第6話【動き出す鉄の城】

                (一)

 月が燃えていた。生まれたての女神様は、ロボットの胸の上で大きく伸びをして、少し肌寒い秋の空気を体いっぱいに吸い込むと茫然と天を仰いでいた。私は、そのまま畳まれた羽をめいっぱい広げ、夜空に飛んで行ってしまうのではないか。と、思わず束の間の幻想を見てしまったけれど、次の瞬間、隣から聞こえた

「ナイスタイミングだ、会いたかったぞハイディ!!」

という声に、不意に現実に引き戻されたんだ。

「ハ、ハイディさん!?」

一瞬、ビールが大好きで、まるで男の人みたいに振る舞ういつもの姿と、思わず目が奪われてしまうくらいに、息をするのも忘れてしまうくらいに美しいこの女神様が同一人物だと思えなくて戸惑ったけれど、よくよく考えたら確かに長い赤毛は靡いているし、大きなロボットを操縦していたワケだから、誰が考えてもそれはハイディさん以外の何者でもなかった。そして、震えていた私の心が、まるで明かりが灯ったように暖かく、そして心強くなったんだ。

『ハイディさんに会えた』

『ハイディさんが来てくれた』

たったそれだけの事が真っ暗な心を力強く照らしてくれたんだ。

ロボットの胸の上でまるで月光浴をするように大きく伸びをしていた彼女は、タクロウさんの声に気が付くと、不意にこちらを向いて事もあろうか手に持っていたもぎ取ったばかりの大きな頭を投げつけてきた。

「バカヤロー! あんたはあたしを殺す気か! 軽量化にも限度があるだろうがッ!」

突然そう叫ぶと、彼女は物凄い剣幕でロボットから飛び降りて、そのままの勢いで走って来ると、さっき投げつけた頭が直撃して鼻血を出しているタクロウさんの胸ぐらをつかんで持ち上げた。

…うん、これは確かに私が良く知っているハイディさんだ。

「…い、いくらなんでもVRメットを投げるのは良くないぞ、壊れたらどうするんだ…」

首から吊りあげられたタクロウさんは、苦しそうにそう訴えた。それは確かに、いつもの二人のやり取りだったけれど、そこから後が違ったんだ。だって、冗談には冗談で返すはずのハイディさんの目が、とても鋭かったのだから。

「そんな事はどうでもいい! テロリストだ! とっくに分屯所は占拠されちまった! 学校にも数人向かってる! このままじゃ子供が、子供達が犠牲になっちまう! 太久郎、とっとと鍵を出せ! 持ってるんだろ、やっと鍵が出来たって自慢げにメールして来たじゃねぇか!?」

『テロリストが学校に向かっている』

突如伝えられたその言葉に、改めて背筋が凍った。そして、おそらくその思いはタクロウさんも同じだったんだと思う。だって、その言葉で顔色が変わってしまったのだから。

「…ハ、ハイディ、マチュピチュでいったい何が起きているっていうんだ!?」

「…反乱だよ。移民系の整備班と技術者が反乱を起こした」

そして、驚きが隠せないままの私達に向かって、彼女は早口で見たままを語り始めた。

それは、ハイディさんが夜勤番で格納庫の隅で寝ていた時に、あの地震が起きた事。すぐに日本軍のマチュピチュ分屯所の面々が救援に向かった事。その後しばらくして、何故か整備班の数人が、格納庫内にあった試作型の機動戦闘車のエンジンをかけようとし始めた事だった。

「だからさ、あたしゃ不審に思ったからヤツらに声を掛けたんだ。そしたらいきなり発砲してきやがったんだぞ。分かるか? 整備兵が武装してたんだ! おそらく、あたしが格納庫に居た事に気が付いてなかったんだ。だから、なんとかあのパワードスーツで逃げ出したんだ。…そして、上空から見たんだよ」

「何を!?」

「占拠された分屯所さ! 窓から血だらけになって転がってる所長が見えた。そもそも他の連中は震災の方に出払ってるはずだから、通信兵か管制官が裏切ったんだ!」

「…そして、そいつらがヘイローとタルヘを招き入れた…と」

「そうだよ! ヘイローの方には一個分隊、少なくとも10人は乗っていた! そのうち数人が明かりの点いている教室めがけて発砲して、学校を目指しやがったんだ! ヤツら、ぜってーに生徒を人質にする気だぜ! どうだ、分かったか太久郎! 分かったならとっとと鍵を出せ! マチュピチュの格納庫にあるのはダメだ、占拠されてて使えねぇ。今動かせるのは、お前の第二格納庫ん中にあるアレだけなんだ! この日本の学生がテロに巻き込まれるなんて事あっちゃダメなんだ! 平和な国で育った子供が戦争の犠牲になっちゃダメなんだ! ほら、早く鍵を出しやがれ!」

真っすぐタクロウさんを睨みつけているハイディさんの目には、いくつもの涙の粒が浮かんでいた。私は…そんな姿を声も出せないままただ見つめる事しか出来なかった。『ハイディさんが来てくれたら何とかなる』『ハイディさんが居てくれたら皆を助ける事が出来る』そんな根拠のない淡い期待を持っていたけれど、実際彼女がもたらした情報は、起きている事件をさらに鮮明に浮き彫りにさせた。大きかった、目の前で起きている問題は、高校生の私ではどうにもならないくらいに大きな問題だったんだ。あまりに自分が無力で、あまりにちっぽけで、何も出来ないくせに、橘君に会いたいという我儘だけでここまで来てしまった。そんな自分がなんとも子供で、そして愚かだったのだと思い知った。

「ちょ、ちょ、ちょっとまってくれ…あれ、あれ、あれれ!?」

首根っこを掴まれてつま先が地面に着いていないタクロウさんは、ジタバタと暴れながら白衣やらズボンやら、色んなポケットに手を突っ込んで慌てていた。

「ようやく完成したって言ってただろ! ほら、早く出せよペンダント!」

その瞬間、私の心臓が大きくドクリと大きな音を立てた。

…ペン…ダン…ト?

