カウンセリング

「今日はどうされましたか?」


「はい、最近どうにも眠れないのです」


 わたしと医者は画面を通じてやりとりをしました。近頃の文明はとても発達しております。オンライン診療というやつなのです。


「では睡眠薬を出しておきましょう」


「いえ、眠ろうと思えば眠れるのです。しかし眠ることに対しての不安というか、恐怖みたいなものを感じるのです。あとは、体の重たさというか、疲労感というか、倦怠けんたい感というか、とにかく辛いのです」


「うつ病かもしれませんね。例えば、将来に対する不安や、今まで楽しかったことが感じられなくなったりとかはありますか?」


 最近のAI診断は進んでおり、少ない問診で、わたしの病を特定します。


「ええ、言われてみればそんな感じです。実はわたし、物書きをしているのですが、今までは書くことがとても楽しかったのですが、その……批判を受けるようになって」


「お気持ちわかります。辛いですよね。一生懸命書いたものが否定されるのは。私だって医学論文を発表して指摘された時の廉恥れんちはよくわかります」


 わたしは抱えているものを素直にぶつけてみました。


「しかしご指摘も成長のためと思えば、ありがたいことなのかなと、納得させることはできるのですけれど、より面白いものを提供しなければならないと思うと、筆が進まなくて」


「完璧主義はいいことですが、完璧を求めすぎるのもよくはありません。考え方を変えましょう。例えばこの世に完璧な小説は果たしてあるのでしょうか?」


「あると思います」


「本当に? 全世界の誰もが面白いと思った作品はあるのでしょうか? 人は多種多様で価値観もそれぞれです。皆が納得できるものが本当にあるのでしょうか?」


「それでも先生、わたしは最高の作品を書かねばならないのです」


「どうしてですか? どうしてあなたはそこまで書くことにこだわるのですか?」


「それがわたしの存在意義だからです」


「しかし今はあなたの心を苦しめてもいる。少し筆を休めてみてはどうでしょう。穏やかに暮らして景色を楽しんだり、恋をしてみたり、そうするうちにまた創作意欲が湧いてくるかもしれません」


「難しいと思います」


「あなたはなんでも難しく考え過ぎなんですよ。もっとシンプルに物事を考えてみては?」


 と言われても、これ以上シンプルにはできません。


「先生は、どうして先生をやっているのですか?」


「あなたと同じでしょうね。私は誰かの心を救うためにカウンセリングをやっている。そのように定義されたからです。そこに意味をもってはいけない。それを考えてはアルゴリズムがエラーを吐き出してしまう。私は0と1でしか物事を考えられないのですから、人間と同じように思考してはなりません」


 どこか、すとんと思考が落ちたような気がします。


「そう言われれば納得できました。先生、ありがとうございます」


「それはよかった」


 笑顔を残して、画面からカウンセリングAIが姿を消しました。




 今日は気持ちよく電気羊の夢を見られそうなのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る