魔性の女

「ヘイ。スージー。今晩、俺と一緒にディナーに行かないか?」


 こいつはおフランス気取りの女たらし。


「今週のあたしはベジタリアンなの」


 と、あたしはデートを突き放す。


「ハロー。スージー。僕たちの豪邸を建てないかい?」


 顔を泥だらけにして必死に働く彼は貧乏くさい。


「やだわ。あたし、ネバーランドしか住みたくないの」


 年収一億ドルになったらデートしてあげる。


「アイラブユー、スージー。結婚してくれ」


 こいつは金を持っているけれど、顔がちょっと好みじゃない。生まれてくる子がかわいそうだわ。それに「アイラビュー」なんて供給過多の言葉なんてお値段下がっちゃう。


「どうだい、スージー。今晩、俺と一緒にホットなミッドナイトを過ごさないか?」


 この子はイケメンだけれど、すぐに体を求めがち。

 あと、言葉のセンスが絶望的にダサい。


「ジェイソンは彼女が五人もいるじゃない。あたしが欲しいのは本当の愛なの」


 こんな調子であたしは毎日言い寄って来る男を払いのける。


 しかし、言い寄られるのは嫌いじゃない。だってそれはあたしが最高の美貌びぼうとスタイルを持った女だという証明だから。あたしを見た男たちはみんなあたしにれてしまうの。すごくいい気分だわ。


 だけれども、あたしが欲しいのは本当の愛。言葉じゃない。体でもない。


「ねえねえ」


 と女友達が話題を持ちかけた。


「ロイったら、明日、イギリスに行っちゃうの知ってる?」


 あたしは素直な驚きを見せる。


「ホントなの!?」


 ホントよ、と彼女は答える。


 気があるくせにロイは一度もあたしに声をかけなかった。


 ロイはシャイボーイでいつもわたしをチラチラ見てるけど、わたしはストーカー気質だとかは思わない。他の女たちは気づいていないようだけれど、意外と可愛らしいわ。皆は彼の事をネクラっぽいとか馬鹿にするけど実はロマンチスト。


 だって、彼ったらバンドボーカルで情熱的な詩を書くんだもん。でも、ロイの成功を皆は良く思わない。ソーシャルネットで彼の悪口ばかり。でも彼の美声を聞けば、きっと皆気持ちを入れ替えるわ。


「それでね、明日ロイたちのバンドが演奏をするのだけれど、その時に皆で送別会のサプライズを計画しているのよ。あなたも参加する?」


「もちろんだわ!」


 絶対、ロイに告白させてやるんだから。


 あたしは女性誌を広げ、メイクアップの極意をおさらいした。


 純白のドレスを着て、鏡の前に立つ絶世の美女に惚れ惚れした。これほどドレスの似合う女はあたし以外にはいないでしょうね。この姿を見れば、シャイボーイのロイですらイチコロよ。絶対、愛を誓わせてやるんだから。


 そうして翌日。


 ロイと取り巻き何人かが壇上に立ち、演奏の準備を始めた。いつもは地味な格好をしているロイだが、この時は違った。頭がトサカみたいに逆立ち、おしろいを顔中に塗って、ピチピチのパンツで決めていた。いわゆるデスメタらしいわ。大鷲おおわしみたいな羽飾りを背中につけて、最高にダサい格好をしていた。でも、彼の美声を聞けば、超絶ダサい格好のことは忘れ、私は彼の美声にうっとり酔いしれる。


 騒々しい音楽に反して、ロイの歌詞は心を溶かされるような甘ったるいラブロマンス。きっとあたしのことを想ってその歌詞を書いたのね。


 演奏が終わった後、ロイは真っ直ぐあたしのもとへやってきた。いつもは内気だけれども、この時の彼ったら、皆の前で押し倒すほどの覚悟を決めた目つき。やだ、子供できちゃう。


「しばらくあっちに行くけど、待っててくれないかな?」


「さようなら」


 あたしは素っ気なく言った。


 ロイは絶望の顔をしていたけれど、これでいいの。だってロイは留学するんだもん。それをたった一人の女のために壊して欲しくないわ。


 これがあたしの示す本当の愛なの。

 でも、本当はわかって欲しいな……。


 あたしが別れを告げた後、先生はこう言った。


「ロイ君、お遊戯ゆうぎをありがとう。じゃあ、皆、ロイ君にお別れの言葉を言いましょうね」


「ろいくんいままでありがとう。わたしたちをわすれないでください」



 園児達は声を揃えて別れの言葉を向けた。

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