そう、その響きは私がよく見知っている物の名前だったんだ。

「昼間のメールに添付してた画像のヤツだ! あの緑色のペンダントを早く出しやがれ!」

その瞬間、私は理解した。どうしてタクロウさんがあんなにも嬉しそうにペンダントを眺めていたのか、そして『確かにハイディに渡すと言えば渡す事になると思うけど』という言葉の意味も。そう、あれは何かの鍵だったんだ…

「…ひ、ひょっとして、こ、これの…事…ですか…?」

恐る恐るポケットの中からあのペンダントを取りだして差し出すと、ハイディさんは物凄い勢いで私の手の平の上からそれを奪い取った。

「ああ、そうだよ、これこれ! 送って来たメールに添付されてた画像のやつだ! まったくアニヲタってヤツは、とっくに機体は完成してんのに、なんでわざわざ手間をかけて鍵をペンダント型にする必要があるんだ、このバカ野郎!」

次の瞬間、ハイディさんの動きが不意にとまった。そして、タクロウさんを睨みつけていた顔が、何かに気づいて恐る恐る私の方を向いたんだ。

「…ちょ、ちょっと待て…な、なんで看板娘が…ここにいる?」

それはまるで、暗闇でお化けでも見たような顔だった。そして、その顔の意味はすぐに理解ができたけど、私は何ともバツが悪そうに、

「…あの、学校に忘れ物しちゃって」

と、苦笑いすることしか出来なかった。

とんでもなく悪い予感が、私の背中を這い上がっていた。


   

               (二)

「いいか、看板娘、第二格納庫までだからな! 絶対に、そこまでだからな!」

「はい! 分かりました!」

私は軽トラックの助手席から顔を出すと、荷台の上のハイディさんに向かってそう叫んだ。

「あぶない! 顔を出さないで小町ちゃん!!」

その瞬間、不意に運転席からセーラー服のカラーを掴まれて引っ張られると、物凄い早さで木の枝が私の頭を撫でて行った。

「どうしてこんな林道を走るんですか! 新市街へ、マチュピチュに向かうのと反対方向じゃないですか!」

ハイディさんと合流した軽トラックは、物凄い勢いでマチュピチュとは逆方向へと走り出すと、すぐに深くて暗い森の中を走り始めた。揺れた、小さな車体は左右に揺れて軋み、今にもバラバラになるんじゃないかという程の音を立てながら走った。道路が舗装されていたのなんて最初の50メートル程だけで、あとはただただ闇の中の林道を進んだんだ。

「急いでるって言ったじゃないですか!? 時間が無いって言ったじゃないですか!?」

私がドアの手すりに必死でしがみついてそう訴えかけると、タクロウさんは一言だけ「いいんだ、これが最短距離なんだ」とだけ答えてさらにアクセルを踏み込んだ。

「それよりもハイディ、直接奴らと遭遇して分かった事があったら教えてくれ! 装備、行動的特徴、何でもいい!」

「とにかくヘイローから降りてきたヤツらの数も装備も充実しすぎていた! あれじゃ、テロリストと言ってもゲリラのような貧乏武装集団じゃない、完全にどっかの国の特殊部隊だ。行動も統制されてて訓練を受けてる感じがする。こいつは、思ったより周到に準備された大がかりなテロだよ。 機動戦闘車一台パクるのに10人規模の一個分隊を送り込むっていうのもオカシイ。どう考えても多すぎだ! たぶん、あのうち何人かは爆破班だ。ヤツら、置き土産でマチュピチュを破壊する気だよ!」

「用意周到で大掛かりなのは、エアバスを落とした時点で分かり切っている。やつら、わざわざ陽動のために念には念を入れたんだ。どんだけ気合入ってるんだって話だよ、まったく! おそらく、青空市に現存している警察や消防も、今頃は災害と墜落事故の対応でてんてこ舞いのはずさ。それに今回の南海トラフ、これまであんなにも沢山のフェイクを混ぜてたのに、蓋を開けてみたらいとも簡単にこんな状況だ。これはもう、極秘予測データが外部に漏れていたとしか考えられない。各大臣クラス、軍の上層部くらいしか知らない情報がリアルタイムで敵側にリークされてたんだ。」

「でも、もし地震が起きなかったらどうする気だったんですか!?」

「そこら辺は憶測でしかないが、、マチュピチュの爆破もヤツらの作戦の一部だとすると、おそらくエアバス達はそのままここに落としただろうな。はたまた位置的には北陸辺りの原発に落とすって手もあるだろう。給油地がセントレアだって事もそれで頷ける。あそこでどっちの作戦に移行するかギリギリまでタイミングを図ってたんだ。どっちにしろ、おぼろげに敵さんの正体や目的も見えたような気がする。こりゃあ完全に大陸か半島の亡霊だろうな」

「…ぼう…れい?」

「ああ、移民系の整備兵が反乱を起こしたってのもこれでツジツマが合う。さっき言った通りさ、国の名前が地図から消えても、住んでた人間や遺恨は残る。アジアには、日本がコケると大喜びするヤツらが今でも山ほど居るのさ。マチュピチュを破壊して、新型を奪う。そこら辺を見ても誰がやったかなんて一目瞭然さ。たった1台の新型を転売するのにこれだけ大掛かりな仕掛けじゃ割が合わない、あまりにも本末転倒だからな!」

「…本末転倒?」

「ああ、たった1個の飴玉を買うのに、何万円もお金を出すバカはいないだろうって話だよ。それじゃ元が取れないし、やる意味がない。でも、ヤツらはそれだけの金をつぎ込んだんだ。と、なると、答えは簡単だ!」

「…簡単?」

「ああ、元が取れるからやったのさ! おそらく新型の機動戦闘車を解体して複製する気だ。自分達で設計や開発は出来なくても、パーツ毎の複製はお手の物だからな。なんせ地図から名前が消えた今でも、あそこは世界の下請け工場だ。それなら、マチュピチュの爆破も頷ける。あれでも一応、日本の武器開発の中枢だ。あそこが破壊されたらこの国の開発事情は年単位で足踏みするだろう。ヤツらその間に劣化コピーでぼろ儲けする気なのさ。海賊版に起源主張、正にやつらの伝統芸だよ」

タクロウさんは口早にそう語ると、今度はトラックの荷台に目をやった。

「ハイディ! KZ‐01を出すにしても、今はまだその段階じゃない! 学生達は三課のラボに逃げ込んでいる! 内側からロックを掛けた状態ならちょっとやそっとでは突破できないはずだ! まずはここから回線をつなげて、彼らのサポートと心身のケアをするのが優先だ。そのために小町ちゃんも連れてきた! とにかく、日本軍に籍を置く身としては不誠実極まり無い発言だが、今はテロリストどもがスムーズに機動戦闘車を奪取してトンズラしてくれるのを祈るしかない! なんなら僕がコンピューターに介入して道案内してやってもいい! KZを出すのは最後の手段だ、いいなハイディ!」

「じゃあ、ラボを攻撃されてんのに、指くわえて見とけって事かよ!?」

「ああ、その通りだ! 今はそれしか出来ない!」

ハンドルを握るタクロウさんが叫んでいた。軽トラックの座席の小窓から後ろの暗闇を覗くと、ハイディさんは悔しそうに唇を噛みしめていた。その表情は、今すぐにでも助けに行きたいのに行けない…。そんなもどかしさと闘っているように見えた。私は正面を向きなおすと、フロントガラスから見える暗闇に向かって必死に祈った。テロリストが作戦を成功させてすぐにでも逃走してくれる事を、皆が無事でいてくれる事を。そんな事くらいしか出来なかったんだ…


そして、それからほんの数十メートルばばかり進んだ所で、突然車はそれ以上進めなくなってしまった。理由は簡単だった…道が、そこで終わっていたんだ。そう、目の前には深い森の中にそびえ立つ、コンクリートブロックの崖があるだけだったんだから。

 全く意味の分からないまま私が茫然としていると、車から飛び降りた二人は物凄い勢いで壁に沿って茂ったツタにしがみついた。そして、思わず『この壁を登るの!?』と、崖の上を見上げた途端、私はいま、自分がどこに居るのかを理解したんだ。

 見上げたコンクリートの高い崖のずっと先、月明かりに照らされていたのは見なれた木製の旧校舎と、裏庭にある焼却炉の煙突だった。そう、青空市を見降ろす高台にある学校とラボ。タクロウさんは表側の新市街からではなく、裏手の森側からここを目指したのだった。確かに言われてみれば、道中道があるか無いかは別として、さくら屋のある旧穂高村からの直線距離だとこっちの方が圧倒的に近い事に気が付いたし、実際、お店を出てからハイディさんと合流してここまで掛った時間は信じられないくらい短かったけれど、目の前にある光景は、完全に私の想像を超えていたんだ。

『ここから先はどうなるの?』

『まさか、私もこの高さをツタで登るの?』

と、幾つもの疑問が浮かんだ後に視線を二人に戻した時だった、目の前にある、今まで深いツタに包まれていた壁面に『立ち入り禁止』と書かれた古い木製の扉が現れていたんだ。

「こ、これは!?」

「行けば分かる」

扉を開け、再び運転席に飛び乗ったタクロウさんがそう言うと、軽トラックは断崖絶壁にポッカリと開いた黒い穴の中に飲み込まれるように進んでいった。



             (三)

「昔からこの辺りでは良い金属が取れるって聞いた事ないかい?」

「…あ、そういえばお爺ちゃんがそんな事いってました」

「ここは随分昔に放棄された、そんな採掘場の一つさ。今はありがたく僕が秘密基地として使わせてもらっているけどね。ここなら位置的にもマチュピチュの真下だし、電力や資材をパクるのに何かと都合がいいんだ」

確かに、今わたしたちが進んでいるのは軽トラックでもぎりぎり通れるかどうかの細い横穴で、さすがに荷台のハイディさんも何度も頭を天井にぶつけそうになっていた。

 そして次の瞬間、ヘッドライトに照らされた目の前の空間が突然広がった。でもそれは、外に出たわけではなくて依然景色は暗闇の中だったから、私は洞窟内の巨大なホールのような場所に出たのだと理解した。

「とにかく僕は、旧校舎のラボと回線を繋ぐから!」

車を飛び降りたタクロウさんがそう叫ぶと、その声はいたるところに反響して、まるでエコーが掛っているようだった。そして、照らされた先にある空洞内でも少し高くなった、古い神社の祭壇のようなものが祭られている場所に向かうと、その横にあるプレハブ小屋へと入って行ったんだ。

「…ここは昔、集会場とか神事に使われていたんだろうな」

車を降りた私の頭の後ろからハイディさんの声が聞こえた。そして振り向いた私は思わず悲鳴を上げてしまった。だって彼女の後ろには、横たわる巨大な竜のような物が見えたのだから…



