールを割って登場するトコから先を考えて無かった!』

「バカヲタクッ!!!」

次の瞬間、そう叫んで慌てて四方を見渡していたハイディさんの瞳が何かを見つけて閃いた。

「いいモンが、あんじゃねぇか!!」

彼女は突然大きな声でそう言うと、今度は物凄い勢いで体が前にズレたんだ。

「落ちる! 落ちる!! 落ちちゃうから、ハイディさん!」

いきなり、猛スピードでバックが始まったかと思うと、私はハンドルにしがみ付き、思いっきり目を閉じてそう叫ぶ事しか出来なかった。そして機体がガクンと揺れて斜めになる感覚を覚えると、私はお尻からグラウンドに落ちる事を覚悟した。

グシャリ

何か空き缶を踏みつぶしたような音と感触が全身に走った。そしてそれが、私の想像していた衝撃とは全然違う事に気づいて恐る恐る目を開けると、不思議な事に、私達はなんてことはなく、いつの間にかグラウンドの上に立ってたんだ。

『うぎゃぁぁぁああああああ! ピンポン玉がぁぁあああああああああ!』

突然、そんな声がヘルメットの中で響いた。そして、改めて正面を見ると、私はその言葉の意味を理解した。

そう、目の前にはペチャンコに潰れた陸上部のプレハブ小屋が見えたんだ。

『あのピンポン玉達、月曜日に返品する予定だったんですよ! まだ、お金払ってないんですよ!!』

「…ん? あの中、ピンポン玉が入ってたのか?」

「…はい、ぎっしりと」

「おそるべしピンポン玉、驚愕の衝撃吸収力だな。いいラダー代わりになった」

ハイディさんはおちゃめな顔でそう言うと、ペロリと上唇を舐めた。



            (二)

 駆け抜けた。ハイディさんが運転する戦車は、物凄い勢いで土煙を上げて真夜中のグラウンドを縦横無尽に、滑るように走り回った。私はまるで乱暴なジェットコースターに乗っているような心境で、ただただ目の前のハンドルにしがみついていた。そして、なんとなくだけど、ウチの学校にある七不思議の、真夜中のプールやグラウンドに飛ぶ人魂の正体が何なのか見当がついてしまったような気がしたんだ。そう、七不思議の大半が、この三課の面々の仕業なんじゃない…

 戦車の車体には、相変わらずいくつもの火花が散っていた。その度に、私は命が縮む思いをしたけれど、ハイディさんはどこ吹く風で操縦桿を操っていた。そして、驚いた事に、その顔が少しニヤけて見えたんだ。そして、それは目の錯覚なんかじゃ無かった。だって、いつの間にか

「鬼さんこっちら、手の鳴るほうへッ♪ と、キたもんだ!」

って、鼻歌まで聞こえ始めたのだから。でも、確かに言われてみるとそうかも知れない。少しだけ運転に慣れて、幸っちゃんが送ってくれているドローンからの映像を見ると、それはまるで鬼ごっこをしているかのようにも見えたのだから。戦車を追いかけまわして、バテて足元がおぼつかなくなってるテロリストの姿が見えた。走り疲れて、膝に手を付いて背中で息をしている整備兵さんが見えた。そして中には僅かな隙を見つけて車体によじ登り、手榴弾みたいなのを振り翳してる強者もいたけれど、

「残念! あんた頑張ったけど、こいつの搭乗口はそこにはねぇんだ!」

と言ってハイディさんが戦車のお尻をゆするようにすると、呆気なく振り落とされてしまったんだ。確かにそのさまは、はたから見たら滑稽なオッカケッコのように見えるのかも知れない。と、私は思ってしまった。

「ハ、ハイディさん!? 敵の銃では傷が付かないのは分かりましたけど、これ、いつまで続くんですか!?」

私が思わずそう尋ねると、彼女はちょっとだけ上を向いて何かを考えたような素振りをしたその後に、

「そうだな、あと十五分か、長くても三〇分ってトコじゃないか? そんぐらいで松本か長野の駐屯所から救援が来るだろ?」

私はその言葉を聞いて、思わず胃の中の鯖味噌定食を吐き出す自分の未来が見えた。確かに、この鬼ごっこを続けている限り、命の危険性はそれほど高くは無いような気はしたけれど、これから30分近くもこの運転に付き合わされるかと思うと、違った意味で生きた心地がしなかったんだ。だけど、その時ヘルメットの中から聞こえた幸っちゃんの声で、それはそんなに楽観的な状況ではないという事が判明してしまったんだ。

