幕間1 獣人《ビースト》

 メルキス、という地方がある。マリアやアメリアの住んでいた町であり、その名を冠する城は三方を山に囲まれ、かつて人類の大国の一つであった。

 だが現在、その城に本来居るべきはずの人間の姿は無く、代わりに城内を彷徨っているのは亜人―――とりわけ獣人系の魔物だった。

 豚人オーク人狼ワーウルフ犬人コボルトが地上を闊歩し、上空には鳥人ハーピーやが偵察の為か飛行をしている。

 城の柱は所々がひび割れ、城壁にはあちこちに傷が入っており、戦いの激しさを物語るように血痕すらもそのままにされていた。

 その奥―――玉座には鋭い目つきの人狼ワーウルフが一匹、不満そうに足を組み座っていた。傷付いた片目を一度なぞり、玉座の肘掛けを苛立たしげに鋭い爪で叩いている。

「おいまだ人間共は見つかんねえのか!!?」

 怒気を含んだ咆哮が玉座の間に響く。建物が震え、その振動で天井から埃がぱらぱらと落ちてくる。

「す、すみません付近を捜索しているのですがどうもやつら……魔法で痕跡を消したようで……」

 人狼ワーウルフの叫びを聞きつけた一匹のオークがすぐさま駆け付け報告をする。が、その答えは人狼ワーウルフの望むところではなかったらしく彼は忌々し気に舌打ちをする。

 彼ら―――魔王軍獣人ビースト軍団が城を落として数か月が経った。残りの人間を探し出し本国へ持ち帰る。

 それが彼に与えられた任務だった。

 だというのに残された人数、それもそう多くはないたかだか数十人規模を見つけられないと言うのは―――獣人軍団を率いる最強の人狼―――ヴォルファードには我慢がならなかった。

 彼はまた傷つけられた片目の傷をなぞる。この傷は逃走された人間の王が一矢を報いた証であり、彼にとっては屈辱の印だった。

(あぁ……憎い。憎いぜ……!あのクソ人間……!必ず見つけ出して生きたまま腸から喰らってやる……!どうせ年取った男なんざ本国に送る価値すら無ェんだ……!殺っちまっても良いだろう…っ!!)

 知らず、唸り声を上げるヴォルファードに配下の人狼ワーウルフが視線を逸らす。そこへ。

「ほ、報告します!!」

「あァん?」

 ヴォルファードの目の前に現れたのは、彼の記憶が正しいなら付近へ斥候に行った豚人オークの小隊だ。見れば何人かが手傷を負っているのか腕に止血用の布が巻かれた者までいる。

 彼はそれを見て唇を歪めた。

「おいおいおいおいおいおい!どうしたってんだその怪我ァよォ!まさかお前ら腹減って共食いしたってんじゃねェだろ!?誰だ!?誰にやられた!!?まだそんなやる気があるやつが残ってんのか!?」

 ヴォルファードは玉座で組まれた足を解くと、豚人オークの元へと跳躍する。

 彼はその痛ましい傷に鼻を近づけると臭いを嗅ぐ。

「~~~~~~っかァ!!コイツはたまんねェなぁ!おいお前」

 ヴォルファードは腕に布を巻いた豚人オークを見やると静かな声で言う。

「魔法で斬られたな?しかもこの臭い……四大属性じゃあねェ。……魔力そのものを斬撃にするタイプだな?」

「は、はい」

 ヴォルファードの推測に小さく頷く豚人オークに、彼は自分の顔に手を当て笑う。

「くくく…っ。なんてこったぁ!俺の目ン玉持ってった爺の他にこんだけ綺麗な断面付けられる魔法使いまで居んのかよ!!狩り甲斐があるじゃねェの!!あぁ!?」

 ぎょろり、とヴォルファードは傷付いた豚人オークの腕を掴み上げる。豚人オークが激痛のあまり悲鳴を上げるが彼はそれを意に介さず傷口に鼻を近付けると深く息を吸い込む。

「で?どこでやられた?」

「メ、メルキスの……町ですっっ!」

「あぁん?寝ぼけてんのかテメェ。アソコは今ぁ無人の筈だろうがよ」

 ヴァルファードが握った腕に力を籠める。

「ひぐっ……!で、ですがそこで……人間の……!やたら強い女が……っ!そいつはっ!自分のことを『勇者』と名乗って……っっ!自分が帰ってきたと伝えろって……!がっっ!」

 『勇者』という単語を聞いた瞬間、ヴァルファードは茫然とし手を放す。

 豚人オークは痛みの余り口から泡を吹いて気絶しているが、彼にはそんなことはどうでも良かった。

「勇者……?勇者っつったか。……オイオイオイオイマジかよ!!!!最高じゃねえか!!あぁ!?」

 ヴァルファードは甲高い、絶叫にも似た不気味な笑い声を上げる。

 彼は興奮していた。一度は行方をくらまし、死んだとまで言われていた勇者が実は生きていて、自分の膝元に居る。

「『獲物』としちゃあ最上級だなあ……。喰っちまっても……良いよなぁ」

 ヴァルファードは長い舌で、自分でも気付かぬ内に口元を舐め回していた。

獣人ビースト軍団に次ぐ。鳥人ハーピィを中心とした斥候部隊をすぐに編制しろ!!それと斬り込み隊もだ!!期限は三日だ。三日以内にメルキスの町周辺をくまなく探して勇者の存在を俺に知らせろ!!楽しい狩りの始まりだぁ!!!!!」

 ヴァルファードは雄叫びを上げる。獣人の群れは彼を恐れながらも、頭目として敵に回さぬよう従う。それは獣としての本能だった―――。

 

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