第4話 白い大蛇④

 自分の家に帰るとすぐに携帯電話が鳴った。画面には見知った名前が表示されている。

「もしもし、米田です」

『あ、米田さんですか?お疲れ様です。灰塚です』

「お疲れ様です」

 灰塚さんは僕が小説を送っている出版社、スカイ文庫の編集者だ。僕の小説を何度も見てくれている。

『今回、米田さんが書いていただいた小説なんですが───』

「はっ、はい!」

 思わず背筋がピンと伸びた。心臓の鼓動が早くなる。

『申し訳ありません』

 その一言で僕は全てを察した。

「そうですか……」

『本当に評判は良かったんですよ。編集長も良いんじゃないかと言ってくれましたし……』

 灰塚さんは申し訳なさそうな声で何度も「本当に残念です」と呟いた。

「灰塚さんのせいじゃありませんよ。面白い作品を書けなかった僕のせいです」

「米田さん……」

「面白い作品ができたら、また見ていただいてもよろしいですか?」

「はい、もちろんです!」

 それから一言、二言、灰塚さんと言葉を交わし、通話を切った。

「はぁ……」

 電話を切り終えた僕は大きく嘆息した。灰塚さんには強がって見せたものの、やはりショックは大きい。

「いや、ダメだ。ダメだ!」

 こんな風に落ち込んでいたら、ダメだ。こんな気持ちでは良い小説は書けない。

 それに、暗い気持ちでいるとアヤカシに憑かれやすくなってしまう。せっかく猿木さんに取ってもらったばかりだというのに。

「よし、また書くぞ!」

 自分の頬を叩き気合を入れる。それから、僕はパソコンの電源を入れ、新しい小説を書き始めた。


***


 それから数か月たったある日の日曜日。僕はあるパーティーに参加していた。

「では、挨拶はこれくらいにして皆さん、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」

 皆がグラスを高く掲げ、周りにいる人間とグラスを合わせる。乾杯が終わると、ある人が話し掛けてきた。

「お疲れ様です。米田先生」

「お疲れ様です。灰塚さん」

 僕は自分の担当編集者である灰塚さんにペコリと頭を下げた。

「どうですか、パーティー?楽しんでいますか?」

「はい、まぁ……」

 正直緊張でそれどころではない。何故なら、有名な小説家の先生達がたくさんいらっしゃるからだ。


 僕の小説が本になったのはつい、最近の事だ。

 前の小説がボツになった後、死に物狂いで書いた小説の連載が決まったのだ。

 連載が決まってからの日々は目まぐるしいものだった。灰塚さんと何度も打ち合わせを重ね、出版に至った。あっという間の日々だった。

 本屋で自分の本が並べられた光景を初めて見た感動を僕は一生忘れることはないだろう。

 小説の売り上げは空前絶後の大ヒット……とはいかないが、そこそこ売れているとのことで、ほっと胸を撫で下ろしている。


 本が出版されてからしばらくして灰塚さんから連絡があった。

『米田先生。再来週の日曜日開いていますか?』

 連載が決まったのをきっかけに灰塚さんは僕のことを「先生」と呼ぶようになった。

「空いてますけど……打ち合わせですか?」

『いえ、実はうちの出版社、今年でちょうど創業五十年を迎えるんですよ。それを記念して、再来週の日曜日にパーティーが開かれるんです』

「へぇ、そうなんですか」

『そのパーティーなんですが、うちの出版社で連載している作家の先生方も出席していただくことになってるんですよ』

「もしかして、そのパーティーに僕も?」

 灰塚さんは『はい』と肯定する。しかし、本が出版されたとはいえ、連載して間もない僕が出席してもいいのだろうか?

『大丈夫ですよ。新人作家の先生も多く参加されるそうですので』

「あっ、そうなんですか」

『米田先生はいかがなされます?パーティーに出席されますか?』

 人の多い場所は苦手だが、パーティーがどんなものかは興味がある。もしかしたら、有名な小説家の方々にお会いできるかもしれない。

「はい、参加します」

 僕は軽い気持ちでパーティーへの参加を決めた。あんなことが起きるとも知らずに。

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