魚が食べたいの

タケノコ

フグが食べたいの

電車を降りるとそこにはそこには絵にかいたような青い海と空が広がっていた。


今日から始まる大学の夏休みを利用して、祖母の住む田舎へやってきた。ここにきてやりたいことはただ一つ、普段からあげているサイトにアップするための動画を取ること。内容ももう決まっている。この島でしか連れたことがない幻の魚をとって、さばいて、食べる。捕まえるのはたやすいことではないが、ここではちょっと珍しい魚はたくさんいるので、つれなくても動画を取ることくらいはできるだろう。それに、ここの漁師さんたちとのつても持っておきたかった。


海沿いの堤防に沿って魚市場を目指して歩く。ちょうど出港する船が見えた。


祖母の知り合いだという魚屋さんにあいさつし、祖母へのお土産もそこで調達しようと思って、ブルーのトレーに敷き積まれた氷の上に横たわるキラキラと光る魚たちの間を足早に通る。水槽に張り付いたアワビがおいしそうな体を見せながらうねうねと動く。たべないの?たべないの?と、誘っているようだ。


祖母の知り合いというのは僕も小さいころに遊んでもらったグラサンがトレードマークのおじさんだ。若いころは自分で魚を釣ることもあったそうだが今ではお酒と魚をこよなく愛する、よくいる下っ腹の出たおじさんになってしまっている。


「よお、久しぶりだな。こんなことになっちまったからなかなか遠くからくる奴はいなくて全然売れないんだ。安くしとくからいっぱい買ってってくれよ。」とあいかわらずの威勢のいい声で話しかけられたが、僕はもっと気になるものに目が釘付けになってそれにこたえるどころではなかった。


真っ白のワンピースに、肩の下まで伸びた髪の毛、顔はよく見えないが肌が白くてきれいな少女。そんな子が自分の顔ほどもある大きなカメラを構えて水槽で泳ぐフグを連写しているのだ。背びれ、顔、右から、左からあらゆる方向から写真を撮っていく。おじさんからは水槽を挟んでいるのでよく見えないのだろうがその光景は異様だった。一通り撮り終わったのかその子はカメラを首にぶら下げて、

「このフグください。」と、元気に言った。

おじさんは眉をぴくっとあげて

「なんか言ったか?」と、俺に聞いた。

「いや俺じゃなくて」といいかけたとき、その少女がぴょんぴょん飛び跳ねながら、

「フ・グ・が・ほしい・です!」といった。

かわいすぎる。


数秒ののち、「あの、それさばけるの?」と俺が聞くと?

「さばく?ってなに?」とかえってくる。


「いや、フグって毒があって毒をたべると死んじゃうんだよ?」というと。

「きっと大丈夫!」とかえってくる。


なんてこの子は危険なことをしているんだろう、このままではこの子は死んでしまう。おじさんも危険だと思ったようで

「嬢ちゃんこれはとっても危険な食べ物なんだ。おい、お前さばけるだろ。これ、この子のためにさばいてやれよ。」と言って無理やり買わされた。


「あのね、このフグをね、刺身と鍋と干物にしたいの!」とその少女が元気よく言う。なんて贅沢な、と思ったが動画にするにはちょうどいいかもしれないと思って二人で祖母のうちに行くことにした。


祖母のうちは魚市場から三分ほどでついてしまう平屋建ての一軒家だ。腰が折れ曲がり足元がおぼつかないことがあるが、頭も口もしっかりと働く元気な祖母が出迎えて

「よくきたね、あら、彼女?」と、おどけていった。

「いや、フグが食べたいけどさばき方がわからないっていうから、食べさせてやろうと思って、一緒に連れてきたんだ。昼はフグの刺身にしようと思うから待っててね。」とだけ言って家に上がった。


台所に行き、撮影用のカメラを数台セットして、さばいていこうと腕をまくった時、少女が

「わーたーしーがーさーばーくー」と、なかなかのドッキリを仕掛けてきた。

俺の服をつかんで離してくれないので、まあいいか、かわいい少女がフグをずたずたにしていく動画というのも面白いかもしれない。それにフグがだめになってしまったら自分でまた買いに行けばいいだけなのだ。

「じゃあ、やってみろ。」と言って包丁の柄を持たせた。


しかし少女はすぐにまな板の上に包丁を置いて、フグとしばらくの間にらめっこをした後、意を決したようにフグに手を当てた。次の瞬間には、フグが三枚におろされて心臓、腎臓、肝臓と臓器がきれいに並べられている。少女は歓声を上げながら心臓をちょんちょん突ついている。


「なにしたの?」


少女は手を止めて

「私は…発明家…なの。」といった。

別に恥ずかしがることは何もないと思うのだがもじもじしている。それにしてもフグ食べたさにフグをさばく機械の発明をするとは。


「他にも何か発明品とかってあったりするの?」と俺が聞くと

「えーっとね、服を消せる。」

うーんとそれは見せてもらわなくても、と思っているとだんだんと少女の首のあたりから透けていき、少女の背後の壁が見えるようになってくる。透明人間!


「どうやってやってるのかはね、内緒!きみがロボットにでもならないとこんなことはできないだろうね。」と言いながらフグの身を皿に盛り付けていく。

「お刺身、お刺身」と歌う少女の顔の前で包丁が宙を舞っているのがなんとも不気味だ。


体を見えるように元に戻して、両手で皿を持ち、祖母のいるリビングに持っていく。

何やら楽しそうにしている彼女を見ているとすべてがどうでもよくなってしまうのだった。

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