移動砲台KOZAKURA

第六話 【動き出す鉄(くろがね)の城(しろ)】



「よかった! 案の定、マチュピチュの非常電源が生きている! いいな、格納庫に明かりをつけるぞ!」

遠くでそう叫ぶタクロウさんの声が巨大なホールに反響した。そして、空間に明かりがつくと、私はまた息を飲んでしまった。…ハイディさんの後ろに居た巨大な影の正体、それは横たわる巨竜なんかじゃなかった。それは、二つの大きな大砲を持つ黒光りする戦車だったんだ。

「これが、あいつのオモチャさ」

「…オ、オモチャって大きさじゃ…ない…ですよ」

「いいや、オモチャだね。なんせ、日本軍には内緒で作り上げたんだからな」

「…な、内緒でこんな物が作れるんですか…、普通、クビになっちゃいますよ」

「ところがどっこい、ヤツはクビにならないのさ」

「…え?」

「日本軍も、ヤツの行動は黙認してるのさ。なんせ、一課や二課が研究している小型高出力ハイブリッドエンジンも、特殊樹脂や兵器の無接続充電だって、太久郎がこいつを作ってる工程で生まれた副産物なんだからな」

「……え?」

「ほら、バカと天才は紙一重って言うじゃないか。きっとヤツはその一重の紙の上に立ってるんだろうな。『巨大ロボットの実現』っていうアホな目標に向かって突っ走らせると、次から次へととんでもない発明を生み出すんだ。日本人ってのは、リファインするのは得意だけど、そもそもを生み出すのが苦手だからさ、こういうタイプは珍しいのさ。だから日本軍もわざわざヤツのために三課を作った。いいや、そもそもマチュピチュ自体が太久郎のためにある、って噂もあるくらいだ。それに、あんな危ない人間、クビにして野に放つより、首輪をつけてた方が安全だろ? それが、あたしの言った『ある筋で有名だけど言えない』っていう言葉の意味さ。ほら、見えるだろ、あの巨大な二門の砲身。あれレールガンなんだぜ。2035年現在で、あんなに小型な移動式レールガン発明したヤツなんて、世界中探したって太久郎だけだ」

言葉の意味はよく分からなかったけれど、とにかく凄い物なのだと私は思わず息を飲んで、ただただ静かに横たわる黒い戦車を見上げる事しか出来なかった。

「おい、お前ら! 旧校舎との回線をつなげるぞ! そんな所で油売ってないでとっととこっちに来るんだ!」

洞窟内に響き渡ったタクロウさんの声に、ハイディさんが駆けだした。私も慌てて踵を返して走りだそうとしたその時、なぜだか胸がドクンと大きな鼓動を打って不意に足が止まってしまった。そして、瞬時にその理由が分かった。そう、誰かに見られている。そんな気がしたんだ。恐る恐る振り返ると、黒い戦車が私を見つめていた。



                 (四)

「橘君! 聞こえるか橘君!!」

祭壇の隣にあるプレハブ小屋に入ると、タクロウさんは会議テーブルの上に置かれたノートパソコンに向かって叫んでいた。私が慌てて背後に回り込んで画面を覗き込んだ瞬間、ずっと見たかった顔がそこにあったから、思わず声を出して泣きそうになった。

『はい、聞こえています!』

「そちらの状況はどうだ!?」

『はい、割れたガラスで怪我をした生徒が三人居ますが、それ以外は皆無事です! 一階に保健室の名残を見つけたので、備品を勝手に使わせてもらいました。クラスの中にご両親がお医者さんで、医大志望の人がいたので助かりました。命に関わる状態の人もいません』

『その治療、ケント君がやったんだからね!』

突然、橘君の肩越しに幸っちゃんが顔を出して、自慢げにそう言うもんだから私はますます涙が止まらなくなった。

必死に涙をぬぐいよくよく画面を見ると、橘君の後にクラスの皆の姿と螺旋階段が見えた。どうやら三課のラボは、旧校舎角の大きな特別教室を一階から四階まで螺旋階段で繋げた構造のようだった。

「ああ、実質的なラボは二階から四階、一階は仮眠用に保健室のままにしてあるから、必要な物があれば自由に使っていい。それよりも…」

『…はい』

「申し訳ないが、どうしても君達にやってもらいたい事がある」

タクロウさんのその言葉に、皆が一同に息を飲んだ。

「まずは橘君、そのパソコンのデスクトップ上に防犯カメラと書かれたアプリがある。それを今から立ち上げてもらいたいんだ。ソフトが起動したら、最初に青空高校の防犯カメラを使って君達を追って来たテロリストの状態を教えて欲しい」

『はい!』

「あと、もう一人パソコンが使える人間が必要だ。出来ればオペレーターの経験がある子だと助かるんだけど…」

その声に対しては、幸っちゃんが即座に物凄く元気な返事で答えていたけれど、あの子にそんな経験があるなんて、親友の私ですら知らない事実だった。

「君はもう一つのパソコンを担当してもらいたい。そちらもカメラ映像の確認だ。まずはデスクトップ上の『KZ‐01』というアプリを立ち上げて欲しい」

そして、少ししてノートパソコンの画面にもう一つのビデオ通話のウインドウが開くと、ヘッドセットを着けた幸っちゃんの顔が映し出された。

『………はい、立ち上げました!』

「そうしたら、そのアプリ上にある『ドローン』というボタンを押して、旧校舎の屋上にある発射台から1番から8番までを射出して欲しい。発射のシークエンスはソフトの指示通りで問題ないから」

