相利共生
カエル
第一章
第1話 白い大蛇①
彼を見た瞬間、私は『運命』を感じた。
彼は私にとって、とても大切な存在になると。そして、私も彼にとって大切な存在になるだろうと。
その予感は当たった。彼は私にとって、とても大切な存在となり、私も彼にとって大切な存在となった。
***
「じゃあ、始めるぞ」
「うん、お願い」
その日、僕───米田優斗はある目的のため、友人である猿木さんの家を訪れていた。
猿木さんは、椅子に座る僕の背後に回ると僕の首を掴む。そして、一気に『それ』を僕から引き抜いた。
「キイイイイイイイ」
僕の中から出てきた『それ』は『兎のような頭に猫のような体、そして蝙蝠のような翼をもつ生き物』だった。その『生き物』は僕から引き抜かれると同時に甲高い声で鳴いた。
猿木さんは小さな瓢箪を素早く取り出し、その口を『生き物』に当てた。すると、まるで掃除機のように『生き物』はあっという間に瓢箪の中に吸い込まれた。
『生き物』が瓢箪の中に吸い込まれると、猿木さんは瓢箪の口に蓋をする。『生き物』を封じた瓢箪を猿木さんは大切そうに箱の中にしまった。
「よし、終わったぞ。これでしばらくは大丈夫だろう」
「ありがとう」
フゥと息を吐く。やっと重い倦怠感から解放された。
この世界には色々な生き物がいる。
生き物は様々な種類に分類されているけど、中にはどの分類にも属さない生き物がいる。その生き物は普通の人間の目には視ることも触ることもできない。
だけど稀に、その『生き物』達を視ることができる人間がいる。視える人達は、この『生き物』達をこう呼んでいる。
アヤカシ、と。
アヤカシの種類は多種多様で大きさや形、性質は種類によってそれぞれ違う。そして、食べる餌もアヤカシによって異なっている。
僕は『アヤカシを引き寄せる』という特別な体質を持っている。
アヤカシの中には動物が発するエネルギーを餌とする種類がいるけど、僕はそういった種類のアヤカシがよく寄ってくる。
血液型がO型の人が蚊に刺されやすいのと同じで、僕から発せられるエネルギーはアヤカシに好まれるのだそうだ。
「今回は中々の大物だったな」
猿木さんはアヤカシを封じた瓢箪を入れた箱を見ながら、「これは、高く売れそうだ」と上機嫌に笑っている。
「それは……よかったね」
僕はぐったりとしながら応えた。
猿木さんは僕と同じくアヤカシを視ることができる人間で、アヤカシのことにとても詳しい。
しかも、猿木さんはアヤカシが視えるだけじゃなく、アヤカシを瓢箪や壺といったものに封印することができる。これは、アヤカシが視える人間の中でも極少数の人間にしかできないことだ。
そして驚くべきことに、猿木さんは封印したアヤカシを人に売っているのだ。
僕と猿木さんの付き合いは四年にも及ぶ。
ある日、僕はとてつもなく大きなアヤカシに憑かれた。それは全身が影のように黒く、大きな目が一つだけあるアヤカシだった。
小さなアヤカシに憑かれた場合、体調に少し影響が出るけど、数日もすればアヤカシは離れていくからそれまで辛抱すればいい。
だけど、その日僕に憑いたアヤカシはヒグマ以上の大きさがあった。憑かれてからすぐに体調が悪くなり、五分もしない内に倒れて動けなくなった。
アヤカシに憑かれることには慣れていたが、ここまで巨大なアヤカシに憑かれるのは初めてだった。
(これは……まずい……)
どんどん意識が薄れていく。声も出ない。
(ああ……もう……ダメだ)
薄れゆく意識の中、僕は死を覚悟した。
すると、倒れている僕の上から声が聞こえた。
『お前、凄い奴憑けているなぁ……』
その人は、スッと小さな瓢箪を取り出した。そして、その瓢箪の口を僕に憑いている一つ目の巨大なアヤカシに当てた。
ギイイイイイイイイ。
僕に憑いていたアヤカシは、鼓膜が破れるかと思うほど鳴き、瓢箪の中に吸い込まれた。
アヤカシが瓢箪の中に吸い込まれると、体が軽くなった。朦朧とした頭を上げる。そこにいた人はアヤカシを吸い込んだ瓢箪を見ながら僕に声を掛けた。
『大丈夫か?』
『えっ……えっ?』
『大丈夫か?』
『あっ、は、はい。大丈夫……です』
『そうか、それは良かった』
その人は、瓢箪をしげしげと眺めている。
『君、もしかして引き寄せる体質か?』
『えっ?』
『アヤカシだよ。こういう奴にはよく憑かれるのか?』
『はっ、はい。あんなに大きいものに憑かれたのは初めてでしたけど……』
『そうか……』
その人は何かを考えるように自分の顎を触る。
『なぁ、取引しないか?』
まだ、うまく頭が働かない僕にその人はそんな事を言ってきた。
『……取引?』
『君にとっても利益がある取引だよ』
その人はニタァと笑った。その邪悪な笑みは今でも忘れられない。
取引の内容はこんなものだった。
≪今後、僕がアヤカシに憑かれた場合、僕に憑いたアヤカシはその人が無償で取り除いてくれる。ただし、取り除いたアヤカシの所有権はその人にある≫
取引の内容を聞いた時、僕が真っ先に思ったのは「それでいいの?」だった。
だって、僕にとってデメリットが全くない。取り除いたアヤカシなんて別にいらないし、憑いたアヤカシを無償で取り除いてくれるなんて僕にとってはメリット以外ない。
『どうする?私と取引するか?』
『はい!』
その人の問いに、僕は二つ返事で承諾した。
『そうか』
その人は僕に右手を差し出す。
『猿木だ。これからよろしく』
『米田です。こちらこそよろしくお願いします』
差し出されたその手を僕はしっかりと握りしめた。
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