第4話 技はなくても

「今日は物質変化の授業を行います。。」


理科の細川先生が水の入ったビーカーを見せた。髪の薄いおじさんと言うよりもおじいさんに見える。ちょっとさえない先生だ。


「この水を術法で炭酸水に変えます。」


先生が水に手をかざすと、たちまち水は炭酸水に変わった。


「世の中には、たくさんの物質がありますが、それを構成する原子は100程度しかありません。それらを組み直せば、物質変化は可能なのです。」


「先生、コツはなんですか?」


「イメージです。それと知識も必要です。何と何を組み合わせれば良いのか、基礎的なことでいいので理解しておくとかなり役に立ちます。そうすればこのように無から水を創ることも可能です。」


先生が右手を胸の前に掲げると、手のひらに大きな水の球が出現した。


「この程度のものならば、誰でもできるはずです。さあ、やってみましょう。」


心日も早速始めてみたが、いっこうに変化しなかった。周りを見ても、難しそうな顔で、ビーカーとにらめっこしている生徒ばかりだった。そんな中、前の方の席から歓声が起きた。


「やったあ、すごい泡!先生できました。」


「おお!裕佳梨ゆかりすげえ。」


一番前に座っているロングヘアーで大人しめの女の子、田口裕佳梨だった。


「ほう、今年は優秀な子がいますね。もうできましたか。」


細川先生が、裕佳梨のところへ向かおうとした時、隣にいた男子が、


「おっ、炭酸水うまそ!」


と、一口飲んでしまった。


「おい、やめなさい。」


先生が止めるよりも先に飲んでしまった男子は、体に痙攣が起き、床に倒れた。


「ほら、言わんこっちゃない。」


そばまで来た先生は、男子の腹に手をかざした。痙攣は即座に解け、男子は起き上がった。


「ぷはー、死ぬかと思った。」


「今、君の中にある毒を物質変化で中和しました。皆さんも、炭酸水を飲まないように。たまに毒を生成する子がいますから。」


その後も、1人また1人と炭酸水に変化させた生徒が現れたが、心日も輝空も作ることはできなかった。


授業が終わると、裕佳梨に細川先生が声をかけた。


「今日の炭酸水は見事だったねえ。そんな君の力を見込んで、今度の仕事を引き受けて欲しいのだが、どうかね?」


「はい、私でよければ。」


術法も武術も苦手にしていた裕佳梨は、これまで任務を依頼されることなどなかったのだが、今日は細川先生に認められて、しかもオマケに任務まで依頼されて、とても満足気だった。