『そ、それが…』

最初は、そんな何ともハギレの悪い言葉だった。

「…ど、どうしたの幸っちゃん?」

『…私も今…気付いたんだけど…』

「なんだよ、シャキっと言えよ○ッザニア!」

『小桜1号、バッテリー残量が残り5%を切っています! 活動限界まで10分を切りました!』

一瞬、言葉の意味が分からなかった。そして慌てて運転席を見ると、私は事の重大さに気が付いた。だって…

…物凄い形相で、ハイディさんの顔が凍りついていたのだから。

「いったいどういう事だ太久郎ぉぉぉぉおおおおお!!!!!」

『君が僕の制止も聞かないで無接続送電も無い状況で荷電粒子砲を撃ったからだ!

たった一発で、電力の大半を持って行かれたんだ!!』

…10分しか…動け…ない…?

瞬時にその言葉が頭の中を埋め尽くしていた。

救援が来るまで早くても15分、長ければ30分。それは誰にでも分かる引き算だった。

「そうだ! これ、確かハイブリッドなんですよね!? 例のジェット何とかエンジンで動かないんですか!?」

私は咄嗟に光明がある事を思い出してそう叫んだけれど、画面の向こうのタクロウさんの顔は、暗く沈んだままだった。

『…ごめん、小町ちゃん。KZ‐01にはジェットタービンエンジンは搭載されていないんだ…。載せるとどうしても荷電粒子砲やレールガンを撃つだけの電力が確保出来なかったんだ。そいつは完全な電力駆動だ…』

それは、まるで死刑宣告にも似た響きだった。そして一瞬目の前が暗くなり、思わず項垂れそうになった時だった。突然右耳から、何か鋭い風切り音みたいなのが聞こえたような気がして咄嗟に体を起こすと、私の鼻先を一本の煙の帯が伸びて行った。そして次の瞬間、新校舎一階の職員室の前にある花壇が弾け飛んだ。恐る恐る、伸びた細い煙を辿って右側を見ると、遠くに細い筒のような物を肩に乗せているテロリストの姿が見えたんだ。

「…バ、バズーカー…砲?」

不意に私の口からそんな聞きなれない言葉が零れたかと思うと、私達を乗せた戦車は物凄い勢いでバックし始めた。

「あれはただのバズーカーじゃねぇ! RPGだ!!!!」

「RPG…? ロールプレイング…?」

「今はそんな冗談いらねえから!!!!」

ハイディさんはそう言うと、物凄い勢いで左右の操縦桿を前後に引いた。その瞬間視界と意識がズルリとずれた。そしてまた、鬼のような加速を始めたんだ。

「じゃ、じゃあ、何なんですか、あれッ!?」

「対戦車用のロケット砲だよ! 装甲を貫通してから中で弾ける!!!」

その言葉に、ゴクリという大きな音が聞こえた。気が付くとそれは、私の喉が鳴る音だった。

「太久郎! この戦車の装甲は!?」

『計算上はRPGにも耐える… ただ…』

「ただ、何だよ!?」

『あくまで『計算上』だ! 試した事がない!!!』

「…そ、それって?」

私が思わずそう言うと、運転席のハイディさんは青ざめた顔のまま苦笑いをして

「当たり所が悪ければ、装甲ぶち抜かれて中でドカンかも知れない…」

とだけ呟いた。瞬間、脳裏に運転席内で四散する私とハイディさんの姿が浮かんだ。そしてまた、大きく喉が鳴ったんだ。そしてそれは10分後、この戦車が電力を使いきった時に、確実に私達に訪れる未来なのだと私は理解した。

『何か、何か方法は無いんですか!!!』

ヘルメットから、幸っちゃんの叫び声が聞こえた。聞こえたけれど、私にはもう、どうにかなる未来なんて想像も出来なくて、ただただ

…ありがとう、幸っちゃん。最後まで私の事を心配してくれて。

と、お礼の言葉を思い浮かべるしか出来なかったんだ。でも、その時だったんだ、タクロウさんの声が聞こえたんだ。

『…ある。二つだけ方法はある。いいや、三つかな』

それは、そんな声だった。私は咄嗟にその言葉にしがみついた。正に、藁をも掴む心境だった。

「なんですか!? その方法って!?」

『一つ目は…そうだな、残された10分間を使って、全力で学校からトンズラこくんだよ。まあ、その場合、かなりの高確率で、君のクラスメイトは人質になってしまう本末転倒な案なんだけどね…』

