第12話 杯中の蛇影②
短い間に色んな事があったが小説家となった以上、小説を書き続けなければならない。ありがたいことに『雲薙の剣』は評判もよく、続編の出版が決定した。
今はそのプロットを考えているのだが……。
「う~ん」
なかなか良いアイデアが出ない。一応書いてはみるのだが、どうしてもしっくりこない。書いては消し、書いては消しを繰り返す。
でも、考えるとどうしても頭の中に『白い大蛇』のことが浮かんで集中できない。
(まさか、僕が知っている四人の中の誰かに『白い大蛇』が憑いているかもしれないなんて)
鯰川さんはとても明るい人だし、雀村先生は尊敬する作家で、華我子さんは無口な人だがパーティー会場で僕が動けなかった時、手を引いて助けてくれた。
そして、灰塚さんは僕の担当編集者で恩人だ。
僕は数日前に交わした猿木さんとの会話を思い出す。
「ねぇ、猿木さん。『白い大蛇』に憑かれている人って大丈夫なの?」。
「『白い大蛇』は人間からエネルギーを吸い取るアヤカシではないから、憑かれている人間が死ぬということはない」
その言葉に、ほっとした。しかし、猿木さんは「だが」と続ける。
「憑かれている人間の意識がどうなっているのかは分からない」
「意識?」
「考えられるパターンは二つ」
猿木さんは人差し指と中指を立てる。
「まず一つ目、『白い大蛇』がその人間の体に、ただ隠れている場合。この場合、憑かれている人間の意識はある。アヤカシが視えない人間なら自分に『白い大蛇』が憑いていることすらも気が付いていないだろうな」
「もう一つは?」
「『白い大蛇』が相手の意識を乗っ取っているパターンだ。この場合、憑かれている人間に意識はない。肉体を動かしているのは『白い大蛇』の意識だ」
「意識を乗っ取るって……それじゃあ、『白い大蛇』は憑いた人間の振りをして生活しているかもしれないってこと?」
「そうだ」
猿木さんはあっさりと答える。僕は思わず息を飲んだ。
「……意識を乗っ取られていた場合、その意識は元に戻るの?」
「『白い大蛇』が憑いている人間から離れれば、元に戻るだろう」
僕は拳をグッと握りしめる。なら、『白い大蛇』が誰に憑いているのか早く調べないと。
「猿木さんなら、直接相手を視れば誰にアヤカシが憑いているのか分かる?」
僕は自分に憑くアヤカシなら視ることができるけど、人に憑いているアヤカシを視ることはできない。でも、猿木さんなら……。
だけど、猿木さんは首を横に振る。
「普通のアヤカシなら、人に憑いていても分かるが、元主である『白い大蛇』は無理だ。隠れる力が大き過ぎる」
「じゃ、じゃあ、何か相手に聞いて、その反応で判別するのは?」
「『白い大蛇』が憑いている人間の体の中にただ隠れているだけだとしても、相手の意識を乗っ取っているとしても、会話によって誰に『白い大蛇』が憑いているのかを見分けるのはかなり難しいな。体の中に隠れている場合は本人に憑かれている自覚がない。意識を乗っ取られている場合は憑いている相手の記憶も乗っ取っている可能性が高いため、演技をされると見分けることは難しい」
「そんな……」
「だが、見分ける方法はある」
項を垂れていた僕は勢いよく顔を上げた。
「教えて、どんな方法⁉」
「あるアヤカシを使う」
「アヤカシを?」
猿木さんは右手の親指と人差し指を広げ「これくらいの大きさのアヤカシだ」と言った。
「そのアヤカシはとても細く、紐状の形をしている。普段は青色をしているが、他のアヤカシの匂いを感知すると青色から黄色に変化する」
「じゃあ、そのアヤカシを『白い大蛇』が憑いている人に近づければ……」
猿木さんは「ああ」と首を縦に振る。