「ほう、それは良かった。…それではペアも君が選びなさい。」


「えっ、ホントですかあ。ありがとうございます。」


「それじゃあ、児島くん、いいですか?」


即答した裕佳梨の声を聞いて、クラスの男子がどよめいた。


「おーー」

「ストレートな告白、裕佳梨カッコいい。」


裕佳梨は真っ赤になって、下を向いた。


「ほう、イケメン転校生を選びましたか。それもいいでしょう。児島君よろしいね。…では、もう1人はどうしますか?」


心日は思わぬ形で、任務が回ってきたのを喜んだ。


裕佳梨はなかなか決められずキョロキョロしていると、しきりにアピールしている男子がいた。輝空だ。


「じゃあ、輝空君で。」


「よっしゃあ。」


輝空はガッツポーズで喜んだ。



授業が終わると、心日の所へ輝空がやってきた。


「いいなイケメンは。」


「なんだよそれ。」


「知らないのかよ。お前。クラスの女子がこっそり行ってるイケメンランキング。今月2位だったんだぞ。」


「裕佳梨以外にもお前を狙ってる子がたくさんいるって聞いたぞ。輝空の顔って、日本人離れしてるしな。」


「顔のことはいいから、今度の任務、初めてだから頼むよ。」


「おう、任せとけって。だいたいあんなに適当にメンバーを選ぶ任務なんて、絶対楽な任務だって。たぶんバカンスに行くようなもんだろ。」


「輝空はハードな任務を待望してたんじゃないのか?」


「それも思ってたが、先輩から数も大切だって聞いてな。それで何でも手を挙げることにしたわけ。」



3人は次の日の早朝、細川先生の研究室に向かった。




輝空の予想通り、任務は軽いものだった。


「松坂高校で、なぜか原因不明の故障者が続出しているらしい。君達はその高校に潜入して、その訳を調べてくれ。もしかすると風魔が関わっているかもしれん。」


細川先生の研究室で3人は説明を受けた。


「本部は風魔の存在を特定できていないのですか?」

裕佳梨が不思議そうに尋ねた。


「特定も何も、伊賀を抜けた者で、高校生など1人もいやしませんよ。」


「では、何も出ない確率の方が高いのですか?」


「そうだね。たまたまケガ人がたくさん出た、という可能性もあります。」


「なあんだ。」

輝空が悔しがった。


「とりあえず、今回は隠密行為がメインですから、道具を渡しておきます。」


細川先生は、2つの道具を出し、説明を始めた。


「まず1つ目は、きみたちのスマートフォンに既に送っています。ヌナカワ様の歌声です。この歌を、聞こえない程度の音量で良いので、流しておけば、相手は催眠にかかり、本当のことを喋ります。しかも鳴らしている間のことは覚えていないので、実に都合の良い道具なのですよ。」


「2つ目はこれ。」


細川先生はリングケースのようなものを取り出し、フタを開けた。中からはハエのような物が出てきた。


「これは盗聴器ね。最新式で高価な商品なんですよ。…で、この盗聴器の音を聞くのが、このイヤホンです。はめてごらんなさい。」


心日は渡されたイヤホンをはめた。


「ほとんど外からつけていることが分からないでしょう?」


「ホントだ。これなら授業中でも大丈夫そう。」

裕佳梨が心日の耳を除いて言った。


「授業中はダメですよ。裕佳梨さん。それにこのイヤホンは他にも2つの機能があります。先ほどのヌナカワ様の歌を中和する働きと、風魔を探知し、全員に知らせてくれる機能です。」


「どうです?隠密も楽しそうでしょう?輝空君。」


「はあ、まあ、ちょっとは…」


輝空は言葉とは違って、とてもつまらなそうにしていた。


「正直ですね。でも隠密も立派な任務ですから、きちんとやり遂げましょう。」



松坂高校に向かう車内で、高校の状況について先生から説明を受けた。

「今分かっていることは、この高校では、2年前から毎年20人くらいの故障者が出ているということです。故障者の学年や部活はバラバラで、故障した箇所もそれぞれ違うそうです。そして何より不思議なのは、ほとんどの子が突然痛みを訴え、そのまま入院したということです。それが原因で、松坂高校は呪われているという噂が立ち、今年度の受験生は10人も定員割れしたらしいです。」


「この少ない情報から、推測できるのは、一点だけです。分かりますか?裕佳梨さん。」


突然質問された裕佳梨は一瞬驚いた様子だったが、すぐに答えた。

「はい、2年前からであれば、3年生が一番怪しいと思います。」


「そうなんです。だからあなたたち3年生に声をかけました。もう手続きは済ませてますから。あなたたちは、3年生のクラスに分かれて、情報を集めてください。」


「道具を使って、聞き込みもできますが、まずは目立たないように、授業も活動も普通に参加して、見つけたら報告です。」


「相手が分からないので、手に負えない場合もあります。決して勝手なことはしないようにお願いしますよ。」



3人の松坂高校での生活が始まった。心日にとっては、3週間ぶりの普通高校での生活だった。初めはワクワクしたものの、普通に勉強、というのが一番難しく、授業にはさっぱりついていけなかった。