「却下です! それの案は使えません!!!」

『二つ目は、無接続送電の電源を入れる案だ。停電下の今、自家発電での電力維持を優先していて無接続送電は切られている状態だ。復旧すれば、KZ‐01は無限に動ける。ただし、こいつばかりはアナログでね、ここからや、3課のラボからのパソコン操作ではどうにもならない…』

『どうしたらいいんですか、小金沢さん!?』

『…直接マチュピチュの一課に向い、壁にある送電板のブレーカーを上げなくちゃならない。あちら側が占拠されているだろう現状、あまり現実的な案とは呼べないな…』

「…じゃあ、三つ目は!?」

『三つ目の案は…』

「言うなぁぁぁあああああああああああ!!!!」

突然の叫び声でその言葉の続きはかき消された。驚いて運転席を見ると、ハイディさんが、物凄い形相で震えていた。そして、一拍置いて、タクロウさんはまた話出したんだ。

『…三つ目の案は、機銃を使って時間内に敵を殲滅、無力化する事だ。幸い、KZ‐01の機銃は、練習用のゴム弾になっている。それなら小町ちゃんにも撃てると思う…』

そう言うと、画面の中のタクロウさんは、辛そうな顔で視線を反らした。

「お前は、看板娘に人間に向かって引き金を引かせる気かぁぁぁあああ!!! そんなんだったらあたしがやる!! 残り10分で全員踏みつぶしてやる!!!」

次の瞬間、そう叫んだハイディさんは激しく嗚咽した。そして慌ててヘルメットの中の口を手で塞ぐと、ゴクリと喉を鳴らして何かを飲み込んだ。そしてまた激しく嘔吐を繰り返した。

『ハイディ…それは君には出来ない事だ』

『どういう事なんです!?』

『PTSD、心的外傷後ストレス障害さ。幼少期の経験からハイディに人は殺せない。だから、日本軍所属でも開発部門のテストパイロットになったんだ…』

「バカ野郎! やりたい、やりたくない、出来る、出来ないの話をしてんじゃねぇんだ!!! やんなきゃいけねぇんだから、嫌でもやるしかねぇんだよッ!!!」

ハイディさんはそう言うと、また激しく嗚咽した。操縦桿を握る手が震えていた、あまりに震えてもう握る事もままならなくなっていた。

「こんな少女に、実弾じゃねぇから安心して人間を撃ちまくれ。って、お前は軽々しく言うのか! そんな風に、この娘に人間撃たせてもいいのかよ!! こいつはBB弾じゃねえんだぞ! 至近距離からだと当たり所が悪けりゃ即死する代物だ! 太久郎! お前は人間撃った事がねぇからそんな事が言えるんだ。15年だ! 15年間、毎晩ゾンビが夢に出てくる気分がお前に分かるか! 人の命を、あったはずのその先の未来を奪った後悔と業をこんな子供に背負わせる気か、バカ野郎!!!!」

『…ハイディ、君は軍人としては優しすぎるんだ…』

そしてハイディさんがまた嗚咽した次の瞬間、物凄い衝撃と同時に体が突然横を向いた。

「…イテテテ」

思わずそんな言葉が零れて体を起こすと、目の前の景色がえらくサッパリしている事に気が付いた。そしてその理由はすぐに分かったんだ。だって、数秒もしないうちに何かが空から降って来て、目の前のグラウンドに突き立ったんだから。それは、見覚えのある物だった。まるで飴細工か、夏場のアイスキャンディのようにとろけて固まった長い物体。そう、つい今の今まで私の目の前にぶら下がっていた左側の大砲だったんだ。

『小桜1号、被弾しました! RPGです! …左側主砲大破! 大丈夫、小桜!?』

「…う、うん大丈夫。目の前が随分スッキリした。まるで前髪切った時みたい!」

私は咄嗟にこれ以上幸っちゃんを心配させないように引きつりながらも目いっぱい軽口を叩くと、大きく息を吸い込んだ。そして、覚悟を決めたんだ。

「…タクロウさん! その機銃っていうのの撃ち方を教えて下さい!!」

「ちょ、ちょっと待て看板娘!」

私は運転席を見るとほほ笑んだ。不思議なモノだ、つくづくそう思う。今までこののんびりと平和な日本で生きてきて、ずっと分からなかった事が、自分という人間が、たった一晩、それもこの数時間でどんな風なのか気づかされてしまったのだから。そう、どうやら私という人間は一度覚悟を決めると、腹が座ってしまうと、その決意はちょっとやそっとじゃ揺るがない頑固者らしい。うん、たぶんこれはお婆ちゃん譲りの性分だ。なんだかそう思うと少し笑えた。

「私も絶対にハイディさんを死なせません! これで対等の約束ですからね!」

そして私は目いっぱい笑ってやった。

「幸っちゃん! 私が人殺しにならないように、全力でサポートをよろしく!!」

『分かった! 本家相棒の実力をイヤって言う程赤毛のお姉さんに見せてあげるから!』

「ありがとう! さすがキッザニアNO.1!」

『あんたまでキッザニア言うな!!』

そして、私達は笑った。

そうだ、行こう! ここからが私達の反撃だ!

