第2話 白い大蛇②

 それから、今に至る。

 僕は四年の付き合いで、猿木さんの事を少しずつ理解していった。

 猿木さんはとても整った顔をしている。その顔と甘く低い声は多くの人間を魅了させ、虜にする。背は高く、運動神経も抜群のためスポーツは何でもできる。さらに頭もよい。

 そんなハイスペックな猿木さんは当然のように女性にモテる。

 街を歩けば必ずと言っていいほど女性に声を掛けられる。全くもって羨ましい。

 

 猿木さんは普段『猿木骨董店』という骨董店の店主をしている。先祖代々受け継いできた骨董店で、猿木さんが十一代目になる。父親が病気で倒れたのを機に商売を受け継いだとのことだ。

 でも、それは猿木さんの表の顔。猿木さんにはもう一つの顔がある。

 猿木さんの家系は代々、アヤカシを封印する能力を有していた。猿木さんの一族は昔からアヤカシを封印し、それを売るという商売を骨董店を営む裏で続けてきたのだそうだ。

 そして、それは今も続いている。

 アヤカシを視たり触れたりできる人間は少ないが、それを封じたり祓ったりできる人間はさらに少ない。

「アヤカシが売れるの?」

 と以前、聞いたことがある。猿木さんは「売れる」と即答した。

 猿木さん曰く、アヤカシを視ることができる人間の中にはペットを飼うのと同じ感覚でアヤカシを飼育する人間や、アヤカシが持つ力を利用する人間がいる。

 ひと月に五、六人ほど全国からアヤカシを買い求める人間がやって来るとのことだ。

 アヤカシを飼うなど僕にはとても信じられないが……人の趣味はアヤカシと同じで多種多様だ。

 猿木さんが僕に憑いたアヤカシを無償で封印してくれるのも、商売のためだ。猿木さんは僕に憑いていたアヤカシを封じた後、そのアヤカシを売っている。

猿木さんは僕から取ったアヤカシを売ってお金を得ることができ、僕は憑いたアヤカシを取ってもらえる。

 猿木さんと僕は、互いに利益を得られる非常に良好な関係だと言えるだろう。

 ちなみに封印し、集めたアヤカシは店から歩いて五分程の倉庫に骨董品と一緒に保管されている。そこには僕に憑いていたものだけではなく、猿木さん自身が捕獲し、封印したアヤカシも保管されている。

「コーヒー飲むか?」

「うん。お願い」

「分かった」

 猿木さんは、キッチンに向かいお湯を沸かす。

「最近、調子はどうだ?」

 一仕事を終え、高く売れそうなアヤカシを手に入れた猿木さんはとても機嫌がよく、その声は非常に明るい。

「そうだね。まぁまぁだよ」

「小説はまだ書いているのか?」

「うん」

 実は僕は小説家志望で、いくつもの作品を書いては出版社に送っている。

「でも、中々上手くいかなくて……」

「アルバイトは?」

「まだ続けているよ。食べていけないからね」

「そうか」

 猿木さんは袋からコーヒーの豆を出し、それを挽く。

「米田。お前、いくつだっけ?」

「二十三だけど?」

「何度も言うが、小説なんて諦めて、うちで働かないか?」

「何度も言うようだけど、お断りさせていただきます」

「給料は弾むぞ?」

「いいよ。どうせ、僕の体が目当てなんでしょ?」

「誤解されそうな言い方だが、まぁ、間違ってはいないな」

 僕が店で働けばアヤカシが寄ってくる。猿木さんはそのアヤカシを狙っているのだ。アヤカシを引き寄せる僕は、他にも色々と利用価値がある。

 確かに、猿木さんの所で働けばお金には困らないのかもしれない。猿木さんには大きな恩もある。でもアヤカシがいる場所で働くのは気乗りしない。

 それに、僕はあくまで小説家になりたいのだ。

「この前出版社に送った小説は評判がいいんだよ」

「そうなのか?」

「うん。編集の人も『これは面白い』って言ってくれて……もしかしたら、連載されるかもしれない」

 猿木さんは興味もなさそうに「ふぅん」と言った。

「ま、期待せずにいろよ。駄目だった時のダメージが少なくなる」

「なんでそんなこと言うの⁉」

 普通そこは「頑張れ」と励ましてくれるところではないだろうか?

 猿木さんは「くっくっく」と楽しそうに笑っている。こんな風に猿木さんはすぐ僕をからかう。

「猿木さんは……絶好調みたいだね」

「おかげさまでな」

 猿木さんの商売は、裏だけでなく、表の商売である『猿木骨董店』もかなり評判が良い。

 逸品が揃っており、多くの骨董好きに好かれている。その中には大学教授や医者など社会的地位の高い人間も含まれている。何度かテレビでも紹介されたことがあるほどだ。

 お互いの近況について一通り話合うと、不意に猿木さんがこんなことを聞いてきた。

「ところで、米田。お前は最近『白い大蛇』を見たことがあるか?」

 突然蛇の話になり、僕は困惑する。

「『白い大蛇』?この前、小説のネタ探しに動物園へ行った時、そこでニシキヘビは見たけど……」

 僕がそう答えると、猿木さんは首を横に振った。

「いや、そうじゃない。『白い大蛇』は現実の蛇ではなく───アヤカシだ」

「ああ……アヤカシね」

 アヤカシの中には皆が視ることができ、触ることができる普通の生き物に酷似している種類も多い。もちろん姿形が似ているだけで、全く別の生き物だけど。

僕が「見たことない」と答えると、猿木さんは「そうか」と言って頷いた。

「その蛇のアヤカシがどうかしたの?」

「そうだな。教えておこう。アヤカシを引き寄せるお前の事だ。どこかでひょっこり遭遇するかもしれない」

 猿木さんは僕の向かいに座ると、コーヒーの入ったカップを僕と自分の前に置いた。

 コーヒーのいい香りが漂う。

「『白い大蛇』は元々、蛇ノ山という山に住むアヤカシの頂点に立つ存在───『主』だった」

「……主」

 生き物の世界は弱肉強食。それはアヤカシの世界でも同じだ。弱ければ喰われ、強ければ喰う。

 その厳しい弱肉強食の世界で生き残り、その土地の生態系の頂点に立ったアヤカシ。そのようなアヤカシのことを『主』という。

 主は普通のアヤカシとは比べ物にならない力を持っている。地域によっては主となったアヤカシを土地神として祀っている場所もある程だ。

 これは、前に猿木さんに教えてもらった知識だ。

「だが、ここ十数年の間、『白い大蛇』は人間が多く住む都会に出没するようになった」

「えっ?」

 基本的に主が自分の住んでいる土地から離れるということはまずない。その土地の頂点である主がわざわざ、よその土地に移るメリットがないからだ。

 主が自分の土地から離れるのはよっぽどの理由……例えば、その土地が急激に汚染され、住めなくなった場合や餌が不足した時などだ。

 だけど、『白い大蛇』が自分の土地を離れたのは、土地の汚染が原因でも餌が不足したためでもないと猿木さんは言う。

「『白い大蛇』は自分の意志で住んでいた土地から出たんじゃない。追い出されたんだ」

「追い出された?」

「ああ。『紅い蠍』と呼ばれている異国のアヤカシにな」

 猿木さんは詳細を教えてくれた。

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