輝空は外交的な性格を生かして、周りの子とのネットワークをつなげ、ほとんどの子とSNSで繋がった。特に隣の席にいる今井望亜もあとは、互いに両親がいないという共通点もあり、親近感を覚える仲になった。


裕佳梨も積極的に女子の輪に入り、情報収集に努めた。



5日後、市外の空き地に3人は集合した。隠密行動を意識して、校内では全く知らない者同士として行動していた。


「久しぶり。って同じ学校なんだけどなあ。」


笑う輝空に2人とも「久しぶり。」と返した。


「わたしは1つ怪しい事例を見つけたけど、2人はどう?」


「オレは全然。話題にもならないし。心日は?」


「オレもかな。いじめもないみたいだし、ただ1人失明した女の子がいるって聞いて、原因を探ったけど、なかなか話題にもしづらいし、情報ゼロ。」


「それじゃ、わたしの情報から探っていきましょうか。時間空いてるよね。今日土曜日だから。」


「いいよ、そのために来たんだし。」

心日は即答したが、輝空は一旦伊賀に戻る用事があると言って断った。


「伊賀に何の用事があるの?」


裕佳梨が輝空に問いただすと、


「ごめん、今のうそ。本当は、今井望亜って子とデート。」


と即座に嘘を認めた。しかもその理由がデートだと聞いて、心日は驚いた。


「望亜ってどんな子?」

裕佳梨の質問はさらに続いた。


「かわいい子だよ。それにオレと同じで、両親がいないけど、…頑張って生きてる子なんだ。親はもともとシングルマザーで、お父さんは見たこともないって言ってた。お母さんも5年前に行方不明になって、1人になった望亜ちゃんは、今、養護施設に住んでるんだって、今日はそこを案内してくれることになってるんだ。」


「そう、じゃあ仕方ないね。…心日君行きましょう!」


裕佳梨は心日の横に立ち、腕を組んできた。


「余計なことまで聞いちゃった。」


裕佳梨は、歩きながらスマホを出した。


「えっ!もしかしてヌナカワ様の歌を流してたの?」


「そうよ。途中からね。細川先生の指示なの。何か怪しい言動があったらすぐに鳴らせって。…能力者には、変化へんげするのもいるらしいのよ。輝空くんにだれかが化けてるかもしれないでしょ。」


心日は裕佳梨のことが恐ろしくなって、組んでいた手をゆっくりと離した。




輝空が養護施設に行くと、望亜が施設の子数名と迎えてくれた。望亜は、長い髪を後ろで結び、ジーンズに水色のパーカーという、動きやすそうな格好をしていた。


「ここは、中学生の頃までは、絶対、友達に見られたくなかったんだけど、輝空くんなら見せてもいいかなって思って、来てもらったんだ。」


「望亜姉ちゃん、そのしと彼氏?」

小学校1年生くらいの子が寄ってきた。


「そんなこと聞かないの。」

もう1人いた少し大きい子が諭した。


養護施設というから老人ホームのような建物を想像していたが、団地にあるような一軒家がいくつも集まった施設だった。


「大人もいるけど、私たちで共同生活をしている感じかな?ちょうど朝の仕事が終わったから、遊びの時間なんだけど、一緒に遊んでくれる?」


早くも輝空の後ろから抱きついてくる男の子がいた。


輝空は男の子に聞いてみた。

「望亜姉ちゃんのこと、好きかい?」


「大好きだよ。時々怒ると怖いけど、何かお母さんみたいなんだ。」


年下の子と遊ぶ望亜を見て、一層望亜のことが好きになる輝空だった。




裕佳梨と心日は、市民病院にいた。


「心日くんイヤホンして。」


心日は既にイヤホンをしていた。輝空のような目にあっては、かなわないからだ。


ここへ来るまでに、心日は裕佳梨が怪しいと感じた事例を聞いていた。


バスケ部のレギュラー春日井勇士かすがいゆうじは休憩中、突然両脚の腱が切れて、立てなくなったというのだ。休憩中に、しかも両脚が切れることなどあるだろうか。裕佳梨はまずバスケ部全員に歌を聞かせて調べたが、全員白だった。残るはつきあっている彼女だが、裕佳梨がその存在を知ったのは昨日のことだったという。今日、その彼女は病室で勇士に付き添っているらしく、今から病院へ行くのは、その彼女に会うのが目的だと言うことだった。もし彼女が今回の事件の犯人であるとすれば、その手段を突き止めることさえできれば、これで隠密の任務は終了となる。


