第二章
第7話 灰吹きから蛇が出る①
「なるほど……犯人は小説家志望で何度も小説を投稿していましたが、連載には至らなかった。その逆恨みで出版社のパーティー会場を襲った。ということでよろしいですか?」
「多分、そうだと思います。そんなことを言っていましたから」
「なるほど。犯人をご存じですか?」
「いえ、全く知らない人です」
僕は今、橋田という女性警官に事情聴取を受けている。
あれから、犯人の男はやって来た警察によって逮捕され連れて行かれた。怪我をした人はいたが、死亡者が出なかったことがせめてもの幸いだ。
僕もナイフで腕を少し切られたが、蝶野さんが自分のハンカチで僕の傷口を抑えていてくれたら直ぐに血は止まった。念のため病院で見てもらったが、傷は浅く、腕の機能に問題はないとのことだった。
蝶野さんのハンカチを血で汚してしまったので、今度新しいハンカチを買って渡すことにしようと思う。
「長い時間、ご協力していただきありがとうございました。今日はもう帰っていただいて大丈夫ですよ。もしかしたら、後日もう一度お話しをお聞きするかもしれませんが、その時はまた、ご協力お願いします」
「分かりました。では、失礼します」
僕がその場を後にしようとすると、橋田刑事は「ああ、最後に一つだけよろしいですか?」と聞いてきた。
「現場に駆け付けた警察官の話ですと、犯人は気を失っていたそうですが……米田さん。犯人に何かされましたか?」
僕は首を横に振る。
「……いいえ、僕は何もしていません」
「そうですか……いえ、不快な質問をして申し訳ありませんでした。念のための確認ですので」
橋田刑事はペコリと頭を下げる。
「他の皆さんも『犯人は米田さんをナイフで襲っている途中で急に気を失った』とおっしゃられていますからね。恐らく、極度の興奮で気を失ったのでしょう」
橋田刑事は納得するように頷いた。
「すみませんでした。今度こそ本当に帰っていただいて大丈夫です」
「では失礼します」そう言って、僕はその場を後にした。
暗い夜道を歩きながら、僕はさっきの光景を思い出していた。
突如、パーティー会場に現れた『白い大蛇』。『白い大蛇』は大きく口を開けると、犯人の男に噛みつき、男から『それ』を引き抜いた。
「ピイイイイイ!」
甲高い悲鳴が上がる。『白い大蛇』は口に大きなアヤカシを咥えていた。
そのアヤカシは全身が毛で覆われており、首から上は人のような顔。首から下は鼠のような姿をしていた。
鼠のような姿をしたそれは、犯人に憑いていたアヤカシだった。『白い大蛇』は犯人に憑いていたアヤカシを、犯人の体から引き抜いたのだ。
「ピイイイイ、ピイイイイイイ!」
捕えられた『鼠のようなアヤカシ』は『白い大蛇』から逃れようと必死に暴れる。だが、『白い大蛇』は決して離さない。『白い大蛇』は自分の巨体で『鼠のようなアヤカシ』に巻き付き、縛り上げた。
そして『鼠のようなアヤカシ』の頭に噛み付き、そのまま飲み込み始める。
口を信じられない程大きく開き、『白い大蛇』は『鼠のようなアヤカシ』を自分の体の中に収めていく。『白い大蛇』は、そのまま『鼠のようなアヤカシ』を丸呑みにしてしまった。
その瞬間、犯人の男は糸が切れた操り人形のごとくバタリと倒れた。
獲物を丸呑みにした『白い大蛇』は満足そうに大きな欠伸をすると、僕を一瞬だけ見て、消えてしまった。
家に帰って来た僕は、倒れるようにベッドにダイブした。色々あって疲労が蓄積した僕の体は、すぐに眠りにつこうとする。
(まさか、犯人にアヤカシが憑いていたなんて……しかも、そのアヤカシを猿木さんから聞いていた『白い大蛇』が食べるなんて……)
犯人に憑いていた、『鼠のようなアヤカシ』。
きっと犯人はあのアヤカシに心を乱されたのだと思う。アヤカシの中には、憑いた相手の怒りや苛立ちといった負の感情を増幅させるものがいる。犯人はたぶんそういった負の感情を増幅され、今回の犯行に及んだのだろう。
そうであるなら、アヤカシがいなくなった今、犯人は強い罪悪感や後悔の念を抱いているに違いない。
同情する気持ちがないわけではない。だけど、僕にはどうすることもできない。『犯人はアヤカシに憑かれていました。だから刑を軽くしてください!』などと言った所で誰も信じはしない。頭がおかしい奴と思われるのがオチだ。
犯人に対して、僕ができることは残念ながら何もない。
(明日……猿木さんに……『白い大蛇』の事を……話さないと)
瞼が完全に落ちる。そのまま僕は、深い眠りについた。
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