第5話 「迎撃作戦開始です!」

「はぁぁぁっ!」

 男の放った槍の一突きが少女を狙う。

 しかし少女―――マリアは表情一つ変えることなくその一撃を鞘に納められたままの刀で軌道を逸らすと一歩を踏み出し間合いを詰める。

「はい。ここからどうしますか?」

「くっ……!」

 相対する男は苦し紛れに声を漏らすと身体を捻り、槍の石突きでマリアを狙う。

 遠心力の籠った一撃は先ほどの突きに勝るとも劣らない威力で彼女に迫り―――、それでも彼女を捉えることは出来なかった。

「惜しいです。あと石突きによる攻撃は隊列を組んでいる時にやってはいけませんよ」

 彼女は腰を落としその一撃を躱しながら助言を与える。

「はっ、はい!」

「では次の方―――そうですね。この際隊列を組んだ場合の戦い方も練習しましょうか。隊長一人隊員三人を一小隊として大楯と槍を持った重装歩兵隊による密集陣形を組んでください」

 マリアはそう言うと木材を担いで歩く逞しい体つきの男の方を見る。

「お疲れ様です。そちらの守備はどうですか?」

「ああ、勇者様。今急いで組んでいますが……果たして間に合いますかね……?」

 男はその体格に見合わないような不安気な表情で目を逸らす。

「大丈夫です!皆さんが力を合わせればきっと、いいえ。絶対に間に合います!手が足りないようでしたら私も手伝いますので遠慮なく声を掛けてくださいね?」

 その明るい口調に感化されたのか男の表情がやる気に満ちていく。

「分かりました。勇者様がそう仰るのでしたら信じます」

「その意気です!がんばってください!おー!」

「お、おー!」

 両手を上げて気の抜けるような声を上げるマリアに、男も釣られる。

 その様子を別の少女が見ている―――クラリスだ。

 マリアはクラリスの視線に気づくと彼女の元へ駆け寄る。

「あ、クラリスちゃん。どうされましたか?」

「あ、ううん。なんか……すごいなって」

「すごい……ですか?」

 マリアは首を傾げる。

「あ、えっと……。マリアさん……どっちが本当なのかな、って」

「え?」

「あっ……すいません。その……戦っている時とそうじゃない時の表情かおが別人みたいなので……」

 クラリスは言葉を選んだようだったが、マリアはそれに腕を組みながら唸る。

「うーん……。自覚はあるんですけどねぇ。なんというか……スイッチを入れる、みたいな感じなんですよね」

「スイッチ……ですか」

「ええ。戦う時は『やるぞー!』っていう、そのことだけを考えるようにしているので」

 えへへ、と恥ずかしそうに語るマリアにクラリスは釈然としない様子だった。

「はぁ……なんとなく分かったような分からないような……」

「ごめんなさい。私も上手く説明できないです」

 頭を掻きながらマリアは困ったように笑う。

「あ、それで今は何をしようとしているんですか?」

 クラリスは話題を変えようとマリアに問う。

「ああ。えっとですね。まずこの集落の秘密からお話しないといけないですね」

 こほん、とマリアは咳払いをして指を立てながら言う。

「まず、王様がお城から持ち出した秘宝中の秘宝。『幻惑のオーブ』という魔道具マジックアイテムがありまして。これは周囲の景色と同化させるアイテムなんですよ。しかも結構広範囲に影響を及ぼしてくれます。だから今までこの集落は魔物にも見つかることがなかったんですね」

「はあ」

 相槌を打つクラリスにマリアは続ける。

「で、私はこう考えたんです。『どうせなら見つからない内に可能な限り要塞化して、戦える人を増やして魔王軍へ反撃するための拠点としてしまおう』と。なので今は訓練と集落の周りに柵を作ってもらっているわけです」

 えへん、と胸を張ってマリアは言う。

「なるほど……」

 クラリスは分かったような分かっていないような顔で頷く。

「予定ではあと一週間くらいあればオーブの範囲内に柵を敷くことが出来るんですが……。まあ手に入る資源が木なので魔王軍むこうがその気になれば時間稼ぎにしかならないでしょうね」

「ええ……それじゃ意味無くないですか……?」

 呆れたようなクラリスの言葉にマリアは気にした風もなくにこりと微笑んで答える。

「そんなことないですよ。時間が稼げるということは避難する余裕が生まれます。時間があれば戦える人が駆け付けられる可能性が僅かでも上がります」

 そう言ってマリアは自分の手をじっと見る。

「少しでも手が届く可能性が上がるのなら、私はそのための努力を諦めたくないです。無駄かどうかはやってみてから考えます」

 ぎゅっとマリアは拳を握る。

「……ごめんなさい」

 クラリスはマリアのどこか悲しそうな決意にも似た表情を感じ、思わず謝る。マリアもそれに気付き慌てて笑みを作る。

「あはは。気にしなくていいですよ」


 それから一週間が経った。マリアの予想通り集落の周囲には木を組んで出来た柵が敷かれ、正面には門が出来ている。

 マリアと王様はそれを見て満足気な表情を浮かべる。

「まさか本当にここまでやるとはな」

「やると言ったらやりますよ。尤もそれに回りを巻き込んでしまうのが私の悪い所なんだって自覚はあるんですけどね」

 えへへ、と言うとマリアは恥ずかしそうに頬を掻く。王様はふっと笑うと柵を眺める。

「それで、勝算はどうなんだ?」

「一週間かそこらですからね。練度としては当然未熟です。お城から生き延びてきた兵士の方も少ないですし」

 でも、と付け加えてマリアは言う。

「こちらには勇者わたしが居ます。皆さんの心が折れない限り、私は常に最前線に立ちます。私の姿を見て皆の士気が上がってくれれば、きっと……」

「そうか……。其方は変わらんな……」

「えへへ……お友達によくそれで怒られました」

「で、あろうな」

 王様は苦笑する。

「恐らく、私が逃がした豚人オークの一団が城に逃げ帰り、向こうが斥候を送り出してくる頃でしょう。こちらの位置はそろそろバレてもおかしくありません。いくら幻惑のオーブで景色を誤魔化しても連中は獣人。獣の五感でこちらの痕跡を辿ってくるでしょう」

「やはり、そうなるか」

「ええ。ですからこの集落が見つかるのは時間の問題でした。ならばいっそ迎え撃った方が良いかと」

「うむ。では……」

「ええ。メルキス奪還作戦、その第一段階、開始です!」

 マリアは不敵に笑う。

 未だ見ぬ敵に対して早く来い、と言わんばかり表情だった。

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