『はい! ……ドローンのソフト立ち上げました。起動から射出まで各30秒。 1番から8番まで発射準備に入ります。…あれ、これ座標の指定がありますよ?』

「ああ、1番から7番までの座標指定はデフォルト値でいい。8番はフリーの設定でリベロだ、必要になった場合は僕の指示通り動かしてもらえるとありがたいんだけど、出来そうかな?」

『了解しました、やってみます! 1番から7番はデフォルト配置のまま、8番だけをフリー操縦に設定を移行します。…1番から8番、起動完了。つづけて射出シークエンスに入ります。 1番…射出。2番…射出……。 1から7番、指定座標上での待機を確認。8番は旧校舎上空で待機させてあります』

「…あ、ありがとう。君がえらく手なれた感じで助かったよ。いったいどこで勉強したんだい?」

『はい! キッザ○アです! 私、一番上手だったんですよ!』

その言葉に、一斉に皆がふき出した。まったく、どこでそんなの覚えたのか私ですら驚いたっていうのに。ほんと、幸っちゃんは皆を和ませる天才だ。私はこの張りつめた状況下での彼女の存在に心から感謝した。でも、次の瞬間、橘君の『新校舎三階、西側のカメラでテロリストの姿を確認しました』という声で、再び私達の間に緊張が走った。そしてその映像がタクロウさんのノートパソコン上でも確認出来た途端、私はまたしても短い悲鳴を上げてしまった。それは大きな銃を構えた3人のテロリストの姿で、微かにランタンの明かりがもれている私達の教室を調べている様子が克明に映し出されていたんだ。

「橘君、校内の他のカメラにテロリストの姿は?」

『現在のところ見当たりません。どうやら新校舎の方を重点的に調べてるみたいです』

「了解した。とりあえずラボまで辿り着くには時間的な余裕がありそうだな。…と、なると、問題はマチュピチュの格納庫か…。えーっと、キッ○ニアの君…」

『幸です!』

「えーっと幸くん、打ち上げたドローンのカメラを起動してほしいのだが…」

『分かりました。各ドローンのカメラ設定を夜間モードでONにすればいいですか!?』

「そうだ、そしてラボ上空の4番、ならびに格納庫上空の5番の映像をこちらに回してくれ、ポップアップした映像ウインドをチャット画面にドロップしてくれればそれでいいから」

そして、ほんの少ししてタクロウさんのノートパソコンに映し出された灰色の映像を見て、私達は一斉に言葉を失ったんだ。それは、空中で静止している、あの痩せたトンボのようなヘリコプターの姿だった。そしてそこから伸びた4本のワイヤーで吊るされている小型の戦車も映っていて、今まさに地上からタイヤが離れようとしていた。

「タクロウさん!?」

「ああ、ここまでは計画通りというわけだな…」

『小金沢さん! 新校舎に居た三人組が移動を開始しました。どうやら旧校舎へは向かわず、そのままグラウンドに出るようです!』

「…おそらく撤収準備だろうな。しかし、タルヘの機体制御が今一つ不安定に見える。頼むからちゃんと持ち上げてくれよ!」

その瞬間、私も、画面の向こうに見えるクラスの皆も手を合わせて祈った。きっと、考えてる事は一緒だった。『無事、戦車を持って帰って下さい』ただ一心にそう願ってたんだ。ノートパソコンの画面上では、タクロウさんの言った通り、戦車を吊り下げたまま、右へ左へと小刻みにバランスを取りなおすヘリコプターの姿が映し出されていて、それは素人の私の目から見ても、心臓に悪い、安心して見ていられるような物ではなかったんだ。

『…神様、仏様、ご先祖様! どうか機体を安定させて下さい!』

私は、私達は必死に祈った。ほんと、タクロウさんじゃないけれど、どうしてこんなに必死に、敵の作戦の成功を祈っているのか分からないくらいに私は祈った。そして、山風に煽られてドローンの映像がブレる度、画面のヘリコプターも大きく揺れて私の心臓は何度も止まりそうになったんだ。

『がんばれ、ヘリコプター!』

『ちょっと、もっと気合入れて持ちあげなさいよ!!』

画面の向こうから、皆が応援する声も聞こえた。

そして、なんとかかんとか戦車を持ち上げたヘリコプターが、方向転換のためにぐるりと機体を回した時だった、私達の目に悪夢のような光景が映ったんだ。

…そう、私達の願いは神様には届かなかったんだ。

その瞬間、私達は絶望を見た。それは、戦車を吊るしていた4本のワイヤーのうちの1本が切れる映像だった。そして、大きくバランスを崩した戦車とそれを持ちあげていたヘリコプターは、大きく弧を描くように何回転か上空を回ったかと思うと、そのままもう一つのヘリコプターを下敷きにして地面に激突した。真っ暗なマチュピチュの滑走路に、大きな火柱が上がっていた。

「ハイディ!」

「分かってる、太久郎! KZを出すぞ!」 

水を打ったように静まり返っていた洞窟のプレハブ小屋に、二人の叫び声がこだました。そして、その緊張に満ちた声の意味は、私やクラスの皆にも理解が出来た。そう、それは最悪のシナリオ、今まさに燃えているその状況が全てを物語っていたんだ。燃え盛る二台のヘリコプター。それが意味する物は、テロリスト達が退路を断たれた、帰る術を失った。という事に他ならなかったのだから。

「橘君! 君は引き続き監視カメラでテロリストの行動をトレースしてくれ! そして幸君!」

『は、はいッ!?』

「…君には、どうしてもやってもらわないといけない事が出来てしまった。これから、この第二格納庫にある機動戦車を緊急発進させる。ただし、制御がそっちのメインPCからじゃないと出来ない。君にはそのままKZ‐01のオペレーターをやってもらう事になる」

『…わ、分かりました!』

「…タ、タクロウさん!?」

「ごめん、小町ちゃん! 最悪の状況だ! 退路を断たれたテロリスト達は十中八九、君のクラスメイト達を人質に取るはずだ! その前にKZ‐01を出す! いいかい、君は絶対にここから出てはダメだ! 分かったかい!」

タクロウさんは慌ててそう言うと、すでにプレハブ小屋から飛び出そうとしているハイディさんの背中に向かって

「砲手は僕がやる! 君は早くペンダントの生体認証を終わらせるんだ!」 

と、叫んで地面を蹴った。その瞬間、私の心臓が

ドクン

と、大きく跳ねた。

『…生体…認証?』

その言葉が、何度も何度も頭の中でリフレインして、嫌な予感が体中に走った。

 突然、手にも、足にも、前を見ているはずの目にも力が入らなくて、まるで雲の上を歩いているような気持になった。そして、ふらり、ふらりと、足に力が入らないままタクロウさんの後を追って小屋を出ると、すでに二人は、あの巨大な戦車の傍らに立っていた。そして、左手にあのペンダントを持ったハイディさんが、不意に右手の親指の先をガリリと噛んだんだ。

ドクン

また、私の心臓が大きく鼓動を打った。

そして、そのまま彼女は、プクリと浮いた血の粒をペンダントの石に落とした。

ドクン

目まいがした。嫌な予感がどんどんと現実になっていく感覚がして、一瞬視界が真っ白になった。

「太久郎! こいつ壊れてやがるぞ! エラー表示が出るばっかりでちっとも認証しねぇ! まったく、何やってんだ、このクソヲタク! いちいち鍵をこんな形にするんじゃねぇ!」

ドクン

ハイディさん、それね、きっと壊れてないと思うよ…

「そ、そんなはずはない! ちゃんとラボで最終確認している! ペンダントは正常だ! ちゃんと血を落とせば、真ん中の石が光るはずなんだ!」

ドクン

うん、そうだねタクロウさん、タクロウさんの言った通りだよ。真ん中の石に血が落ちるとね、綺麗な薄緑色に光るんだよ…

「まったく、こいつ再起動とか出来ねえのかよ!」

「出来るが、ここでは無理だ! それも旧校舎のラボに行かないとダメだ!」

ドクン


…ああ、そうなんだ。

それなら仕方ないよね。


 恐怖、戸惑い、理解できない事から逃避したくなる衝動。色んな感情が私の胸や頭の中で渦巻いて体中が震えていたけれど、そう思った瞬間にそんな全てが霧散した。そして、瞳を閉じると風にそよぐ一面の草原と、その中を真っすぐに伸びる一本の道が見えた。そして、もうそれしか見えなくなった。

…だって、そうなんだから仕方ないじゃない。

「ちょちょ、小町ちゃん何やって…」

「お、おい看板娘、それは大事なもの…」

ゆらりゆらりと歩み寄り、ハイディさんの手からペンダントを取ると、二人とも物凄い顔して私とペンダントを見てるんだ。可笑しいでしょ?

ドクン

でもね、うん。私、こういう事なんだってなんとなく分かってた。

「こ、小町ちゃん、どうしてペンダントが君に反応してるんだ!!」

「…か、看板娘、お、お前…」

私の手の中のペンダントが光ってた。すごく、すごく綺麗な色だった。そう、あの時、地震で切れた私の額から流れた血が、ペンダントに落ちた時のように…

「…私、鍵になっちゃったみたいです」

色んな言葉を探したけれど、出てきたのはそれだけだった。そして私は、ほほ笑みながら光り輝くペンダントを二人に向かって掲げたんだ。

『KZ‐01、搭乗者の生体反応を感知しました! 起動します!』

遠くで幸っちゃんの声が聞こえてた。そして巨大な戦車は大きな咆哮と共に目覚めたんだ。



             (五)

「ダメだ! 絶対にダメだ!! お前は戦場に連れて行けねえッ!」

泣き叫ぶハイディさんの声が聞こえた。

「あんたら日本人はのんびり生きてりゃいいんだ! 看板娘! あんたは戦場にいちゃダメなヤツなんだ!」

叫び声は止まらなかった。

「子供が戦場に出るなんてクソみたいな経験は、あたしで最後にするって誓ったんだ!」

胸ぐらを掴まれた。そしてそのまま思い切り持ちあげられた。でもやっぱり、私の気持ちは変わらなかった。

「…でもハイディさん。私が乗らないと、これ動きませんよ。皆が人質になっちゃいます。死んじゃいます。そんなの嫌です。私にしか出来ないんだったら、こんな無力な私にもまだ出来る事が残っているのなら、私は乗りたいです。皆を助けに行きたいです。」

両手で釣り上げられたまま、泣きじゃくるハイディさんを見降ろしてそう言った。体も頭も熱いのに気持ちだけはとても静かで、なんだか自分でも不思議だった。

「柳川さんの時に思い知ったんです。『また今度』なんて言葉、絶対じゃないんだって。安心しきってても今度なんて来ないかも知れないって。あの他愛もない言葉が最後になってしまうんだ、ある時突然、もうその声が聞きたくても聞けなくなっちゃうんだ、って。だから行きたいんです。私にはまだ届けたい言葉がある。届けたい人も生きている。だったらもう迷わない。私は行かなくちゃダメなんだ」

そう言って瞳を閉じた私の瞼の裏には、風で白いカーテンを膨らませた化学室が見えた。顔を真っ赤にしてる橘君が見えた。うつむいて、震えながら一生懸命ポケを差し出してる姿が見えた。

―私は橘君に会いに行く。

―あの時、恥ずかしくて言えなかった言葉を伝えに行く。

―私も、ずっと橘君の事が好きだったって、ちゃんと目を見て言いたいんだ。

―私にはまだそのチャンスが残されているのだから。

そう思って手の中のペンダントを握りしめると、もう何も怖くなんて無かった。そして瞳を開くと、もう一度ハイディさんを見た。

「…でも、でもよ看板娘」

「ハイディさん。私、私一人の命を取るか、クラスメイト二〇人の命を取るか、なんて『究極の選択』みたいな事は言ってませんよ…」

その言葉に、涙で濡れた大きな瞳が見開かれた。私はそのまま小さく深呼吸をすると、今自分に出来る一番いい笑顔を作ったんだ。

「ハイディさん、私を守ってくださいね。どうしても会いたい人がいるんです。そして、私を殺さないまま、皆の命も助けて下さい。どっちを取るかじゃないです。どっちも取ってください」

その言葉で、彼女の目の色が変わった。一気に精気が宿ったんだ。

「…バカ野郎、生意気言いやがって。あたしを誰だと思ってやがる!」

ズズっと大きく鼻水をすすって、力強く袖で涙を拭うと、ハイディさんはそのまま背中を向けた。そして次の瞬間、大きなボールみたいなものが飛んできた。

「それつけとけ! あとはベスト! セーラー服の上からでいい! それとグローブ!」

飛んで来たのは、さっきまでハイディさんが被っていたのと同じ顔じゅうを覆い隠す大きなヘルメットだった。そして、その後、次から次へと色んな物が飛んで来た。何とかかんとか私はそれらを受け止めると、めいっぱいほほ笑んでみせた、

「了解しました! キャプテン!」

って。


                   (六)

 ハイディさんの隣の砲手席。乗りこんだKZ‐01は、何だか不思議な乗り物だった。私は男の子達みたいに戦車や飛行機には詳しくないけれど、それでも小さい頃にテレビの再放送で見た、子供たちが戦車に乗って悪い大人と戦う映画では、確か皆、てっぺんから乗りこんでたように見えたんだけど、これはぜんぜん違って、起動したペンダントの石を押したら、キャタピラとキャタピラの間にある戦車の前側の部分が開いて、その中から座席が現れたんだ。そして、その座席も変わってた。確か、あの映画では戦車の中は空洞みたいになってたと思ったのだけど、実際はこの先端部分、普通の車みたいに運転席と助手席が横並びになっていて、その小さな空間以外は人が乗れそうな所なんてどこにも見当たらなかったんだから。そして、それがどこかで見た事があると思ったら、意外にもその正体はすぐに分かった。そう、それは、さっきまで私達が乗っていた軽トラックのレイアウトにそっくりだったんだ。

 不思議そうな顔をしている私を見て、隣の運転席に座るハイディさんは、

「こいつは、外見は戦車だけど、中身は全く別物さ。キャタピラが付いてる下半分の大半は動力ユニット、砲台が付いてる上半分のほとんどがレールガンユニットでパンパンになってる。おかげで人が乗れる場所は先っちょのこんだけしか確保できなかったんだとよ。複座式が横並びとかホント、バカだろ太久郎は?」

って引きつりながら、むりやり笑顔を作ろうとしてた。でも、一番変わっていたのは並んだこの座席よりも、私達がいる空間そのものだった。だって、フロントガラスも無くて、運転席のメーターが微かに光ってる以外は完全に真っ暗な個室だったのだから。

「ハ、ハイディさん!? 暗くて何も見えないけど、これで大丈夫なの!?」

あまりに不安でそう言うと、彼女は少し慌てた声で

「スマンスマン、今VRメットの電源入れる」

と言って、すっぽりと私の頭を包みこんでいる大きなヘルメットのこめかみ辺りを突っついた。次の瞬間、私の目の前が急に明るくなって驚いた。だって、まるでヘルメットどころか、戦車にも乗って無いみたいに周りに洞窟の景色が広がったのだから。思わず斜め下を見ると、こっちを見上げてるタクロウさんの姿までが見えたから、思わず私は手を振ったけど、すぐに

「ばあか、あっちからは見えてねぇよ」

って、ハイディさんに笑われた。

「今、あたしたちが被ってるのはVRメットって言うんだ。日本軍の次期標準装備さ。この戦車には至る所に小型のカメラが搭載されてて、その情報はリアルタイムで演算されてそのヘルメットにフィードバックされる。そして張り合わされた映像は擬似的な360度スクリーンを描き出すんだ」

「フィードバック? 360度スクリーン??」

「論より証拠。とりあえず、後ろを見てみな」

私がその声に合わせて振り向くと、見える景色も移動して、本当に戦車が透けて見えているのか、それとも私自身が戦車になっちゃったような感覚がして驚いた。でも、それだけじゃなかった。顔を動かさなくても、目で追っただけでその通りに景色も移動したんだ。

「このメットは、常にあたし達の眼球の動きをトレースしているんだ。ほら、視界の端にアイコンがいくつか見えるだろ?」

そう言われて視界の端を見ると、確かに半透明のアイコンが幾つも並んでた。

「…大きい大砲のアイコン、小さい弾のアイコン、あといくつかありますね」

「そうそう、そのアイコンを凝視して、瞬き2回がダブルクリックだ。それで武器の換装が出来る。スマホと同じ要領さ。あとはトリガーを引くだけだ」

その言葉に、私はゴクリと息を飲み込んだ。今から私は人間に対して引き金を引くかも知れない。殺してしまうのかも知れない。改めてその事を理解して全身に寒気が走ったんだ。

『二人とも時間が無い、作戦内容を確認する』

突然ヘルメットの中にタクロウさんの声が響いた。

『依然ラボ側からも、日本軍の分屯所からも救援信号は出ていない。しかし、さっきのヘリの火災で異常事態が起きている事は外界に察知されたと信じたい。そこでKZ‐01には、救援が到着するまでの間、テロリスト達の注意を引きつけてもらう』

「それは、あたしに『大いに暴れまわれ』って言ってんだね!?」

『ああ、そうだ。君の得意なヤツだ。派手に暴れまわって敵の注意を引き、さらにはマチュピチュで騒ぎが起きている事を周りにアピールするんだ』

「で、現場の指揮権はどうすんだい?」

『残念ながら、僕は日本軍所属でも科学者でね、そこらへんはてんで素人だから僕に出来るのはここまでだ』

「じゃあ、後は好きにしていいんだね?」

『ああ、君を信じてる』

「あはっ、あんた最高だよ太久郎! オペレーターのお譲ちゃん! 準備はいいか!」

『はい、KZ‐01、スタンバイの完了を確認しました。発進シークエンスに移行します』

私は息を止めたままコクリと頷くと、目の前に見える幸っちゃんの顔を見た。彼女も真っすぐ私を見てコクリと頷いた。

『いい小桜、あなたを死なせないのは赤毛のお姉さんだけじゃないんだからね! 私も全力であなたをオペレートする。 いい、分かった!』

ヘルメットから聞こえるその言葉に私は思わずたじたじとした。だって、長い付き合いの中、こんなに真剣な顔した幸っちゃんを見るのは初めてだったんだから。

「…うん、ありがとう幸っちゃん。さすが私の相方だよ、心強い」

少し照れくさかったけれど、自分なりに頑張ってそう伝えると、画面の向こうで幸っちゃんが小さくほほ笑んだ。

『発進シークエンスの1番から4番までクリア。KZ‐01 リフトアップを開始します!』

幸っちゃんの声が響いた次の瞬間、ズンという振動が伝わって、少しずつ体がせりあがる感覚がした。慌てて周りを見ると、確かにこの戦車自体がゆっくり上に向かって動いてた。

「ちょ、ちょちょちょちょハイディさん!?」

思わず声が漏れた。だって、今の今まで忘れていたんだから。どうやってこの巨大な戦車を外に出すのかって。だって、入り口はあの細い洞穴だったんだから。

『続いて、発進ゲートを開放します。搭乗員は衝撃に備えてください!』

「上を見ろ、看板娘!」

その言葉に反射的に顔を上げると、次の瞬間物凄い量の水が上から降って来た。思わず咄嗟に息を止めたけど、気が付けば当たり前の事だけど、私の体は濡れてなんか無かった。

「バカ太久郎。そこに立ってたらそうなるだろうよ。自分で設計したんだから忘れるなバカ!」

隣でクスリと笑う声がした。見下ろすと、大量の水でずぶ濡れになったタクロウさんの姿が見えた。

「こ、これって!?」

「見てりゃ分かる!」

慌てて上を見直すと、真っ暗な天井に一本の光の線が浮かび上がり、次第にそれが広がって、満天の星空が顔をのぞかせた。

『えーっと、発進シークエンス、まだ続きがあるんですけど、これも必要なんですか!?』

『ああ、目立ってなんぼだ! そのままシークエンスを続けて!』

「ば、バカ、太久郎、それはさすがに恥ずかしいからやめてくれ!!!」

次の瞬間、私は目どころか、耳までも疑った。

だって、ぱっくりと開かれた頭上のゲートの上に七色に光るスポットライトやレーザービームが輝いているんだから。そして、それだけじゃ無かったんだ。




 作詞:小金沢太久郎

 作曲:小金沢太久郎

 うた:小金沢太久郎


〽助けを求める声がする!

 子供が泣いてる声がする!

 立て!

 今だ!

 僕らを守る黒いボディー

 その名は

 ケーゼッ!

 ケーゼットズィロォワァァァァアアアアン!




「ハ、ハ、ハ、ハイディさん!? う、上から大音量で歌が聞こえます!? しかも、二番まで始まっちゃいましたよ!?」

「ああ、街であんた達に会ったあの日、アイツわざわざこのためにカラオケボックスで録音してたんだ…。ちなみに歌は8番まである…」

物凄く呆れた顔で、ハイディさんが頭を抱えてた。いったいこれはどいうい状況なのだろう。私はてっきり命をかけてテロリスト達と戦う羽目になったと思って緊張してたのに、主題歌は流れるわ、めちゃくちゃライトアップされてるわで、まるでステージに上がるアイドルみたいだったのだから。

「いいかい看板娘、リフトアップが完了したら左斜め前方向に日本軍の給油施設、ガソリンスタンドが見えてくる。まずはそいつをレールガンで撃ちぬく。開戦の狼煙はドハデに行こうじゃないか!」

『リフトアップが完了します! 発進! コザクラ1号!』

『…ん? ちょっとまて幸君、勝手に名前を変えるな!』

『言いにくいんです! 舌噛みます! 同じKZだからいいじゃないですか!』

色んな言葉がヘルメットの中に響いていた。でも私は、完全に舞台にせりあがったその先の光景があまりにも理解不能で、ただただ呆気に取られてたんだ。

…だって頭の上には満天の星空が。目の前には光り輝く文化祭のステージが。そしてせり上がった私達は、学校のプールの上に居たんだから。

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