勇士の病室に入ると、情報通り彼女の島田江美里えみりが座っていた。


「あなたたちだれ?」


江美里は彼氏との時間を邪魔されたせいか不機嫌な声で、話しかけてきた。


「時間はとらせません。」


裕佳梨が歌を流し始めた。


「春日井勇士にけがを負わせたのはあなたですか?」


「突然来て、何を言ってるの!わたしがどうやってけがをさせると言うの。」


これで彼女はやっていないという事が、裕佳梨にも心日にも分かった。


「そうですね。ごめんなさい。」


「勇士さん、あなたはけがをする前、誰かとトラブルは起こしませんでしたか?巻き込まれた。…でもいいのですが。」


「いやーないね。バスケのことしか考えてなかったから、人とトラブルなんて時間もったいなくて。…何も思い当たらない。」


「誰かを叩いたとか、ののしったとか、なんでもいいから思い出して。何かあるはずだから。」


「まあ、そうだなあ、3週間くらい前のことかなあ…1年の佐藤ってやつがいて、あいつボロボロのバッシュ履いてたから、そんなの履いてたらけがするし、危ないから買ってもらえ、買えないなら来るな。なんて言っちゃったんだよオレ。あれから佐藤のやつ来なくなったんだ。もしかすると、俺が原因かな?なんて思ってる。…まあそのくらいかな。」


情報を得た。と確信した裕佳梨は歌を止めた。


「ごめんなさい、部屋を間違えちゃった。心日くん行こう!」


2人は慌てるようにして、部屋を出た。



「バスケ部を全て調べたと思っていたけど、来なくなった子までは考えていなかったわ。」


裕佳梨は細川先生に電話した。


「先生、バスケ部1年の佐藤の住所分かりますか?…下の名前?分からないんですよ。佐藤、…そうです。…複数いるのですか?バスケ部ですが。」


「はい、養護施設の…はい分かりました。また連絡します。」


裕佳梨は何か掴めたようだった。


「どうだった?裕佳梨さん。」


「養護施設の子だったよ。だとすると、シューズのこと言われるとつらいよね。買えないなら来るななんて、その子にとってはひどく突き刺ささった可能性大きいと思わない?」


「シューズのことだから、脚を潰した。…だとするとやったのは佐藤なのかな?」


「この件だけなら、そうでしょうね。でも佐藤は一年生でしょう?…もう一件、心日君の言ってた、失明した子の病室に行きましょう。」


失明した鈴木優香ゆかも市民病院にいた。



「優香さん、目をやられる前、何か人を傷つけるようなことを言いませんでしたか?見たくないとか、目が腐るとか。」


「河合志保しほさんがわたしの誕生日に似顔絵をくれたんだけど、すごく似てたし、わたし自分の写真とか嫌いだから、見たくないって言ったの。傷つけるつもりはなかったけど、その日から志保さんと話せなくなってしまったんです。」


