神はサイを投げた
五の目が出て、駒が五つ進んだ。
止まったマス目に文字が浮かんだ。
『嵐を起こして、十戻る』の指示。
神の一人が眉間にシワを寄せた。また無慈悲な指示だ。
「仕方ない」と神は呟いて、杖を一振りした。
地上では凄まじい嵐が大地に覆いかぶさった。もちろん大勢の生物も死んだ。
また別の神がサイコロを振る。
進んだ駒の先には『巨大地震発生』の文字が浮かんだ。
神は表情を歪めながらも杖を振るって地震を起こした。地上からの断末魔が聞こえてきそうだった。
私を含めてそろそろ神たちも、このすごろくが単なる暇つぶしのゲームではなく、おぞましい指示書なのだと理解し始めた頃だった。
もちろん、指示を拒否したものもいるし、すごろくに参加しないものもいた。だが、そうした神はみるみるうちに灰となって、存在を消されてしまったのだ。拒否権はなかった。我々は永遠の命であると思っていたが、どうやら違っていて、このすごろくをしなければ我々は消えてしまう恐怖から渋々やっていた。
次は火山噴火だった。
このすごろくは悪魔が作ったとしか思えない。
どうにも、人間を苦しめたり、あるいは地球にとって害をなす人間という種族を削減しているのではないか。
そんな風に論じる神がいたが、私の考えは違っている。
確かに人類は地球にとって害悪な生物だ。環境破壊はもちろん、恒常的に生物を殺し回っている。しかし全員が全員愚かな生物ではないことももちろん神たちは知っており、時に神は慈悲深い。神の私が言うのだから間違いはない。人間は見ていて微笑ましくなる時がある。
現在地球は危うい状態にある。
夏は五〇度を超える酷暑に見舞われ、冬は赤道直下で氷点下の極寒地獄。そうした環境の変化はあらゆる生命体に壊滅的な打撃を与えた。ある地点で文明が爆発的に発達し始めたのが起点である。
その原因は。
地球は周回軌道を外れ始めていたこと。
人自体の重さはざっくり平均しても五〇キロ前後として、数兆をかけてもたったの数千億トンにしかならない。人類質量は地球から見ると一ナノパーセントの誤差程度でしかない。しかも地球の核は時間と共にエネルギィを失っており、毎年、五万トンほどが軽くなっている。
増えすぎた人類の質量が、地球の周回軌道を変えたのではない。
問題となるのは、人が築き上げた建造物の高さだった。
超高層ビル然り、宇宙エレベーター然り、そうして積み上げられた建造物は、言うなればボールにおける羽となり、自転におけるマグヌス効果を産んだのである。歪んだ周回軌道は、極端な環境を生んだ。
だから神の力を使って地球についてしまった余分な脂肪を落とさなければならないのだ。
それがこのすごろくの意味。私はそう考える。
だが、果たして未来に地球を残すべく今ある命を犠牲にするのは本当に正しいことなのだろうか。おそらく他の神々も同じように考えているはずだが、それのみが地球を救う唯一の方法だと信じてやまず、ある種思考停止してサイコロを振り続けた。
自然災害はもちろん、経済崩壊に、各所での内乱から大きな戦争へ発展、隕石飛来などなど。すごろくは徹底的に人類を殺しにかかっていた。
「一体誰だ。人類を生み出したのは」
神の一人がそう言った。
因果的には人類が文明を築いたことが発端だろうが、ならば人類を生み出したものにこそ責任の所在はあるのかもしれない。
だが私から言わせてもらえれば。
神が人間を作ったのではない。数多なるない環境条件と、何億という時間の産物があり得ない確率の中から奇跡を見出したのだ。
だから言ってしまえば、宇宙に終わりがあるように地球もまた最初から終わるために生まれてきたのだ。
生物がそうであるように。
それが運命なのだ。
だからこれは地球に対する延命措置に過ぎなかった。
そこに是非はあろう。
神の私でさえ救いを願うほど、この宇宙は不条理だ。地球の崩壊が初めから決まっていたとすれば、最初からなければよかったとは思わずにはいられない。
産まれてこなければよかったのだ。
人も地球も何もかもが。
そうすれば、罪を、後悔を、不幸を背負う事は無い。おそらく、そんなことを考えさせる為にこのスゴロクが作られたのかもしれなかった。
ともすれば、いっそのこと、人類を楽にしてやればいいものを。
いや、私が早く楽になりたいのだ。
さすがに人類を削減することに思うところはある。
「貸しなさい」
私はそう言って、サイコロを奪った。
「これから私が全部投げます。全てを罪はこの全知全能の神にあります」
終わらせよう。
人類よ、恨むならどうかこの私を恨みなさい。
そして私はサイコロを振りまくった。
ゴール目掛けて何度も振りまくった。
その度に私は厄災を起こした。
きっと、人類から最悪の神だと罵られるだろう。
その時はすべての怒りを受け入れよう。
いよいよゴールが近づいてきた。もはやここまでくると、地球の終わり方に興味すら湧いてしまい、神々は最後のマスを凝視した。
そしてゴールへの出目が出た。私は震える指で駒を進めていく。
マスに到着すると、最後の指示が浮かび上がった。
『サイを投げる』
翌日、世界中の犀が意味もなく、マッチョな男たちに投げられた。
怒った犀に人類は滅びかけた。
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