「このアヤカシは他のアヤカシの匂いに敏感だ。他のアヤカシの匂いを察知する力は、主が隠れる力よりも強い。人間に憑いているアヤカシの匂いも察知することができるため、アヤカシが憑いている人間の傍に近寄れば色は変化する」
なるほど。確かにそのアヤカシを使えば『白い大蛇が』憑いている人間を見付けることができそうだ。
「どれくらい相手に近づけば、そのアヤカシは反応するの?」
「三メートル以内まで近づけば、確実に反応する」
「三メートルか……」
「ただし、対象の三メートルに近づいても直ぐに色が変わる訳じゃない。できれば十五分以上、三メートル以内にいる必要がある」
「十五分以上……」
「そうだ。見知らぬ人間が対象者の三メートル以内に十五分以上いることは難しい。確実に相手に不審がられる。だから『白い大蛇』が誰に憑いているのかを調べるのは、四人の知り合いであるお前がしなくてはならない」
猿木さんの言う通り、この作戦は顔見知りの方が成功しやすいだろう。
僕は『白い大蛇』が怖い。今まで僕に憑いたアヤカシ達が『白い大蛇』を視た後だと、可愛く思える程だ。正直、『白い大蛇』にはもう二度と関わりたくない。
でも、四人の中の誰かが『白い大蛇』に憑かれていて、意識を乗っ取られているとしたら、助けなければならない。特に、灰塚さんに憑いているのだとすれば僕は何としてでも助けるつもりだ。
死んだ根津には正直言って何の感傷もないが、同じような犠牲者を出さないためにも『白い大蛇』が誰に憑いているのかを特定しておく必要がある。
「米田。一緒に『白い大蛇』を捕まえよう」
昨日、僕は猿木さんに改めてそう誘われた。今度は断らない。
「よろしく、猿木さん」
僕は猿木さんと握手を交わした。最初に出会った時と同じように。
「それで?その紐状のアヤカシはどこにいるの?」
僕が尋ねると、猿木さんはバツが悪そうに頬を掻いた。
「それが今、人に貸していてな。戻って来るのに少しだけ時間が掛かる」
出鼻を挫かれたようで僕は脱力した。
「まぁ、戻って来るのにそんなに時間は掛からないだろう。だが、これまで人を殺したことのない『白い大蛇』が初めて人を殺した。それまで『白い大蛇』が憑いている可能性のある四人にはできるだけ近づかないようにしておけ」
結局、『白い大蛇』が誰に憑いているのかを調べるのは、人に貸しているという紐状のアヤカシが返ってくるまで待つことになった。
(大丈夫かな……)
最初はやる気に満ちていた。
だけど、あれから数日経った今、緊張と恐怖が全身に徐々に広がっていた。
あんなに恐ろしい『白い大蛇』の近くに十五分以上もの間、いなければならない。上手くやれるかどうか、心配になる。
そして、気になることがもう一つ。猿木さんのことだ。
猿木さんと初めて会ってから四年。僕はそれなりに猿木さんのことを知っているつもりだ。なんとなくだが、猿木さんは『白い大蛇』を捕まえることに執着しているように見える。もちろん、相手が大物なので当然といえば、当然なのかもしれないけど。
猿木さんが『白い大蛇』を捕まえようとしているのは、お金や正義感といったこと以外にも何か理由があるような……。
ピリリリリリリリ。
携帯が突然鳴った。ビックリした僕は画面も見ずに反射的に電話に出た。
「もしもし」
「……もしもし」
電話の相手の声はか細く、今にも消えそうだった。
「すみません、どちら様でしょう?」
電話の向こうの声は少しの間沈黙した後、自分の名前を言った。
「伊那後です」
「伊那後さん?」
電話の向こうからとても小さく「はい。そうです」という声が聞こえた。
意外な相手からの電話に驚く。あのパーティー以来だ。
「お久しぶりです。どうかされましたか?」
「……今日、お会いできませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます