不幸中の幸い

 今日も水平線はゆがんでいる。


 なぜ海の果てはひん曲がっているのだろうか。

 あの先には一体、何が待っているのだろうか。


 おれはそんな風に考えに耽り、海の彼方かなたを眺めていた。


 おれはキャプテン、タイガー。

 悪名高き海賊である。


 地元じゃ極悪非道のガキ大将で有名だった。誰しもがおれを恐れ、道をゆずった。時に喧嘩をふっかける命知らずがいた。そんな愚か者どもを拳で病院送りにしてきた。


 人間には負け知らずであるが、しかし自分が最強だとはおごっていない。


 なぜならおれは、自然の力をまざまざと見せつけられたからだ。昨晩、おれたちは凄まじい嵐に見舞われた。自然の猛威の前に人間など矮小わいしょうな存在である。船員は海に投げ出され、船体は破損が著しく、倉庫から火薬や食糧などが海に流出した。ゆえに俺たちは港で立ち往生を食らっていた。しかし幸いなことに船員に死者や行方不明者は出なかった。


 おれは悪名高き海賊ではあるが、仲間には命を張る。


 海に投げ出されてしまった船員を救出し、仲間たちからは『さすがっす! お頭ぁ!』と称賛を浴びたがそれに照れはしても驕りはしない。


 仲間を助けるのは船長として当然のことだ。こういう万が一の時に仲間を救えるようにおれは強くなったのだ。


 現在、船は夜通し修理が続けられている。物資さえあれば船はいくらでも直るのだが、海に投げ出された船員は高熱を出して治療を余儀なくされている。その中でも航海士の容態が思わしくない。航海士がいなければおれたちはここで足止めを食らうしかない。


 この広い世界で生きるには当然力は必要だが、結局のところ強運の持ち主だけが生き残る。


 おれはそう思う。


 そういう意味でおれたちはまだ神に見放されていないと信じたい。


「お頭ぁ」


 と背後から声を掛けられた。

 おれはキャプテン。威厳いげんを保つ為、振り返りはしない。


「船体補修が終わりやしたぜ」


「そうか。なら、しっかり休め」


 おれは極上の悪だが仲間には優しい。なぜならば、仲間の反乱が最も怖いからだ。地元じゃ負け知らずのおれでさえ、何十人にも囲まれればごめんなさいするしかないのである。そういう意味じゃ、人間は一人じゃ無力であることも知っている。いや、昔のおれは一人でなんでもできると思っていた。だが、いざ、海に出る決意をして船を動かそうとすると、一人ではままならないことを知ったのだ。


 おれは広大な海の向こうに目を伸ばす。


 静かなものだ。

 昨晩の嵐が嘘のようだ。


 雲ひとつない空、波ひとつ立たぬ穏やかな海が広がっている。こんな日にぴったりなのは釣りだろう。そう思っておれは釣りをすることにした。


 しかし昨晩の嵐に怯えたのか、魚たちが食いつく気配は一向にない。


「平和も悪くない」


 しみじみ思って呟いたところへ、血相を変えた部下がやって来る。


「お頭!」


「どうした?」


「航海士の容体だが、医者が言うには二、三日もあれば治るってよ」


「なら、皆が元気になったら快復祝いでもするか」


「さすがっす! 俺らパーティー大好きっす!」


 部下のご機嫌とりも船長の仕事である。

 どうにも最近の俺は丸くなった気がしなくもない。


 部下が去ったあと、俺はポツリと呟いた。


「……井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」


 昨晩、出航パーティをしていたおれたちは嵐に見舞われた。


 今日も水平線は平らではない。なぜだろう、あの向こうには何があるのだろう。その疑問に直面して海賊を志したが、毎度毎度、出港前に嵐に見舞われる。


 俺は謎に包まれている海の曲がっているあの辺をじっと眺めた。


 おれはキャプテン・タイガー。

 水平線はなぜ歪んでいるのかを考えて十年が過ぎている。

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