不思議なピアノ

はやぶさ

不思議なピアノ

 夏美は小学校の帰り道、必ず通る道があります。

それは大きなおやしきのある道で、そのおやしきから、いろんなピアノ曲が聞こえてきて、たのしいからです。その中でも、『エリーゼのために』という曲が、夏美のお気に入りでした。


 そんなある日、夏美がいつものようにきいていると、とたんにピアノの音が鳴りやみました。どうしたんだろと思っていると、げんかんのドアがあきました。中から出てきたのはピアノをひいている女の子です。

「よかったら中に入って、わたしのピアノをきかない?」


 その日から夏美は、おやしきの中で、ピアノをきくことになりました。

そこで夏美は、女の子が『エリーゼのために』ひくところを、じっさいに見ることになりました。


女の子が静かにはやくひきだすと、ピアノはトゥルトゥルトゥルと、悲しげにひびいていきます。悲しい音が、なんどもくりかえされ、そのうちとたんにぱっと明るい音へと変わります。夏美の目の前にあたたかな光がふりそそぎ、きれいなお花畑が広がっていくような気がします。女の子のゆびも、ものすごくはやくなります。

そして、また悲しげな音が鳴って、とたんにおなかにひびくようなこわい音がしてくると、夏美はくらやみの空に、ぎざぎざのかなみりがおちてくるような場面を思いうかべます。     

そうして最後は、あの悲しげなメロディーがながれてきて、夏美は、なきたいけれど、不思議なうつくしさに、いつもこころが動かされるのでした。


女の子は『エリーゼのために』の他にもいろんな曲をひいてくれました。そして夏美に、これがド、これがレとけんばんをたたかせてくれました。女の子と夏美は友だちになりました。


けれどもそのうち夏美はおやしきの道を通らなくなりました。なぜかというと女の子がひっこしてしまったからです。ひっこす前に女の子は夏美にいいました。

「いつかまた会おうね」

「うん。ぜったいね」

 夏美はうなずいて答えました。


そうはいっても、ピアノはもうおやしきからきこえてきません。さびしくなった夏美は、道をかえてしまいました。今度の道は野原のそばです。


 ある日のこと、夏美は野原で花をつんでいるうちに、野原のおくにある林にまよいこんでしまいました。

道にまよっているうちに、林の中からピアノの音がきこえてきました。

ポーン。ポーン。

だれかが、ピアノをたたいてあそんでいる音です。

夏美は、ピアノの音のほうへとあるいていきました。

見ると、林の中になぜかピアノがありました。

そして、ねずみとねこがそのピアノのけんばんをたたいていました。

ねずみは、歯を使って、ねこは、ふさふさのしっぽを使って、ピアノをひこうとしています。

思わず夏美はねことねずみの前へとざっと出ました。

そして

「だめだめ。そんなひき方じゃあ。もっとながれるようにけんばんをたたかなくちゃ」

「ふん、そんなこというなら、やってみろよ」

と、ねずみがいいました。

「そうよ、そうよ」

 ねこもいいました。


夏美はようし! と、ばかりにおやしきの女の子がひいていたみたいに、ゆびをけんばんにおいて、強くひいてみました。

するとどうでしょう。あたりの野原がざわざわいいだしました。さらに

ひくとかぜがびゅうびゅうふき出し、もっとひくと雨がふり出しました。


「だめだめ! そんなじゃだめだよ!」

 ねずみがおこって、歯を使ってポーンとひきました。

すると雨はやんで太陽が顔を出しました。


ええーっ。これってどうなってるの?


「やさしくひいてあげると、自然もやさしくなるんだよ」

ねずみにそういわれ、今度はやわらかく指をおいて音を出してみました。

ポーン。

すると、たちまちさわさわとやわらかなかぜがふき、小鳥たちがうれしそうにピチチチと鳴き出しました。


このピアノってすごいね。


そういおうと思った時、夏美は目をさましました。

 気がつくと夏美は野原のまん中で、ねていました。夏美はいそいで、あたりを見回しましたが、さっきのピアノや、ねずみとねこはいませんでした。


 それから、夏美は自分もピアノを習い出しました。

それは野原で出会った不思議なピアノがわすれられなかったからです。そして、こんどまたあのピアノに出会うことがあったら、おやしきの女の子みたいに『エリーゼのために』をひきたいと思うのでした。


そうしてしばらくたってから、女の子から手紙がとどきました。

こちらの学校では夏美のようにピアノをきいてくれるような友だちがいなくてさびしいと書いてありました。

 夏美は女の子のことを思って、すぐに手紙を書きました。


「わたしもさびしいです。でもこの間不思議なピアノに出会って、

 そんな気もちがちょっとだけなくなりました。

 どんなに不思議かは、こんど会った時に話します。

 それからわたしもピアノを習うようになりました。

 こんどはいっしょにピアノをひきたいです」


 そうして夏美はじぶんが女の子といっしょにあの不思議なピアノをひくところを思いうかべました。

 二人でひいたら、もっといろんなことがおきるかも。


それをかんがえると、夏美の胸はとてもどきどきします。

 でもそれには、じぶんがピアノを習って、ちゃんとした曲をひけるようにならなくちゃと思うのでした。

さあ、今日もピアノの練習をしなくちゃ。

夏美はわくわくとした気もちで、ピアノに向かうのでした。

(終わり)

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