河合志保…その子も養護施設の子だと分かった。これで少なくとも、原因となる人物がいそうな場所が確定された。


「今から養護施設に行きましょう。その中に風魔がいる。」


心日は、裕佳梨がたくましく見えた。




その頃、輝空は望亜と2人で話していた。


「小さい子と遊ぶの楽しいね。なんだか自分も小学生に戻った気分になれたよ。」


「そう?わたしはずっとやってきたから、そう言う気分は分からないな。」


「望亜ちゃんはお母さん目線だから、お世話してる感覚の方が強いかもしれないね。けがしないかしら…なんて。」


「フフフ。」


「けがと言えば、松坂高校が呪われてるって話、知ってる?」


その質問をした瞬間、望亜から笑顔が消えた。


「知ってるよ。人の気持ちのわからない高校生が、原因不明のけがをするんでしょう?」


「この話、嫌いだったかな?施設の子にも、けがした子がいたのかな?ごめんよ。」


そう言うと、望亜の表情がさらに険しくなった。


「施設の子なんて言い方しないで!それにこの家には、けがをするような、人のことを平気で傷つけるような子はいません!」


まるで人が変わったように望亜が怒り始めると、イヤホンから警戒音が鳴った。


輝空は慌てて望亜と距離をとった。


「望亜ちゃん、きみは風魔なのか。」


「人が育ってきた環境も知らず、のほほんと幸せな家庭で過ごして、平気で人を傷つける。そんな奴らに傷の痛みを教えてやってるのよ。」


望亜の後ろに、女の姿をした妖怪の影が見えた『骨女』だった。輝空は両手の二本指を交差させ、急いで「ぬっべっぽう」とつながった。


「お前のその口も人を傷つけると言うなら、傷つくがいい。」


骨女の人差し指から針のような骨が突き出てきた。その骨は望亜の右頬を突き刺し、左頬まで貫通した。しかし、痛みに悲鳴をあげたのは輝空だった。


「ヴゥワアー!」


「遅かったか。」

細川先生が駆けつけ、輝空の横に立った。


「輝空君、きみは彼女の呪いにかかったらしい。あの子が自分の体を傷つけると、そのダメージが全てきみに行くぞ。」


先生は輝空の口に手をかざし、その傷口を塞いだ。


「今、物質変化で穴の空いた部分を塞ぎました。彼女、…風魔ではありませんね。『骨女』に支配されています。おそらく自分でも気づかないうちに憑依したのでしょう。滅多にないことですが…。」


「輝空、大丈夫か?」


心日と裕佳梨も駆けつけ、横に並んだ。


「お前ら手を出すなよ。彼女を傷つけずに、『骨女』を引き剥がす。」


輝空は望亜に向かって歩いた。


「望亜ちゃん、望亜姉ちゃんて呼んでくれる小さな子達を思い出せ、その子たちに対する優しさがあるなら、傷つけられて悲しむ仲間の気持ちが分かるなら、呪いで傷つけられる者の気持ちも分かるはずだろ。」


