第46話 前日譚③

「びっ、ビックリした!」

 押し入れから飛び出した僕は、激しく高鳴る自分の胸を押さえた。

「大丈夫ですか?」

 茜さんは心配そうな目で僕を見る。

「一体、屋根裏に何が?」

「たくさんのアヤカシがいました」

 同じく、押し入れの中から出た猿木さんが僕の代わりに答える。

「アヤカシが……」

「ええ、それも一匹や二匹ではありません。大小含め、おそらく百匹以上のアヤカシがいました」

「そんなに⁉」

 猿木さんの思わぬ言葉に茜さんは目を見開いて驚く。

「茜さんはご存じでしたか?屋根裏にあんなにアヤカシが居たことを?」

「この家の中にアヤカシがいることは彰浩さんから聞いていました。私も気配は感じていましたけど……まさかそんなに居たなんて」

 茜さんは不安そうに猿木さんに尋ねる。

「も、もしかしてそのアヤカシ達のせいで、皆さん……」

「いいえ、違います」

 茜さんの言葉を猿木さんはきっぱりと否定する。

「この家の人達を襲ったのは、この家に住んでいたアヤカシ達ではありません。この家の人達を襲ったのは……『外来種』です」

「外来……種?どういうことですか?」


「この家の人達を襲ったのは、異国から持ち込まれたアヤカシということです」


***


「元々この家にはアヤカシが多く住み着いていたのでしょう。アヤカシによっては、ビルなどの鉄筋の建物よりも木造の家を住処に好むものがいます。屋根裏にいたのは、そんなアヤカシ達でしょう」

 そういえば、この辺りはビルばかりで、木造の家がない。だから木造の家を住処に好むアヤカシ達がこの家に集中しているのか。

「彰浩氏が倒れるまでこの家の人達が何事もなく暮らしていた点を見ても、この家に元々いたアヤカシ達の中に人を襲う種類はいなかったと考えられます。だから、アヤカシがいてもこの家の人達に害はありませんでした。ですが、ある日、別のアヤカシがこの家に持ち込まれた」

「別のアヤカシ?持ち込まれたとはどういう……」

「それは、向こうの部屋で説明します」

 そう言って歩き出した猿木さんの後に僕と茜さんは続く。

 僕達は、さっき猿木さんが見ていた『妖怪を食べている龍の絵』が描かれている壺が置いてある部屋にもう一度戻った。

 猿木さんはその壺を指差す。

「おそらく、この壺に封印されていたアヤカシが今回の事件を引き起こした犯人です」

「この壺に……アヤカシが⁉」

 茜さんは目を見開いて驚く。その隣で僕も驚いた。

 壺は一見すると、見事な龍の絵が描いてある他には、特に何の変哲もない唯の壺に見えた。

「アヤカシを封じる場合、大抵は壺やこのような瓢箪にアヤカシを封じ込めます」

 猿木さんはポケットから小さな瓢箪を取り出し、茜さんに見せた。

「私もアヤカシを封じることが出来るので分かるのですが、この壺にはアヤカシが封じられていた気配がします」

 猿木さんは手袋をはめ、その壺にそっと触る。

「この壺にはアヤカシが封印されていましたが、何らかの原因で封印が解けてしまったのでしょう。封印から解放されたアヤカシはまず、彰浩氏を襲った。その後、この家に住んでいた人達を次々と襲ったのです」

 僕と茜さんは思わず「うっ」と息を飲む。なんてことだ。

「この壺はいつからこの家に?」

 猿木さんは、壺のことを茜さんに聞いた。

「この壺に関しては私もあまり知らないのですが……確か私がこの家に来るよりもだいぶ前に彰浩さんが外国で購入したと言っていました」

「やはり、そうでしたか。この壺は日本で作られたものではありません。異国で作られたものです。ということは中に封印されていたアヤカシも異国のアヤカシの可能性が非常に高い」

「異国のアヤカシ……」

「この国ではない、別の国から来たアヤカシ……『外来種』ということです。近年では、船や飛行機によって異国のアヤカシが日本に持ち込まれることも珍しくなくなっています。その土地に元々いなかった『外来種』は、様々な問題を引き起こします。この家で起きたことのような事件は、今後も増えるでしょう」

 猿木さんはアヤカシが封じられていたという壺の口に手をかざした。

「壺や瓢箪にアヤカシを封じる場合、アヤカシを中に入れた後、口に栓や蓋をして閉じ込めます。しかし、この壺には蓋がされていません。中に閉じ込められたアヤカシが蓋を取るのは不可能ですから、誰かが蓋を開け、封印を解いたということになります」

「だ、誰かが?」

「はい、見た所この家のセキュリティは万全ですので、空き巣などの外部の人間が封印を解いたとは考えづらい。ということは

「そ、そんな……」

 茜さんの顔が真っ青になる。

「誰が封印を解いたか心当たりはありますか?」

「い、いえ……全く」

 茜さんは自分の腕を反対の手で触る。

「……そうですか」

 猿木さんは、それ以上追及することなく、別のことを聞いた。

「彰浩さんはこの壺のことを他の皆さんには言っていましたか?」

「は、はい、家族全員この壺のことは知っています。でも、アヤカシを封印していたなんてことは一言も……私も今日初めて知りました」

「フム……」

 猿木さんは顎を触りながら、考える。そんな猿木さんに茜さんは恐る恐るといった様子で尋ねた。

「そ、それで、そのアヤカシは今どこに?」

「屋根裏を視ましたがアヤカシが多く、どれが対象のアヤカシなのかは分かりませんでした」

 屋根裏から聞こえた音から、かなりの数のアヤカシが屋根裏にいることは予想できた。でも、僕が予想していたよりもその数は多かった。しかも、屋根裏だけじゃなく床下にも、まだまだたくさんのアヤカシがいるだろう。

逃げ回るアヤカシ達を捕まえ一匹一匹調べていたらどれだけ時間が掛かるか分からない。

「……」

 茜さんの顔色に落胆の色が伺える。

「ですが、ご安心ください。捕まえる方法はあります」

 猿木さんは自信たっぷりに言う。茜さんはハッと顔を上げた。

「用意するものがありますので、私達は一度戻ります。対象のアヤカシの捕獲は明日行うということでよろしいでしょうか?」

「はっ、はい。もちろんです!お願いします!」

 茜さんの顔から曇りが消え、輝く。

「ちなみに、ホテルはあと何日滞在することになっていますか?」

「実は今日までなんです。明日の午後にはチェックアウトします」

「それでしたら、今日はそのままホテルに泊まってください。くれぐれも明日までこの家には近づかないように」

「はい。分かりました」


 それから僕達は茜さんをホテルまで送り届けると、そのまま猿木さんの家まで戻ることにした。

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