第9話 「ひと時の休息、です」

 戦闘を終え、集落へ帰還したマリアと防衛隊を迎えてくれたのは、鞘に納められた剣を地面へと突き立て、不動の構えをしたメルキスの国王だった。

 彼は精悍な顔つきでマリアと防衛隊が出撃した方向を見据えていたが、戻ってきた姿を見ると漸く緊張を解いたようだった。

「王様。防衛隊全員、無事生還しました」

 マリアの言葉に王様は頷く。

「報告ご苦労。皆を集めてくれ。ささやかだが宴を開こう」

 その言葉にマリアの後ろからわぁっと歓声があがる。

「それは嬉しいことですけど……いいんですか?」

「なに、民の士気を上げるためだ。それに人類反撃の一手が刺さったのだ。其方も存分に楽しんでくれ」

 マリアは一瞬困った顔をしたが、「では、お言葉に甘えて」と一礼をした。

 

「えーそれでは。獣人軍団を退けられた祝い、ということで!」

 日が暮れ、松明で灯された集落では、防衛隊の一人が既に赤くなった顔で木製のジョッキを掲げている。

 屋外にはテーブルが設置され、現在の集落で出来うる限りの料理や、逃げてきた際に誰かが持ち出してきたのか、麦酒エール入った樽がいくつも置かれている。

「かんぱーい!」

 彼が一言そう言い、ジョッキを傾けると周りの皆も声を合わせる。

「わぁ……!」

 マリアは目を輝かせると、テーブルに盛り付けられた料理を自分用の皿に次々と乗せていく。

 あっという間に彼女の皿はてんこ盛り、という表現がぴったり合うようなものとなっており彼女は目を輝かせている。

「ではでは……いただきまー」

「お行儀が悪いっ!」

 腸詰ヴルストにフォークを突き立て、口に運ぼうとしたマリアの後頭部に衝撃が走る。

「いたっ!」

 あわやお皿に顔面から突っ込む寸前で堪えたマリアは後ろを振り返る。

 腕組みをしたアメリアが目を吊り上げ、得も言われぬ迫力でマリアを見下ろす。

「お、お母さん……?」

 マリアは皿と母を交互に見ると悪戯が見つかった子供のように皿を後ろへ隠す。

「あ、あはは……」

「笑って誤魔化すんじゃないよこの子は!そんなに一度に取ってこないの!他の人の分も考えなさい!」

「わーんごめんなさいー!!」

 必死に謝るマリアとそれを咎めるアメリアの様子を、防衛隊の面々は苦笑して眺める。

「勇者様も母親の前だと普通の女の子だな」

「ああ全くだ。敵を前にした時とはまるで別人だ」

 そう言って声を上げて笑う防衛隊の二人に別の隊員が語り掛ける。

「……でも案外、あっちの方が本来のあの娘なのかもな」

「えっ?」

「いや……。なんでもない」

 その隊員はそれだけ言うと後頭部を怠そうに掻きながらその場を去っていく。

 残された隊員は顔を見合わせると、肩をすくめた。


「どうだ勇者、いやマリアよ。愉しんでおるか?」

 王様はジョッキを片手に、マリアの元を訪れる。

「あ、はい!」

 礼をする為にと立ち上がろうとするマリアを王様は手で制する。

「ああ、よい。此度は其方と防衛隊の皆を称えるための席。畏まる必用はない」

「は、はあ。ではこのままですいません……」

 マリアはなんとなく気まずそうに視線をテーブルへ戻す。

「……隣に座っても良いかな?」

「あっ、はい。全然大丈夫です」

「それでは失礼……」

 よっこらせ、と王様は口にすると切り株を使っただけの簡素な椅子に腰を落とす。

「いや、はっはっは。最近はいかんな。こうして椅子に座るだけで年寄りのような言葉が出てきてしまう」

 王様の言葉にマリアはくすりと笑う。

「そんなことないですよ。まだまだお若いです」

「そうか?そんな風に言うのは其方くらいのものだぞ。既に齢四十を過ぎておるのだからな」

 王様はそう言うとジョッキの中に注がれた琥珀色の液体に目を落とす。

「すまなかった」

「えっ?」

「其方が再び私の前に姿を現したとき、私は其方を試すような物言いをしてしまった。その非礼を、今詫びさせて欲しい」

 両手を膝に付け、深々と頭を下げる王様にマリアは両手をわたわたと振る。

「わっ!?やっ、やめてください王様!あの時の王様の言葉は間違ってないっていうかそれはそうですよねーって私自身も思ったっていうか……!ともかく私のせいでもあるので……!とにかく頭を上げてください!!」

 マリアの言葉に従うように、王様はゆっくりと頭を上げる。

「……其方の寛大な心に感謝を」

 その様子を見てマリアはほっとしたように息を吐く。

「……だめですよ一国の主が平民に軽々しく頭なんて下げては。大臣さんが居たら怒られちゃいます」

「……そうだな」

 彼はそう言うと、葡萄酒でもないのにジョッキの中の液体を回す。

「口煩いと思っていたのに、今はこうも聞きたくなるとはな」

「……失ってから気付くものって、案外多いですよね」

 マリアは顔を上げる。

 数え切れぬ程の星が視界一面を覆わんばかりに広がっている。

「そうだな……。だが、今は失ったものより護れたことを喜ぼう」

「ええ。そうですね」

 彼女は星空を見上げたまま微笑んだ。

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