第9話 灰吹きから蛇が出る③
ピリリリリリリ。
携帯の着信音で僕は目を覚ました。時刻を確認すると、もう朝の十時を過ぎている。少々寝過ぎてしまったようだ。
携帯の画面には知らない番号が表示されている。眠い目を擦りながら僕は電話に出た。
「はい。もしもし」
『もしもし、米田さんの携帯で間違いないでしょうか?』
「はい、そうですが……」
『私、東署の橋田です。昨日事情聴取をした』
「ああ……」
確かに昨日、僕に事情聴取をした刑事さんの声だ。
「昨日起きたことは全部話しましたけど、まだ何か?」
『ええ、実はですね。昨晩、パーティー会場を襲った犯人なんですが……死亡しました』
「え⁉」
思わず、携帯電話を落としそうになった。一気に目が覚める。
「死亡した?」
オウム返しする僕に、橋田刑事は重い声で「はい」と答えた。
『そのことについて、聞きたいことがありますので、お手数ですが、警察署まで来ていただいてもよろしいでしょうか?』
「わ、分かりました……」
僕はベッドから飛び降りると、急いで身支度を済ませ、家を出た。
「ああ、先生。昨日はどうも」
警察署に着くと、橋田刑事が待っていた。
「わざわざご足労いただき、申し訳ありません。本来ならこちらからお伺いするのですが、今、バタついていまして」
「いえ、大丈夫です。それよりも犯人が死んだって」
「ええ、その事でお呼びいたしました」
「何があったんですか?」
「それがですね……」
橋田刑事は昨夜、何が起きたのか教えてくれた。
犯人の根津は逮捕された後、留置所に収容された。収容された根津はパーティー会場で暴れたとは思えないほどおとなしくしていたそうだ。
ところが昨晩の十一時頃、突然根津が苦しみだした。根津と同じ留置所に収容されていた他の人間がそれに気付き、慌てて看守を呼んだ。
看守が来た時には、根津の顔は真っ青に染まっていたという。直ぐに医者が呼ばれたが、根津はそのまま亡くなった。
「詳しくは司法解剖の結果待ちですが、不審な点がいくつかありましてね……」
戸惑いが混じった声で橋田刑事は説明する。
「まず一つ目。根津の死因なんですが、何かに強く締め付けられたことが原因である可能性が高いとのことです」
「締め付けられた?」
「ええ。根津の全身には、とても太い紐のような跡が残っており、さらにあちこちの骨が折れていました。完全に砕かれていた骨もあるそうです」
「そ、それで?」
「医者が言うには直接の死因は胸部圧迫による心停止とのことでした。体に何かが強く巻き付き、それが心臓の動きを止めた……とのことです」
「何かとは?」
「ええ、それが二つ目の疑問なのですが……」
橋田刑事の声にさらに困惑が混じる。
「根津は死ぬ前に言っていたそうです。『蛇』……と」
蛇。その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓の鼓動が一気に早まった。
「『蛇』って……あの生き物の蛇ですか?」
「ええ、おそらく」
橋田刑事は自分の首を触る。
「犯人の根津は死ぬ直前に『へ……ビ……へ……ビ』と呟いていたそうです。根津と同じ部屋に収容されていた人間や看守も聞いていますから間違いありません」
「じゃあ……犯人は蛇に締め付けられて死んだと?」
「いえ、それが……その場にいた人間は誰も『蛇なんて見ていない』って言っているんですよ」
「誰も?」
「はい。実際、留置所内やその付近を捜査しましたが、蛇は一匹も発見できませんでした」
「……どこかに逃げたとか?」
「留置所の外も含め、徹底的に調べましたが、やはり蛇は発見できませんでした。そもそも、そんな大きな蛇が留置所の中にいたとはとても……」
「そうですか」
「今日、米田さんに来ていただいたのは、そのことについて聞きたかったんですよ。何か蛇について心当たりありませんか?」
「僕が……ですか?」
「はい、例えば根津ともみ合った時、根津が蛇と言っていたとか。もしくは……」
橋田刑事は僕の耳元に囁くように言った。
「どこかで蛇を見たとか」
僕は感情を顔に出さずに首を横に振り「いいえ」と答えた。
「犯人は蛇について何も言っていませんでしたし、僕もそんな蛇を見たことはありません」
橋田刑事は一瞬、目を細めたが「そうですか」と残念そうに嘆息した。
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