そして私は操縦桿を力いっぱい握りしめた。



            (三)

 ハイディさんが操る黒い戦車は、再びグラウンドを縦横無尽に右に左に駆け抜けた。私は、タクロウさんに教わった通り、視界の上のアイコンの中から小さい弾が描かれてるのを選ぶと、操縦桿にある赤いボタンの上に親指を乗せた。そして、通り過ぎる景色の中にオレンジ色に光っているテロリストを見つけると、これでもか! って言う程睨みつけた。その瞬間、睨んだ先がクローズアップされて、赤い照準が現れた。

「痛そうじゃないトコ」

「当たっても死ななさそうなトコ」

そう呟いて、選んだのは太ももだった。

…でも、ダメだった。

どんなに必死に凝視しても、照準は細かくブレて、完全に狙った場所に当たりそうな気がしなかったんだ。

「幸っちゃん、ダメ! 照準もっと繊細にならないの!?」

結局機銃は撃てないまま、一旦テロリストを通り過ぎる。そして、今度は違うテロリストが視界に入った。

『ちょ、ちょっとまって! えーっと、えーっと』

『…たぶん、ここの設定だと思う』

そう言って、次の瞬間幸っちゃんの後ろに現れたのは橘君だった。そして、前のめりに顔を突き出すと、パソコンのキーボードのある辺りをたたき始めた。

『VRメットの感度の設定値を上げた。たぶん、これで大丈夫だと思うよ、佐倉さん!』

不意に、名前を呼ばれて頬が熱くなったけど、私はその言葉を信じて頷いた。そしてもう一度、今度は目の前にいるテロリストの太ももを睨みつけた。次の瞬間、さっきよりもさらに画像が拡大されて、ピンポイント、赤い照準は太ももの上でピッタリ固定された。刹那、覚悟を決めてボタンを押すと、私の耳のすぐ横から物凄い早さで何かが発射された。

ドスン

という重い音がしたような気がした。そして、次の瞬間、目の前のテロリストは股間を抑えて倒れると、そのまま悶絶を始めた。

「ごめん、橘君! 今度は照準がちょっとズレてる! たぶん右下にあと二〇センチくらい! って、いうか、大丈夫だよね、あそこ、当たっても死なないよね!?」

私が咄嗟にそう言うと、画面の向こうの橘君は、なぜだが物凄い痛みに耐えているような苦い顔をしながら

『う、うん…死ぬほど痛いと思うけど、死なないとは思う』

って答えてくれたから、私は思わず胸をなで下ろした。そしてよくよく見たら、別画面のタクロウさんも、幸っちゃんの後ろに見えるクラスの男の子達も、なぜだか同じように苦しそうな顔をしてた。…男子、マジわからん。

『小桜! 左後ろに銃構えてるのが居る、気をつけて!』

突然そんな声がして、反射的に後ろを見ようとしたけれど、そこまで後ろはさすがに振り向けなくて私は思わず声を上げた。

「タクロウさん! これ、後ろの方は撃てないの!!?」

『いや、撃てる! 君の着ているベストとKZ‐01の砲台は連動してる! 君が腰を捻るか、シートのロックを外して回転させれば、機銃もそのまま同じ方向を向く!!』

『小桜! たぶんココ!!』

そんな声が聞こえたかと思うと、視界の左っ側に大きな赤い下向きの矢印が出た。慌ててその方向をみると、座席の横でリクライニングレバーみたいなのが光ってた。咄嗟に左手で引いて、足で床を蹴ると、ぐるりと座席が後ろを向く。

「なにこれ!? 新幹線のシートみたい!?」

そして、視界の端に銃を構えた整備兵さんが見えた瞬間、今度はしっかり左肩を睨みつけた。操縦桿のボタンを押すと、見事にゴム弾が左肩に炸裂して、回転しながら倒れる姿が見えた。

