第三章

第11話 杯中の蛇影①

 生物の世界は弱肉強食だ。弱き者は喰われ、強き者が喰う。

 でも、生き物の関係は喰う、喰われる関係だけが全てじゃない。生き物は時折、別種の生き物と喰う、喰われる以外の関係を作る事がある。

 それが『共生』だ。

 別種の生き物同士が同じ生活圏内で暮らす『共生』。特に相手と自分、双方に利益のある共生を『相利共生』という。


***


「『白い大蛇』がパーティー会場にいた誰かに憑いていた?」


 猿木さんは驚き、目を見開く。

「どうして、そう思う?」

「『白い大蛇』の体が……大勢の人達の中から伸びていたんだ」

 僕と犯人が揉み合っている間、パーティー会場にいた人の多くは、遠巻きに僕達を見ていた。『白い大蛇』の体はその大勢いた人の中から飛び出していたのだ。

 まるで、ビックリ箱から飛び出したオモチャのように。

「つまり、パーティー会場にいた誰かに憑いていた『白い大蛇』は、頭と胴体の一部だけを出して、犯人に憑いていたアヤカシを捕食した。そういうことか?」

「うん。多分、そうじゃないかと思う」

 猿木さんの言う通り、僕が視た『白い大蛇』の体は全体の一部なのだろう。残りは憑いていた人の中に隠れていた。

「なるほど……な」

 猿木さんは十秒程考える。

「『白い大蛇』が忽然と姿を消した理由は、人間の中に隠れているからだという話を聞いたことがあるが……どうやら正しかったようだな」

 猿木さんは得心がいったという風に笑う。

「でも、チラリと見ただけだから必ずしもそうだとは限らないけど……」

 それにあの時、僕は犯人に襲われていた。極度の緊張の中、自分の記憶がどこまで正しいのかは自信がない。

「いや、私も『白い大蛇』はお前が出席したパーティー会場にいた人間の誰かに憑いていた可能性が高いと思う」

「どうして?」

「そう考えれば『白い大蛇』が犯人を殺したことにも説明が付くからだ」

 猿木さんは自分の考えを検証するかのようにゆっくりとした口調で話す。

「『白い大蛇』が犯人を殺したのは、報復だったんじゃないか?」

「報復?」

「パーティー会場に乱入した男は、その場にいた人間に対して無差別にナイフを振るった。そうだな?」

「うん」

「『白い大蛇』がパーティーに参加した人間の誰かに憑いていたとしたら、その人物は犯人に襲われた可能性がある」

「あっ!」

 確かにそうだ。『白い大蛇』があの場にいた人間の誰かに憑いていたとすれば、その人間は犯人の根津にナイフで傷つけられた可能性がある。

 いや、傷つけられなかったとしても、追い掛けられたりはしたかもしれない。『白い大蛇』が憑いた人物を襲うということは、『白い大蛇』に攻撃をしたのと同じことだ。『白い大蛇』が自分を攻撃した根津に怒り、報復したとしても不思議ではない。

「犯人は知らずに『白い大蛇』の怒りに触れたのかもしれないな」

 猿木さんは呟くように言った。

「念のために確認するが、お前は『白い大蛇』がどの人間に憑いていたのかは視えなかったんだな?」

「うん。パーティー会場には人が大勢いたし、犯人に襲われていてそれどころじゃなかったから……」

「まぁ、そうだろうな」

 猿木さんは少し考える。

「パーティー会場を撮影した写真や動画はあるか?もしかしたら『白い大蛇』が誰かの体から出ている瞬間が映っているかもしれない」

「ああ、そうか!」

 アヤカシが視える人間でも、視え方は人によってそれぞれ違う。

 常時見える人間もいれば、一瞬しか視えない人間もいる。肉眼では視えるが写真、動画越しでは視えない人もいる。反対に肉眼では視えないが写真、動画越しなら視える人もいる。

 また、今までアヤカシが視えなかった人間でも、何かのきっかけで視えるようになる人もいる。

 僕と猿木さんは肉眼だけじゃなく、写真や動画越しでもアヤカシを視ることができるため、写真や動画に『白い大蛇』が映っていればそれを視ることができる。

 でも、犯人に襲われていた僕にはとても写真や動画を撮る余裕はなかった。ということは写真か動画を撮っていた誰かに頼んで送ってもらうしかない。でも、あの騒ぎの中、写真や動画を撮っていた人間なんて……。

