第34話 Rhabdophis tigrinus

 猿木さんはニヤリと嫌な笑みを作る。

「『カガシマヤ』という名前を並び替えると『ヤマカガシ』という蛇の名前になる」


 ヤマカガシ。全長六十~百二十センチ程の蛇で、本州や四国などに広く分布している日本の固有種。無毒と思われていた時期もあったが、実は短い毒牙が上顎の奥にあることが分かり、猛毒を持っていることが判明した。川の近くや水田など水辺を好み、そこに生息しているカエルを主に捕食している。


「ヤマカガシの『カガシ』とは『カガチ』が変化したものとされている。『カガチ』とは蛇の事を意味する古語だ。つまり『ヤマカガシ』とは『山の蛇』という意味になる。元山の主だった『白い大蛇』にピッタリの名前だと思わないか?」

 伊那後先生は生きている時、こんな事を言っていた。『多分、あの人も蛇が好きだと思うんですよね。ペンネームからして』と。

 伊那後先生が言っていた『あの人』とは華我子さんの事だったのか。

蛇好きの伊那後先生も華我子さんの名前を聞いて、直ぐにそれが『ヤマカガシ』の名前を並び替えたものだと気が付いたのだろう。どこかで『華我子麻耶』という名前がペンネームだと聞いていたのかもしれない。だから伊那後先生は華我子さんも自分と同じく蛇好きなのでは?と思ったのだ。

 だけど、本当は『華我子麻耶』というペンネームは、彼女の正体を現すものだった。

 華我子さんは自分が『山に住んでいた蛇の姿をしたアヤカシ』だと示すために『山の蛇』という意味がある『ヤマカガシ』を並び替え、華我子麻耶というペンネームを作ったということか。

 猿木さんは最初に僕が『華我子麻耶』という名前を口にした時から、華我子さんのことを怪しんでいたのか。相変わらず、頭の回転が速い。そして、それがとても悔しい。

「猿木さん、君は後悔していないの?君が創り出したアヤカシのせいで何人も人が死んだんだよ?」

 少しの間の後、猿木さんは口を開いた。

「後悔は……ない」

 猿木さんはまっすぐ僕を見つめた。

「私は、『猿木骨董店』を守るためならなんでもする。代々受け継がれ、父が大切にしていた『猿木骨董店』を潰すわけにはいかない」

「何人も人が死んでも?」

「ああ。何人も人が死んでもだ。蝶野にアヤカシを売った時、私は覚悟は決めた」

 今、僕の目の前にいる人間はいったい誰なのだろう。少なくとも僕の知っている猿木さんはこんな人ではなかったはずだ。

 いや、違う。それは僕が勝手に思っていただけだ。今更ながら気が付く。僕は僕の勝手な人物像を猿木さんに押し付けていただけだと。

 でも、だけど───

「……猿木さん」

「なんだ?」

「さっき君は蝶野さんが僕を殺そうとするのを止めた理由を『お前が大事だから』って言ったよね」

「ああ、言った」

「それは、僕が友達だから?それとも、ただ単にアヤカシを引き寄せるための道具として必要だから?」

「……」

 僕の質問に猿木さんが答えることはなかった。

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