第8話 灰吹きから蛇が出る②
「俺は……どうして、あんな事を……」
留置所の中で根津博義は、深く後悔していた。
小説家になるのが長年の夢だった。根津は毎日小説を書き、完成した小説を出版社に送り続けた。
でも、血の滲むような思いで書いた小説が受け入れられることはなかった。何度もボツとなり、新しい小説を書き直す日々。夢が諦めきれず年齢も、もう四十近い。
家族や友人達からは何度も「もう諦めろ」と言われた。でも、諦められなかった。どうしても夢を叶えたかった。
だけど、夢が叶うことはなかった。
ある日、声が聞こえた気がした。『悪いのはお前じゃない。周囲の人間だ。お前の夢が叶わないのは周囲の人間が悪いのだ』と。
そして、その声は言った。『復讐しろ』と。
気が付くと根津はナイフを片手に、毎回小説を送っていた出版社、スカイ文庫が主催するパーティーに乗り込んでいた。
「俺は……俺はなんで……あんな……恐ろしいことを」
逃げ惑う人達の悲鳴、恐怖に引き攣った顔、人を切った時の感触。全て覚えている。
だけど、どうしてあんな事をしてしまったのか……何故、無意味な逆恨みの復讐をしようと思ってしまったのか。それだけが分からない。
自分の小説を認めない人間に苛立ちや怒りを覚えたことはある。だが、その度に根津は『いつか、見返してやる!』と奮起していた。
いつか、面白い小説を書いて自分を馬鹿にしていた連中を見返してやる。それこそが、最高の復讐になる。そう思っていた。
そのはずなのに。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
根津は涙を流し、傷つけてしまった人達に、何度も何度も心の底から謝罪をする。
その時、何かが自分の前をシュッと横切ったような気がした。根津は顔を上げるが、周囲には何もいない。
錯覚か?そう思った。
だけど、体に違和感を覚えた。何かが自分の体を這っている。そんな感覚。根津は自分の肩に顔を向けた。
大きな白い蛇が根津の顔をジッと見ていた。
根津の目と蛇の目が合う。
「ひっ……」
悲鳴を上げようとした根津の首に白い蛇が巻き付いた。白い蛇は凄まじい力で根津の首を絞める。
「がっ……」
根津は自分の首を絞める白い蛇を剥がそうとした。だが、剥がれない。大きな白い蛇は首だけでなく、腕や胴体、足にも巻き付いていく。
ボキッ、ボキッ。骨が砕ける鈍い音が聞こえた。
「おい、どうした?」
同じ留置所の部屋にいた他の人間が、根津の異常に気付く。
「大丈夫か⁉」
「看守を呼べ!」
「おい、看守!大変だ!早く来い!」
騒ぎを聞きつけた看守達が慌てて部屋の中に入る。
「どうした⁉」
「大丈夫か?しっかりしろ!」
「ヘ……ビ……ヘ……ビ……」
息ができず、意識が遠のいていく。最後に根津が見たのは、自分の体を締め付ける冷たい蛇の目だった。
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