輝空の説得に、望亜は頭を抱えて叫び始めた。


「やめろ、やめろ。」

!」


声が次第に大きくなり、望亜と骨女の声が二重に聞こえ始めると、望亜の前に一体の妖怪が現れた。妖怪は女性の体をしていたが、全身に無数の目が付いていた。


百々目鬼とどめき、こいつは厄介だ、逃げるぞ。」


細川先生は、この妖怪を知っていた。知っていたが故に、この戦力では絶対に勝てないことを悟ったのだった。


「逃すものか。」


百々目鬼は、不気味な声と発すると同時に、その目から光を放った。そして光を浴びた4人は動けなくなった。


百々目鬼の金縛りだった。


「お母さん。」


望亜には、百々目鬼が母親に見えた。


「お母さんが守ってやるから、早くあの邪魔者たちを倒しなさい。」


輝空は「ぬっぺっぽう」を憑依していたおかげで、なんとか喋ることだけはできた。


「望亜ちゃん、たぶんそいつがお母さんを霊界に閉じ込めたんだ。耳を貸すんじゃない。」


「思い出せよ。本当の自分を、望亜ちゃんはそんなんじゃないだろう?オレたちの方へ来いよ。」


「うるさい奴だね、望亜、やっておしまい!」


骨女の骨が伸び、望亜の心臓を突き刺した。

輝空は金縛りにあった姿勢のままで、前向きに倒れ、目から光が消えた。


「輝空ー! よくも、よくもそんな簡単に人の命を!」

心日は怒りとともに、瞳が蛇眼じゃがんのような形に変化し、色も黒から琥珀色に変わった。


「いい加減にしろよ。オレの友達を傷つけるやつは、霊界に叩き落とす。2度とオレの前に現れるな!」


金縛りを解いた心日は百々目鬼に近づいた。


「なんだ貴様は、何者だ!」


「何者?ただの高校生だよ。」


心日は振りあげた拳を百々目鬼の瞳全てに振り下ろした。それは明らかに人間の能力を超えたスピードとパワーがなし得るものだった。百々目鬼は消え、ゆっくりと倒れる望亜の母親の姿が見えた。


「骨女に魂を売った女、お前も霊界に送ってやるから感謝しろ。」

心日が拳に力を込めた時、輝空の声がした。


「待て、待てよ心日!オレはまだ死んでないから。」


先生と裕佳梨の肩を借りて輝空は立ち上がった。細川先生の能力で輝空は一命を食い止めていた。


「望亜ちゃんて言うのか?」


細川先生が口を開いた。


「きみのお母さんは、憑依させた妖怪の力を多様しすぎて逆に取り込まれてしまったんだ。きみにとっては気の毒なことだったが、このままではきみもこの世界では生きられなくなってしまうぞ。」


「望亜。」


憑依が解けた母親がなんとか立ち上がり、声を発した。


「望亜姉ちゃん!」

「輝空にいちゃんどうしたの?」


施設の小さな子たちが、異常を察して近づいてきた。


「望亜ちゃん、思い出せ自分の優しさを、きみも取り込まれているだけだろ。目を覚ませ。」


輝空が優しく語りかけた。望亜の表情が、もとどおり柔らかい表情になりつつあった。


「輝空君、母さん、わたしもそうしたい、でも、もう元には戻れない。わたしは人を傷つけすぎた。」


「その人たちに償うためにも、骨女と離れてこちらへ来い!俺たちが守るから。」


施設の子たちが望亜のそばまで来た。


「姉ちゃん、その人お母さん?」


「姉ちゃんどこか行っちゃうの?帰ってこないの?」


心配そうな子たちの顔を見た望亜の背後から、骨女の影が消えた。


母親が望亜に抱きついた。


「望亜ちゃんごめんなさい。伊賀を抜けたわたしが、ろくな訓練もさせず、霊界をくぐることだけ教えてしまった。それにわたしまで取り込まれてしまって、本当に苦労させて、あなたの人生を狂わせてしまったね。ごめん、ごめんね。」




望亜の母親は、19年前、妊娠させられた相手に裏切られたことから伊賀にいられなくなったという。元々優秀だった母親は自分の姿を隠しつつも、百々目鬼の能力である「盗み」を使って生活を続けていた。そんな中、母親は娘を霊界とつなげ、能力を与えたのだった。伊賀は19年前のことに同情しながらも、伊賀を抜け、力を悪用したことから、母親には無期懲役を告げた。


望亜はそのまま養護施設に残った。骨女の憑依は解けたので、伊賀もそれを認めた。また、望亜は呪いにかけた人間のリストを作っていたので、細川先生の再生能力を使って、それらの人たちを治癒していった。


「今回はひどい任務に巻き込んでしまったね。隠密行為だけだと思っていたものでね。」


松坂高校の正門を眺めながら細川先生が言った。


「人選ミスだなんて言わないでくださいよ。きちんと解決したんですから、上の方にオレたちの優秀さも伝えといてくださいね。」


輝空も呪いの影響はなかった。


「望亜ちゃんには、挨拶したのか?」


「いや、このまま行くことにした。ここであったことは、1つの思い出として先に進まないと、オレの夢は実現できないから。」


「カッコいい輝空くん。」

裕佳梨の冷やかしに少し照れる輝空だった。





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