「橘君、凄い! ちゃんと狙ったトコに当たったよ!!」

と、喜んだのも束の間、次は右の視界の端に違和感を感じて座席を回すと、案の定銃を構えようとしている姿が見えた。今度はすれ違いざまにお腹に当てて駆け抜けた。

「ちょ、ちょっと看板娘、あんたどんな動体視力してんだ!?」

「わ、分かんないですって、そんなの! でも…」

「…でも!?」

咄嗟にそう口から出た後に、自分でもおかしな感覚だと思って考えを巡らすと、その答えはすぐに出た。

「でも、この感じはよく知ってる感じです! 忙しくて、バタバタ走りまわってるのに、ついつい横目で見えるんです。あ、あそこの席、お食事始ったばかりなのに、もうお水が少ないぞ、もうすぐ声かけられる。とか、あ、食べ終わって『ごちそうさま』してる、次はレジに急がなくちゃ。みたいな、そんな感じです!」

「…まったく、とんだ看板娘だよ、あんたは!」

そう言うと、ハイディさんはクスリと口角を緩めてさらにアクセルを踏み込んだ。グラウンドにはすでに3人が悶えながら転がっていて、ハイディさんはまるで踊るようにそれをよけながら機体を右へ左へ滑らせて走った。私も踊った。視界のどこかに違和感を感じる度に足元を蹴って座席を回し、すれ違いざまに痛くなさそうな場所を探して引き金を引いた。

相変わらず、戦車の装甲の上では景気良く幾つもの火花が散っていたけれど、そんなのお構いなしで踊りまくった。そう、こうして星空の下、私達の命がけのダンス大会が繰り広げられたんだ。

『コザクラ! 右の方! ロケット砲構えてる人がいる!』

幸っちゃんの声に合わせて座席を回す。でも、次の瞬間私は焦った。だって、どこにもそんな人影なんて見えないのだから。

「幸っちゃん、その人見えない!!」

『ごめんコザクラ、視界をジャックするよ!!』

「…え!?」

その声が響いた瞬間、私は思わず目を疑った。だって、今の今までグラウンドの上を走り回っていたはずなのに、今度は鳥のように空を飛んでいるのだから。

『そこ! 校長先生の銅像の影!』

いったい何が起こっているのか分からなかったけれど、幸っちゃんの言葉通り、それはしっかり視界の中に入っていた。グラウンドの隅、桜並木の下にある初代校長先生だかの銅像の影に体を隠しながらRPGを構えているテロリストの姿がはっきりと見えた。

『そのまま引き金を引いて!!』

「分かった!」

斜め上から丸見えの体めがけて視線を飛ばすと、私はそのまま親指に力を入れた。すると、明後日の方向から飛んで来たゴム弾でテロリストの体が吹っ飛ばされた。

「何これ、幸っちゃん!?」

『ドローン8番の視点! 今、私が動かしてる!』

「幸っちゃん!」

『私もあなたを死なせないって約束した!!!』


               (四)

 最後に息を吸ったのはいつの事だろう。随分と時間が経ったような気がする。グッと息を止めたまま、私達はグラウンドを滑りながら走り回り、少しでも視界に違和感を感じると、座席を回して引き金を引いた。

 ある時、新校舎に向かって突進したハイディさんが、そのまま全身を滑らせるようにして方向転換をすると、そのまま職員室を背にして私達は止まった。目の前に広がるグラウンドにはすでに沢山の人達が転がっていて、痛みに耐えている姿が見えた。

「幸! 小桜1号の活動限界は!?」

『残り6分を切りました!』

「…何とか一面クリアってトコかよ」

そう言うと、ハイディさんは大きく安堵の息を漏らした。そして私もそれを見て、改めてグラウンド上にはもう立っている影が一つもない事や、さっきまで機体の上に飛び散っていた弾丸の火花や甲高い音が聞こえなくなっている事に気が付いてどっと大きな息を漏らした。

そして、それと同時にハイディさんの言葉に違和感を持ったんだ。

「…一面?」

そう呟いた次の瞬間、物凄い爆発音とともに、体が大きく跳ねて地面に落ちた。それは、あからさまにさっきまでのRPGの爆発では無いのは私もすぐに気が付いて慌てて顔を上げたけど、視界は一面の土煙で何も見えなかった。

「…ま、普通そういう展開になるわな」

まるで、呆れたようにハイディさんが呟いた。そして、土埃が夜風に吹かれて行くと、それは次第に姿を現したんだ。

…そう、それはマチュピチュの滑走路からこちらを狙っている4台の戦車の影だった。

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