第35話 友人
「米田。私はこれから『白い大蛇』の捕獲に動く。協力してくれ」
猿木さんはそう言って目の前のコーヒーを全て飲み干した。
「僕が協力すると思うの?」
「するさ。お前には私が必要だ」
猿木さんの声は吸い込まれそうなほど優しい。
「私がいなくなったら誰がお前を救う?お前の体質が変わることはない。これからもお前はアヤカシに憑かれるだろう。その時、誰がお前を助けてやれる?」
アヤカシを視ることができる人間は少ない。人に憑いたアヤカシを祓うことができる人間は、視える人間の中でもさらに極僅かだ。
「もし、命を奪うような危険なアヤカシに憑かれたらどうする?そのまま死んでしまうぞ?あの時のように……」
僕の脳裏に猿木さんと出会った時の光景が蘇る。あの時、僕は危険なアヤカシに憑かれ、命を落としかけていた。それを助けてくれたのが猿木さんだ。
「そして、私にもお前が必要だ。アヤカシを引き寄せる体質を持ったお前がな」
猿木さんは、僕の頬にそっと手を伸ばした。
「米田、忘れよう。今日のことは、全て忘れるんだ。目をつぶって、何もなかったことにしよう。そうすれば、私達はまた前の関係に戻れる」
僕は頬に延ばされた猿木さんの手を───
勢いよく振り払った。
「米田……」
「ふざけるな!」
心の底から怒りがまるでマグマのように湧き上がってくる。僕はもう一度「ふざけるな」と叫んだ。
周りの客や店員さん達がチラリとこちらを伺った。だけど、痴話喧嘩とでも思ったのか、皆直ぐに目を逸らした。
「全てを忘れる?そんなことできるわけがないだろう!」
殺された三人の内、一人はこれから小説家として羽ばたいていく人だった。一人は小説に寄り添い、家族を愛する人だった。今も二人の笑顔が脳裏に蘇る。
忘れるなんて絶対にできない。
「僕は君を許さない」
鋭い目で僕は猿木さんを睨んだ。
「許さない……か」
猿木さんはフウとため息をついた。
「だったら、どうする?私の助けがなくて、お前はこれからどうやってアヤカシを祓っていくつもりだ?」
「……」
「それにお前は私のことが許せないというが、私はいったい何の罪になるんだ?」
猿木さんは、軽く首を傾げた。
「人を殺す道具……例えば、拳銃なんかを売ったとしたら確かにそれは罪になるだろう。しかし、『人を殺すアヤカシを売ってはいけない』という法律はどこにもない。法律がない以上裁くことはできない。私を裁くことは誰にもできない。つまり私には罪はないということだ」
「そんなことはない!」
裁くべき法律がなければ、人殺しの原因となった人間には罪がないというのか?そんなことはない。そんなことあってなるものか!
嘲笑を込めた目でこちらを見る猿木さんに僕は言ってやった。
「僕はもうこれ以上、君に協力することはできない。そして、必ず君に罰を受けさせる」
「そうか……」
猿木さんはポケットに手を入れると中からとても小さな瓢箪を取り出した。
「残念だ」
猿木さんは取り出した瓢箪の栓を抜く。すると、瓢箪の中から『猫の頭に蜘蛛の体を持ったアヤカシ』が飛び出してきた。
「キシャアア!」
瓢箪から飛び出したアヤカシは奇声を上げ僕に覆い被さった。瞬間、全身から力が抜ける。
「ぐっ……かっ」
体中のエネルギーをすさまじい早さで吸われている。このままでは……!
「そこまでだ」
猿木さんは僕に覆い被さっているアヤカシの体に瓢箪の口を付けた。
「グギャアアアア!」
すると悲鳴を上げながら、アヤカシは瓢箪の中に再び吸い込まれた。猿木さんは瓢箪に素早く栓をする。アヤカシは離れたけど、吸われたエネルギーの量が多く、僕はその場から動くことも声を出すこともできなくなってしまった。
「米田。私はこれから華我子麻耶の所に行く。そして『白い大蛇』を捕らえる」
「───っ!」
「実はな。『白い大蛇』を捕まえる方法は既に考えてあるんだ」
「……なッ⁉」
大きく目を見開く僕に猿木さんは笑い掛けた。
「『白い大蛇』は確かに強力な力を持っている。私が所持しているアヤカシが束になっても『白い大蛇』には敵わない。だが、今の『白い大蛇』には弱点がある。なんだか分かるか?」
「……?」
「それはな───憑いている人間だ」
「───ッ!!!」
猿木さんは説明する。
「蝶野の時のように、アヤカシが受けたダメージをそのアヤカシに憑かれている人間も一緒に受けることがある。それとは逆に、人間が受けたダメージをその人間に憑いているアヤカシが受ける場合もある。『白い大蛇』が憑いている人間にダメージを与えれば、『白い大蛇』本体にもダメージを与えられるかもしれん」
「……くっ」
「状況から見て『白い大蛇』は憑いている人間の意識を乗っ取っていると思われる。であるならば、憑いている人間と深く繋がっている可能性が高い。憑いている人間と深く繋がっていればいるほどダメージもシンクロしやすくなる」
「うっ……くっ……」
「本当はお前にも協力してもらった方が成功する可能性は高くなるんだが……仕方がない。今のお前は華我子麻耶に私のことを話してしまいかねんからな」
猿木さんは席を立ち僕を見下ろす。
「お前はここでしばらく待っていろ。安心していい。じきに動けるようになる」
猿木さんはテーブルの上に僕と自分の分のコーヒー代を置いた。
「ま……まっ……て!」
「またな。米田」
猿木さんはそう言い残して、店を去った。
この時、僕はどんな手を使っても、猿木さんを止めなければならなかったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます