第10話 「お洗濯がいっぱいありました。あとお母さんはこわいです」
勇者マリアの帰還。
彼女にとって始まりの地であるメルキスでの戦い。
ささやかではあるが人類が勝ち取った勝利。
それを祝う宴は、かの地で生き延びた人々の心へ希望の灯を点け―――。
そして、夜が明けた。
「ふわ……ぁ」
マリアは敷き詰められた干し草の上でゆっくりと目を開ける。
次いで、これまたゆっくりと身体を起こすと思わず漏れた欠伸に口元を押さえる。
「んぅ……あと……すこしだけぇ……」
「だからいつまで寝てるんだいあんたは!!」
「ひゃわぁっ!?」
そのまま干し草の上に再び倒れ込もうした瞬間、母であるアメリアの叫びがマリアの耳に響き、彼女は思わず悲鳴にも似た叫びを上げる。
「お、お母さん!?ち、ちがうんですよ!私、ちゃんと起きてます!はい!」
両手を上げて自身の目が覚めていることをアピールをするマリアだったがアメリアは両手を腰に当てると呆れたように彼女を見る。
「あたしが何年あんたの母親やってると思ってんの!!」
「わーん!ごめんなさーい!!」
マリアは干し草から起き上がると服に付いたそれを落としもせず慌てて屋外へと飛び出す。
彼女が視界から消えるのを見るとアメリアは苦笑する。
「まったく…あの子が世界を救う勇者だなんてねぇ……」
「はぁー……お母さんいつも通りなんだもんなぁ……」
マリアは肩を落として、顔を洗うために近くの川へ歩く。
「あっ、マリアさん!おはようございます!」
川の近くで彼女に声を掛けてきたのは、太陽の光を反射し輝く金髪を持つ少女、クラリスであった。
「クラリスちゃんおはよう」
マリアはまだ起き切っていない頭で返事をし、クラリスが手に持っている籠を見る。
「お洗濯?」
「はい。私もここでお世話になる以上、何か対価を払わないといけないなって思いまして」
「対価って大げさな気もしますけど……」
「そんなことないですよ。今は人間が全うに暮らせる場所があるだけでも貴重なんですから」
クラリスの言葉に、マリアは自分でも気が付かない内に手に力を込めていた。
「そう……ですね」
そして彼女ははっとなり、自分の手を見つめる。
「私も手伝いしていいですか?」
今度はクラリスが驚く番だった。
「えぇっ!?勇者……マリアさんにそんなことさせられませんよ!?」
「あはは……。確かに私は勇者なんて言われるし、自分でそう名乗ることもありますけど。お母さんの前だと一人の娘なんですよね」
苦笑しながら答えるマリアにクラリスはなんと答えていいか分からなかったのか、「はぁ」と相槌を打つ。
「ですから私も。メルキスの住人の一人として、お洗濯を手伝う義務があると思うんです!」
むん、と言いながら細い二の腕をまくり、マリアは言う。
クラリスはというと、そんな彼女の様子にくすくすと笑い声を浮かべる。
「あ、あれ……?私なにか変なこと言いました……?」
「いいえ。ただなんとなく。マリアさんらしいなって思っただけです」
「そうですか?」
マリアは顎に指を当て、考える素振りを見せる。
「ええ。じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「はいっ!ぱぱっと終わらせちゃいましょう!」
「ええ。よろしくお願いします!」
こうして二人の少女は川のせせらぎと鳥のさせずりの演奏を耳に、洗濯をするのだった。
一方、メルキス王の居る集落で一番大きな建物では、王様と防衛隊の隊員がこの土地周辺の地図を簡素な、木製のテーブルに広げながら話し合いを始めていた。
「やはり彼我の戦力差から考えて、正面から乗り込むというのは得策とは言えませんね」
「で、あろうな」
防衛隊の一人が王様に進言すると、王様は顎鬚を撫でううむ、と唸る。
「他の侵入路の候補は?」
「はっ。地下の水路から緊急時用隠し通路に繋がるものが候補としては挙げられますが……」
そこまで言うと、防衛隊の一人は歯切れ悪そうに口ごもる。
「逃げる時に見られてしまったものなあ……存在が明るみになってしまっている以上、そこにも敵兵が配置されていると考えるのは至極当然、か」
王様は頭を掻きながら一度地図を見ると、周囲を見渡す。
「加えてここの防衛にも人数を残しておかねばならん。少数精鋭で乗り込み、かつ迅速に敵の首魁を討つ上手い方法はないもんかのう……」
はぁ、とため息を吐くと王様は椅子の背もたれに寄り掛かる。椅子はぎしり、と軋みを上げ止まる。
「あの……」
防衛隊の一人がおずおずといった様子で手を挙げる。
「む?何か意見が?」
王様は疲れたような様子で隊員をちらと見やる。
隊員は椅子から立ち上がると直立したまま話始める。
「お、恐れながら!勇者様にご助力頂くわけにはいかないのでしょうか!先の防衛戦、私は勇者様の獅子奮迅ともいうべき戦いに深く感銘を受けまして!願わくばこの先の王宮奪還にもお力添えを頂ければ百人力、いえ、千人力とも言えるほどの……」
彼の言葉を聞き、王様はその言葉を手で制した。
「ああ。其方の言うことは尤もだろう。そして我らが望めば、彼の者は喜んで尽力するであろうこともな」
「で、でしたら……!」
喜びの表情を浮かべる隊員とは裏腹に、王様は苦渋に満ちたような顔を浮かべる。
「そう。その結果がこれだ。彼の者に全てを託し、我々は恐怖に怯え竦むことしか出来なかった。そして
王様は再び外を見る。日差しの入る窓からは少女が二人、川で洗濯物を洗っている。その顔は年相応の少女のもので、彼にはその様子が素朴だが華憐なものに見えてしまったのだった。
私、女勇者なんだけど寄り道しすぎて世界乗っとられてた…… 釈乃ひとみ @jack43
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