第六章
第36話 侵入
米田を店に残し、猿木は車である場所に向かう。
最初に向かう先は『猿木骨董店』の倉庫。そこにはたくさんの骨董品とアヤカシを封印した壺や小さな瓢箪がたくさんある。猿木は売り物である骨董品とアヤカシを一緒に保管していた。そこにはアヤカシを封じる道具も大量に置いてある。まずはそれを取りに行く。
道具を用意した後は、華我子麻耶の元へと向かい、華我子麻耶に憑いている『白い大蛇』を捕獲する。方法は米田に説明した通り、まず『白い大蛇』が憑いている人間にダメージを与える。
それには、アヤカシを使う。
人間のエネルギーを吸い取るタイプのアヤカシを『白い大蛇』が憑いている人間に憑け、エネルギーを吸わせる。『白い大蛇』もそのダメージを受ければ弱らせられるかもしれない。
だが、ただ単にアヤカシを仕向けただけでは、蝶野のように逆にアヤカシを『白い大蛇』に喰われてしまう。だから、まず『白い大蛇』の注意を逸らす必要がある。
そのために囮のアヤカシをもう一匹用意する。
初めに囮のアヤカシを『白い大蛇』の前に放つ。当然、『白い大蛇』はそのアヤカシを喰うだろう。『白い大蛇』が囮のアヤカシを喰っている隙に、もう一匹のアヤカシを『白い大蛇』が憑いている人間の方に憑け、エネルギーを吸わせる。
もし『白い大蛇』がそれで弱ったら、『白い大蛇』をすかさず封じる。『白い大蛇』に変化がなければ、また別の作戦を考えればいい。
「米田には悪いことをしてしまった」
車を運転しながら猿木は呟く。
偶然とはいえ、米田の知人を二人も殺してしまった。今回ばかりは、流石のあいつも本気で怒っていた。
だが、大丈夫。あいつは私を許してくれる。
「今までもそうだった」
この四年の付き合いで、あいつの性格は分かっている。何度かひどい目に合わせたこともあるが、毎回あいつは私を許した。
今回は許すまで時間が掛かるかもしれない。だけど、あいつはいずれ私を許してくれるだろう。何故なら───
「あいつに憑くアヤカシを祓ってやれるのは私しかいないんだからな」
普通に生きていれば分かりにくいが、死への恐怖とはそう簡単には消せない。
反対に怒り、というのはいずれ風化する。ずっと怒り続けられる人間もいるかもしれないが、米田は違う。根が甘いあいつは怒りを持ち続けることができない。
いずれ米田の中で怒りよりも死への恐怖の方が勝る日が来る。その時、あいつは私を許すだろう。
私の他にあいつに憑くアヤカシを祓ってくれる者でも現れない限り。
倉庫に到着し、車から降りた猿木は、そこである異変に気が付いた。
倉庫の出入り口に張っておいた仕掛けが破れていたのだ。倉庫の鍵も開いている。
「なんだ?」
施していた仕掛けは中にいるアヤカシが万が一、自力で封印を破ったとしても外に逃げないようにするためのものだった。
猿木は一瞬、中にいたアヤカシが外に逃げたのかと思った。だが、違う。
仕掛けは倉庫の外から破られていた。ということは、何者かが仕掛けを破り、鍵を開けて倉庫の中に侵入した可能性が高い。
猿木は慌てて倉庫の扉を開ける。その瞬間「キィイイイイ!」という生き物の悲鳴が倉庫の奥から聞こえた。
「くそっ!」
猿木は覚悟を決め、倉庫の中に入る。
倉庫の中はかなり広い。アヤカシを封じている物は倉庫の奥に保管している。猿木は倉庫の奥まで、慎重に歩を進めていく。
すると、先程まで倉庫中に響いていた生き物の悲鳴が不意に止んだ。代わりに別の鳴き声が聞こえる。
「シュウウウウウウ」
その鳴き声は先程まで倉庫に響いていた悲鳴より小さかった。
だが、その鳴き声は異様なほど耳に響いた。
倉庫の奥までたどり着いた猿木は、骨董品の陰から様子を伺う。
「なっ⁉」
その光景に猿木は我が目を疑った。
猿木が見たのは、自分が捕らえたアヤカシを絞め殺している『白い大蛇』の姿だった。
「キィイ……キキキィ……」
『白い大蛇』に巻き付かれていたアヤカシがぐったりとして動かなくなる。
アヤカシが動かなくなると、『白い大蛇』はそのアヤカシの頭にかぶりつき、あっという間に丸呑みにしてしまった。
アヤカシを飲み込むと、『白い大蛇』は棚にいくつも置いてある壺を見つめた。
その内の一つがパリンと音を立て割れる。壺が割れると、中に封じられていたアヤカシが現れた。『白い大蛇』は現れたアヤカシの首に噛みつき、素早く全身を巻き付ける。
そして、先程と同じようにアヤカシを絞め殺し、丸呑みにした。
(こいつ!)
床には割れた壺や瓢箪の残骸が大量に散らばっている。残骸の量は、倉庫に保管していたアヤカシの半数以上が『白い大蛇』に喰われたことを示していた。
「やめろ!」猿木は物陰から飛び出し、叫んだ。
アヤカシを飲み込んだ『白い大蛇』がゆっくりと、猿木に視線を向ける。
同時に体から 『白い大蛇 』を出している少女も猿木を見た 。
一瞬、猿木はその少女に目を奪われる。
その少女はとても美しかった。
少女は長い黒髪に真っ白なワンピースを身に纏っていた。身長は猿木よりも低いが、ピンと伸びた姿勢はその少女を大きく見せた。澄んでいるその目はまるで湖を連想させる。
相手はその目で猿木のことを見つめている。
猿木はその少女の名を口にした。
「華我子……麻耶!」
名を呼ばれた華我子麻耶は何も言わない。
代わりに彼女から出ている『白い大蛇』が「シュウウウ」と鳴いた。
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