第6話 「人間を舐めないでください!」

 その日は天候も良く、涼やかな風が流れ込み森の木々を柔らかく揺らしていた。

 集落の者たちはある者は農業へ勤しみ、ある者は木を伐り、ある者は―――。

「交代の時間だぞ」

「ああ。助かるよ」

 槍と盾を持った男が同じ格好の別の男に声を掛ける。声を掛けられた男は窮屈そうに肩を回して息を吐く。

「しっかしあれだな。いつ来るか分からない襲撃に備えるってのがこんなに緊張するとは思わなかったな」

「ああ。お城の門番は突っ立てるだけで良いななんて思ってたけどいざやると大違いだぜ」

 大げさにかぶりを振ると男は言う。

「でもま、このままびくびく怯えて過ごすんだったら一泡吹かせてやりてぇよな」

「その点は大丈夫だろ。なんたってこっちには勇者様が着いているんだからな」

「勇者……ねぇ」

「なんだよお前。疑ってるのか?」

「いや、そうは言わねえよ。でもよ、勇者様がちゃんと魔王を倒していればこんなことにはならなかったって話だろ?」

「ああ……」

 男はそう言って目を逸らす。

「あはは……それを言われると弱いですね……」

 木の上からがさっ、と音がして勇者――マリアが宙ぶらりの状態で門番に話しかける。

「ゆ、勇者様!?」

「あ、いえ……今のは……その……」

 男たちはしどろもどろになって、やがて口を閉じる。

 マリアは気にした風もなく、両手をばたばたと振って言う。

「あ、いえ気にしないでください!皆さんの仰る通りです。私がきちんとしていればこんなことにはならなかったんです」

 マリアはそう言うと宙ぶらりになっていた状態から跳躍、空中で半回転すると地面へ着地する。

「だからこそ、犠牲を出さない為にも私が出来ることをしなければならないんです」

 にこり、と柔和な笑みをマリアは浮かべる。

「はぁ……」

 男たちは互いに顔を見合わせると相槌を打つことしかできなかった。

「あ、すいませんお話し中に。それでは私はまだ準備があるので!失礼します!」

 マリアは再度跳躍すると、また木の上に飛び乗りがさがさという音と共に遠ざかっていった。


(いやー……分かってはいましたけど少しだけ、しんどいですね)

 先ほどの会話を思い出すとマリアはずきん、と胸の奥に痛みが走るのを覚えた。物理的な痛みではない。

『自分がしっかりしていれば』という言葉、感覚は彼女がこちらの世界に戻ってきてから幾度となく繰り返してきたものだ。

 しかし、時は巻き戻せない。だから現在を、未来を守る為に戦う。それが彼女自身に課した決まりだ。

 けれどそれは彼女の中での話。それを他者が受け入れてくれるかどうかは別の問題であるし、中には彼女を恨む者もいるだろう。

 例えば、彼女が居てさえくれれば自分の家族は死なずに済んだ、とか。

 メルキスの街の惨状を見れば、あの街で蹂躙がされたことは分かる。

 いくらマリアが努力したところでそこで失われた命は戻らない。

 そう、彼女の言う「これ以上の犠牲を出したくない」という彼女の思いは、彼女自身の利己的な欲求に過ぎないのだ。

「とりあえず……こんなところ……ですかね?」

 マリアは木の上から上へと飛び移り、単純な仕掛けを用意する。

 それは木の根元から根元に糸を張り、引っかかったら樹上に付けた鐘を鳴らし敵の接近を告げる、という簡単な仕掛けだった。

「んー多分そろそろだと思うんですけどねー……あっ」

 マリアが考え込んでいると、頭上を大きな鳥の影が横切る。

 いや、それは鳥というには些か不自然なものだった。

 彼女は木陰に身を潜めると様子を伺う。

「やはり来ましたね……」

 マリアが目撃したのは人間の女性のような体型に、腕と下半身には鳥の翼と脚を持つ亜人、鳥人ハーピーの群れである。

 亜人種の中でも飛行に長けた彼女たちが先行偵察に派遣されたのだろう。

 鳥人ハーピーの群れはしばらく集落のある森の上空をぐるりと旋回するとどこかへ引き返していく。

(方向的にはメルキスの街の辺りですかね……?あそこを拠点にして周囲を捜索する気でしょうか……?)

 マリアは鳥人ハーピーの気配が完全に消えたのを確認すると集落へと戻ることへした。


「と、いうことで恐らく数日中、いえ。明日か明後日にでも獣人の軍団が攻めてくると思います。防衛隊の皆さんはそのつもりでお願いします。一応、幻惑のオーブの公効果範囲から離れた場所に、接近を知らせるための鐘をいくつか設置しておきました。その時が来たら即座に構えられるようにしてください」

 その日の晩、マリアは王様の住居に集落の皆を集め昼間のことを説明する。

 集められた住民達はざわつき、当然不安がるものも居た。

「皆の者」

 王様は粗末な木で作られた仮の玉座から腰を上げる。

「先の戦い、我々は確かに負けた。だが、その敗北は無駄ではない。何故だか分かるか?」

 王様の鋭い目が集められた住民の端から端までを見据える。その問いに誰も答える者は居なかった。

「私達は生きているからだ。あそこで全員が死んでいれば、こうして勇者と再び相まみえることもなかったであろう。あの場での敗北は、この時の為にあったのだ」

 王様は杖の代わりに床に着いていた剣を掲げる。

「今こそ反撃の時である!散っていった勇敢なる戦士達の為に!罪無く奪われた無辜の民の為に!奴らに目にもの見せてくれようぞ!!」

 王様の言葉は次第に熱を帯び、その熱は民に伝播し、最後には歓声を呼んだ。

 マリアはその様子を眺めると、自らの内に秘めた決意を確かめるように拳を握る。

 ―――人類を、勝たせる。それも、人類自身の手で。

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