でっかい魚が食べたいの(前)
今日からは、ちゃんとお目当ての魚を捕りに行こうと海の様子を見に外へ出た。例年であれば海水浴でにぎわっているが、今年は案の定、人があまりおらず、いるのはバイクを吹かせてきたのであろうヤンキーたちくらいのものだった。
昨日の少女は、フグを食べた後、丁寧にお礼をいって自分のうちに帰っていった。見返した動画には、彼女がフグをさばいているところも透明人間になっているところもばっちり移っていたけれど、いざ動画をあげようと思うとなんだか人の秘密を勝手にさらけ出しているようだし、そもそも動画を取ることの了承も得ていないことに気が付いたので、やめておいた。
今日の波は穏やかで、出港には何の問題もない。いい波だ、と思いながら海を眺めていると、波の動きに合わせて砂浜の上を行ったり来たりする白いワンピースを着た少女がいた。くるっと振り向いてこちらへかけてくる。
「おはよっ、待ってたんだよ!」と今日も元気だ。
「あのね、あのね、巨大なでっかい魚が食べたいの!」
普通の人なら、
「さようでございますか、お嬢様。」とか言いたくなるような無茶ぶりかもしれないけど僕は最初からそのつもりなのだからまあいっかと思って
「じゃあ、ついてくるか?」と誘った。
いったん家に帰って、身支度をした後、港へ行った。船に乗るのは初めてなようで、少女は船の上を行ったり来たりしている。
「あんまりはしゃぐなよ。」とくぎを刺して出港する。
船を操作しながら「君ってどこから来たの?」と、俺は気になっていた事を聞いてみた。
「うーん、病気になって、でも、薬ができてなくてね、他の人に移すといけないっていって、変なカプセルに入れられたの。で、気がついたらこの島の砂浜にいたの。」
もう何がなんだかよくわからない。俺は考えるのをやめ、沖に出たところで船を止めて装具をみにつけ、冷たい海へと身を投げた。
海にはたくさんの魚たちが泳いでいた。しかし、俺が狙っているのはこんな小魚じゃない。岩場に潜む巨大なクエだ。薄暗い海の中をライトで照らしながら、泳ぐ。時折、深く潜ってみるが目当てのものは見つからなかった。上に上がるたびに、少女は
「あぢゅーい、ひまー」と、叫んでいる。
「じゃあ、お前も海に入ってればいいだろ。ていうか温度調節の機械とか発明すりゃいいじゃんか。」と適当に相手をして再び海に潜る。しばらく潜っていると、岩陰におおきな尾びれが消えていった。息を一度整えてから、深く潜る。銛をしっかりと構えて、魚の行くてに回り込み、頭の部分を狙って銛を動かした。魚は銛をきれいによけ、勢いよく逃げていく。銛は岩に当たってコツンと無機質な音をたてた。
空気を大きく吸って、目を大きく見開くと目の前に足のようなものが見える。いや、ようなものなんかじゃない、少女が海の上に立っているのだ。
「ねえねえ、見てみて。」と言って、少女は海水を粘土のように動かしてハートの形を作った。
「すごいでしょ。君はロボットにでもならない限り、こんなことはできないんだから。」と楽しそうに笑っている。潜るのよりもどっと疲れが感じられて俺は海から上がった。
「ここの島のでっかい魚を食べたら、一つ願いが叶うんだって、しってる?」と少女は船首に立って言った。
「いや、知らないけど、君にもできないことがあるの?」
「うん、あるよ。一つだけ、どんなにやりたくてもできないの。」少女は遠くを見つめながら静かに言った。
「ねえねえ、あのフグをさばく機械があればでっかい魚もさばけちゃうかな?」少女は打って変わって船の外に投げ出した足をばたつかせた。
俺はまた海へ潜った。何度も何度も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます