お花見

 桜の季節は憂鬱ゆううつだ。


 お花見のにぎやかさも苦手だけれど、この国じゃ出会いの季節であることが何よりも陰惨いんさんさを覚えるのだ。


 わたしだけを見ていて欲しい。

 そう、ずっと、思っていた。


 他の子たちはキラキラして、いつもチヤホヤされていた。けれど私のもとには、禿げたおっさんしかやってこない。つまらないオヤジギャグを飽きもせず述べて、しまいにはセクハラする始末。もう私は一生このまま終わるのだろうと、自分に諦めつつあった。周りの子たちは懸命におめかしして、いつも若くてカッコいい男たちに囲まれている。

 ちょっと頑張ってみても、世界はそう簡単に変わらない。


 わたしの人生は地味を極めていた。


 毎日代わり映えのしない退屈な生活の繰り返し。ほぼほぼ空気を吸って吐くだけの生活。せめてもの救いはゆったりとした時間の中でも移ろいゆく季節を感じられること。


 自分の生き方に疑問を感じないでもなかったけれど、それ以外の生き方に挑戦する勇気もなかった。他の何ものにもなれないことを知っていたから。


 そうして、自分に諦めていくと、次第に自分が枯れていくのを感じた。けれども、諦めと希望の微妙な狭間はざまで感情は揺れ動いているのも知っていた。本当は、もっと脚光を浴び、もっと幸せになりたい。


 そうして、毎年の出会いと別れの季節にわたしはちょっとだけ頑張ってみるのだけれど、落胆するのも毎年のこと。繰り返されるルーティンに、期待した自分がバカみたいに思えて嫌悪感がすごい。


 あ……、あの人、可愛い。


 背後を過ぎゆく男の子と、ふと視線があった気がした。彼は、にこりと笑ってわたしを見上げた。


 やだ何それ。勘違いしちゃいますよ?


 けれど、声をかける勇気はない。わたしみたいに背の高い女と、小柄で可愛らしい彼とは不釣り合いなのだ。


 でもどうか神様。

 この一瞬の時間を永遠に引き伸ばして欲しい。


 しかしそんな願いも虚しく、男の子は自分たちのグループの方へ戻って行ってしまった。


 期待と落胆、夢と現実。


 これがわたしの春の光景。出会いと別れの、そんな季節。


 自分を変えようとは思わない。そもそも変えることなんて不可能なんだ。まあでも、一瞬だけでも夢を見られたのは春の救い。ちょっとだけ幸せな気分を得たわたしは、かしましく宴会に興じているおじさん連中を見下ろした。


 酔っ払いのおじさまたちはいい感じに出来上がっている。


「――じゃあ、一発ギャグやりまーす」


 ネクタイを頭に巻いた中年男は、鼻からビールを飲んで、鼻から出した。


「これが本当の〝お鼻見〟です。あれ? わかりにくかったかな? お鼻飲みとお花見を」


 もうほんと、帰ってくれないかな。


 花見の季節は毎年憂鬱ゆううつだ。




 いっそ枯れたろかしら。

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