「そういえば!」

 僕は思わず声を上げた。

「もしかして、蝶野さんなら!」

「……蝶野?」

「僕と同じ小説家で、時期に新連載を開始した人だよ」

確か犯人の根津が乱入してきたのは、蝶野さんが鯰川さんの動画を撮り始めたばかりの時だった。動画を停止させる余裕はなかっただろうから、動画は撮影したままになっていたかもしれない。

「そいつの連絡先は分かるのか?」

「うん」

根津がパーティー会場を襲撃する前、蝶野さんの提案で僕達は互いの連絡先を交換しておいたのだ。

「じゃあ、その蝶野という女に連絡して、もし動画が撮れているのなら、送ってもらってくれ。確認してみよう」

「……うん、分かった。聞いてみる」

 僕は蝶野さんに『パーティー会場で犯人が襲ってきた時の動画はありますか?』とメッセージを送った。数分で返事が来た。

『はい、動画を消す余裕がなくて撮影したままになっていましたので。でも、どうしてですか?』

 僕は頭を振り絞り、動画を送ってもらう口実を考える。

『次回の小説のネタに使おうかと考えているんです』

 こんな要求は不謹慎と思われるかもしれないが……どうだろう?

『ああ、なるほど。そういうことならいいですよ』

 どうやら、蝶野さんは特に疑問に思うこともなく、納得してくれたようだった。

 一安心していると、さっそく動画が送られてきた。

『ありがとうございます』

『いえいえ、また何かあればいつでもどうぞ~』

 蝶野さんとのやりとりを終えると、早速送られてきた動画を猿木さんと一緒に確認する。

『じゃあ、鯰川さんだけ撮りま~す』『どうぞ、どうぞ!』

 動画にはあの時のパーティー会場の様子が映っていた。皆笑顔だが、その後すぐに笑顔は消え、悲鳴が上がる。犯人の顔が映ると画面が大きくぶれた。

 悲鳴を上げ、逃げ惑う人々がしっかりと映っている。

『米田さん!』

 誰かの叫び声が聞こえた。画面は、床に倒れている僕と僕に馬乗りになってナイフを突き刺そうとしている犯人の姿を映した。

 その時だ。

『シュウウウウウウ』という不気味な音が入った。

 そして、巨大な『白い大蛇』が姿を現す。

「これだよ。これが『白い大蛇』だよ」

 あの時は余裕がなかったが、こうして改めて見るとその迫力に圧倒される。

 それから『白い大蛇』は僕の記憶通り、僕達に近づくと、根津からアヤカシを引き抜き、そのアヤカシを食べ始めた。

 だけど、肝心の『白い大蛇』の体の先がどこから伸びているのか、映っていない。じれったく見ていると『白い大蛇』がアヤカシを食べ終えた。同時に根津がバタリと倒れる。

『米田さん!』

 蝶野さんの声が聞こえた。画像が大きく揺れる。

「停止しろ!」

 猿木さんが叫んだ。僕は慌てて動画を止める。

「戻してくれ」

「わ、分かった」

 言われた通り動画を戻す。猿木さんはまた「止めろ!」と叫んだ。慌てて停止する。

「見てみろ」

 猿木さんは画面のある部分を指さした。

「これは!」

 僕は画面を食い入るように見つめる。

「やはり『白い大蛇』は人間に憑いていたようだな」

 猿木さんは嬉しそうにニヤリと笑う。

 画面には人の体から『白い大蛇』の一部が飛び出している様子がしっかりと映っていた。

「でも……これって」

 動画には確かに人の体から『白い大蛇』が飛び出している様子が映っている。

 だけど、問題が二つある。

 一つ目は『白い大蛇』の体の先には人が『四人』いたことだ。

 位置の関係と四人が固まるように立っているせいで、誰の体から『白い大蛇』が出ているのかは残念ながらよく分からない。

 そして、二つ目の問題は……。

「どうして……」

 僕が呟くと、猿木さんは直ぐにピンと来たようだった。

「知り合いか?」

「……うん」

 そこに映っていた四人は、僕が知っている人達だった。

 僕は猿木さんに四人の名前を伝えた。猿木さんは確認するように四人の名前を復唱する。


「華我子麻耶、鯰川雷太、雀村茂。そして、お前の担当編集者である……灰塚正人」


 猿木さんは確信を込めた口調で言った。

「この四人の中の誰かに『白い大蛇』は憑いている」

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