第45話 前日譚②

 数日前、茜さんは僕達にこんな相談をした。

 自分達の家で起きる不吉な出来事を解決してほしい、と。


 元々、この家には五人の人間が住んでいた。

 相談者の鮫西茜さん。その夫の鮫西昌さん。義父の鮫西正敏さん。義母の鮫西里見さん。そして最後に夫の祖父である鮫西彰浩さん。

 茜さんは、夫の昌さんと結婚して、この家にやって来たのだという。


 ちょうど半年前のことだ。一人で留守番をしていた鮫西彰浩さんが亡くなった。

彰浩さんは高齢だということもあり、その時は誰も不思議に思わなかった。

 でもその後、今度は義父の鮫西正敏さんが風呂場で倒れた。正敏さんは特に持病などはなく、健康そのものだったという。

正敏さんは、必死の治療の甲斐もなく亡くなった。

 だけど、不幸な出来事はそれだけでは終わらなかった。

 正敏さんが亡くなってから僅か三週間後、次は義母の鮫西里見さんが寝室で亡くなっているのを発見された。

正敏さんが生きている時には里見さんは正敏さんと一緒に寝室で寝ていたが、正敏さんが亡くなってからは一人で寝ていたので発見が遅れたとのことだ。

 そして、つい数日前。茜さんが買い物から帰ってくると、夫の鮫西昌さんまでもが家で倒れていたのだという。

倒れてから直ぐに発見されたのが良かったのか、幸い命に別状はないそうだ。鮫西昌さんは現在入院しているが、あと何日かで退院できるらしい。

「夫まで倒れ、私は怖くなり家を出ました。それからずっとホテルで暮らしています」

 茜さんは涙ながらに、そう語った。

「このままでは、私もいずれ……どうかお願いします。私達を助けてください」

 頭を下げる茜さんに猿木さんは聞いた。

「私のことは亡くなった彰浩氏から?」

「はい、そうです。彰浩さんは時々、猿木さんのことを話していました。猿木さんは『アヤカシ』と呼ばれている不思議な生き物が視えると。猿木さんが骨董店を営んでいることも聞いていましたので、ご迷惑かと思いましたが、住所を調べ、お訪ねしました」

「私に相談に来られたということは、茜さんは今回の事件、アヤカシの仕業だと?」

「分かりません。それも含めて調べてほしいのです」

「茜さん。貴方ご自身はアヤカシが視えますか?」

「私は時々、気配を感じるぐらいで、はっきりと姿までは……」

「彰浩氏と茜さん以外の家族の方で、他にアヤカシが視える人は?」

「いません。義父の正敏さんも義母の里見さんもアヤカシを視ることはできませんでしたし、そもそもアヤカシの存在自体信じていませんでした。それは今入院している夫も同じです」

「なるほど」

 猿木さんは納得したように頷く。

「分かりました。なんとかしましょう」

 猿木さんは茜さんに優しく微笑むと、右手を差し出した。茜さんは一瞬、体をビクッとさせたが、直ぐに笑顔でその手を取った。

「あ、ありがとうございます」

 茜さんは嬉しそうに礼を言った。

「と、いうわけだ。米田。よろしく頼むぞ」

 猿木さんは僕に視線を向けると、有無を言わさぬ口調でそう言った。


***


 お茶を飲み終えた猿木さんは茜さんに早速調査を開始すると告げた。

「ですが、その前に今回の事件を解決できた場合、報酬を頂きたいのですが……よろしいですか?」

「もちろんです」

 茜さんは厚みのある封筒をテーブルの上に置いた。

「五十万用意しました。もし、無事に解決できましたら、また更に五十万お支払いします」

 前金で五十万。事件を解決できたら更に五十万。計百万。

 僕はゴクリと唾を飲みこんだ。

「拝見します」

 猿木さんは封筒の中身を確認すると、それを胸ポケットに入れた。

「では、私達が責任を持って事件を解決いたします」

 猿木さんは高らかにそう宣言した。


 家主である茜さんの許可をもらい、猿木さんと僕は早速家の中の調査を開始する。

「ねぇ、猿木さん」

「なんだ?」

「本当にこの事件を解決するつもりなの?」

「もちろんだ。もう金は受け取ったし、事件を解決できれば、さらに五十万が手に入る」

 猿木さんはウキウキした様子で話す。そんな猿木さんに僕は言った。

「でも、危なくない?何人も人が死んでるって……」

「ああ、そうだな」

「ああって……」

 猿木さんは家の中のあちこちに置いてある骨董品をのぞき込む。

 その中の一つに猿木さんは注目した。それは鮮やかな色彩で、『妖怪を食べている龍』が描かれている壺だった。

猿木さんは手袋をはめ、その壺をしげしげと眺め、手に取った。

「魔よけの壺……厄災を喰らう龍か」

 ポツリと呟いた後、猿木さんはその壺を元の場所に置いた。

 手持ち無沙汰な僕は猿木さんに尋ねる。

「ところで、鮫西彰浩さんとは知り合いなの?」

「まぁな」

 猿木さんは頷く。

「彰浩氏は資産家で、骨董品を集めるのが趣味だった」

 なるほど、家中に骨董品があるので誰の趣味かと思っていたけど、彰浩さんの趣味だったのか。

「と言っても、そこまで交流があったわけではない。彰浩氏とは、数回会っただけだ。ただ……」

「ただ?」

「彰浩氏が素晴らしい目利きの持ち主だったことだけは確かだ。どんなに精巧に作られた偽物でも瞬時に見抜くし、一目見ただけで、その骨董品の価値をピタリと正確に当てる。素晴らしい人だったよ」

 猿木さんがここまで人を褒めるのは珍しい。きっと本当にすごい人だったのだろう。

「彰浩さんもアヤカシが視えたの?」

「ああ、私やお前のようにはっきりとアヤカシの姿が視えていた。趣味として、アヤカシのことを研究していたと聞く。もっとも私からアヤカシを買ったことはなかったがな」

「へぇ」

それから一通り、家の中の様子や骨董品を見終えた猿木さんはポツリと呟いた。

「家の中のセキュリティは万全だな……」

「何か分かった?」

「まぁ、ある程度はな」

 そう言うと、猿木さんは何処かに向かって歩き出す。

「どこに行くの?」

「屋根裏だ。確認したいことがある」


 数分後、懐中電灯を手に猿木さんは戻ってきた。当然のように懐中電灯は二つある。猿木さんは、その内の一つを僕に渡した。

「さぁ、行くぞ」

「本当に屋根裏を見るの?」

「もちろんだ」

 猿木さんは首を縦に振る。

「猿木さんは、この家で起きたことをアヤカシの仕業だと思っているの?」

「ああ、一通り家の中を見回したが、まず間違いない。この家の住人の命を奪ったのはアヤカシの仕業だ」

 体中に悪寒が走った。

「ま、まだこの家の中にいるの?」

「ああ、たぶんな」

 猿木さんは、きっぱりとした口調で答えた。

三人を殺し、一人を入院させたアヤカシが、まだこの家の中にいると猿木さんは言う。

「私の見立てでは、そのアヤカシは家のどこかに隠れている可能性が高い。だが、家の中を探してもそのアヤカシはいなかった。だとすれば、屋根裏かもしくは床下に隠れていると思われる」

 猿木さんは押し入れを開け、中の布団を取り出す。

「とりあえず屋根裏を調べるぞ」

「で、でも屋根裏は……」

「お前が言いたいことは分かっている。だが、状況を確認しなければ何にもできない」

「……分かった」

「安心しろ。何かあっても私がお前を守る」

 屋根裏へは押し入れの中から行けるとのことだ。僕と猿木さんは押し入れの中に入る。押し入れの天井の一部は板が外せる構造になっていた。そこから屋根裏をのぞける。板は僕が外した。

「じゃあ、行くぞ」

「う、うん」

「一、二、三!」

 猿木さんの掛け声で、僕達二人は同時に屋根裏をのぞき込んだ。

 僕と猿木さん、二人の懐中電灯で辺りを照らす。

「うあああ!」

 僕は思わず叫び声を上げた。


 屋根裏にはたくさんのアヤカシが蠢いていた。

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