第4話 「まずは拠点を構えましょう!」
最初に言っておかなければならないことがある。
勇者マリアはその出自において、特筆すべきところはない、どこにでもいる普通の少女だった。
ごく普通の家に生まれ、片親ではあるものの沢山の愛情を受けて育ち、冒険に出るまでごく普通の少女として育った。
ただ彼女はほんの少し。人よりほんの少しだけ人より優しく、そして『頼み事を断らない』という性質を持っていたにすぎない。
彼女の冒険譚の始まりは、町での何気ないお使いだった。
そこで偶然にも、遭遇してしまったのだ。
お使いの帰り道に、人気のない山道で。
名も知らぬ誰かの『助けて』という悲鳴を。
彼女はその瞬間、考えるよりも先に身体が動いたと言う。
相手が誰であろうと、自身の力量、体格、その他全ての要素を排除して『助けねば』と決めたのだ。
生まれて初めて見る魔物に恐怖しなかったわけではない。
膝は笑い、声は震え、それでも声だけは。恐怖を覆す程の勢いであった。
「やめなさい!!!!」
彼女がそう言って放った石つぶては、魔物に大して効力を発揮しないまでも―――悲鳴の主から注意を彼女に向けることには成功したという。
しかし、それだけ。魔物を撃退することも出来ない彼女は必死に逃げ惑い、命からがら家まで逃げ延びたという。
家に着いてから、マリアは母にその時遭った出来事を告げ―――、魔王の存在を知り、人々の助けになりたいと思うようになった。
それからの彼女の行動は早かった。まずは自分の身の回りで困っている人達を手伝い―――時に危険に身を晒しながら武器の扱いを覚え、危機に瀕した際には何故そうなったのかを懸命に考え実践し、一段、また一段と強くなっていった。
嗚呼―――詰まるところ―――。彼女は『究極の凡人』であって、『人ならざる英雄』等では決してなかったのだという、それだけのお話なのだ―――。
町からそれなりに歩いた森の中にマリア、クラリス、アメリアの3人は居た。
「ここは……」
マリアは周囲を見渡す。生い茂る木が日光を遮断し、時間の感覚を曖昧にする。
しかしアメリアはいくつかの木を見やると「こっちだよ」と手招きをして二人を誘導する。
「い……一体どこまで……行くんですかぁ……」
膝に手を付き、息を乱しながらクラリスは言う。身なりの整った彼女は恐らくこのような場所を歩くことに慣れていないのだろう。
「クラリスちゃん大丈夫?お水、いる?」
マリアはそう言うと革袋から水筒を取り出す。
「あ、ありがとうございます……って何ですかこれっ!?お、美味しい!!」
「良かった。口に合って。そのお水ね。霊山エーベレの山頂から汲んだお水なんだ。なんでも傷とか病気とか、そういうのにもたちどころに効いちゃうって話だったんだけど、どうかな?」
脅迫するクラリスにマリアはのほほんとした調子で答える。クラリスは手を握って、開いて、またつま先を地面にとんとんと付けてみる。
「た、確かに体がさっきより軽くなった……かもしれないですけど。良いんですか?そんな貴重そうな物頂いちゃって……」
「うん。大丈夫だよー。だって転移魔法で移動は一瞬だからね」
にこにこ笑いながら言うマリアに、先を歩くアメリアがため息を付く。
「はぁ……そんな便利なもんがあるなら私にも寄越して欲しかったねえこの子は……」
「あわわ……っごめんねお母さん!だってお母さんいつも元気そうだからつい……!ま、まだあるから飲む?」
マリアはそう言うと革袋をがさごそと漁り始めるがアメリアはそれを止める。
「大丈夫だよ……。それに、もう着くからね」
アメリアがそう言い歩を進めると、突如視界が開け姿を現したのは開拓中の集落のような物だった。
辛うじて道と呼べるような地面に、木を組んだだけの住居がいくつもあり奥には見覚えのある旗印が掲げられていた。
「すごい……」
マリアは呟く。
「すごいもんか。魔物にいつ見つかるかと怯えながら暮らしている……ここが今のあたしらの住まいさ」
自嘲するように言うアメリアにマリアは首を横に振って答える。
「ううん……すごいよ。こうして……生きてるだけですごいって私は思うな……」
「……そうかい」
アメリアは娘の頭をくしゃりと撫でる。
「わっ……」
「あのうところで、ですね」
おずおずといった様子でクラリスが手を挙げる。
「どうしたんだい?」
「ここ、それなりに開けてますよね?魔物の中には空を飛ぶ者も珍しくないと聞いたことがあります。それなのに見つかっていないというのは……」
「あぁ……そのことかい?そうだね……とりあえず、今から行くところに答えがある、かな」
アメリアはまた歩き出す。時折道行く人たちに挨拶をしているところを見るとそれなりにここでの暮らしは長いのだろう。
「さ、ここだよ。ちょっと待ってな」
アメリアが歩みを止めたのは集落の奥にある、一番大きな建物だった。彼女は建物の前に立っている鉄製の鎧と槍を構えた兵士に声を掛ける。
兵士はマリアの方をちらりと見ると建物の奥へと行き、やがて戻ってくる。
彼はアメリアに向かって頷くと彼女もまた頷き返す。
「入って良いってさ。二人とも行っておいで」
「え?」
「お母さんは?」
「あたしはこれから仕事。サボっちまったからね」
そう言うとアメリアはさっさと歩いて行ってしまう。残された二人は顔を見合わせる。
「どうする?」
「と、言われましても……」
「だよね……」
マリアは緊張で引き攣る顔のまま扉の前の兵士に挨拶をする。
「あのう」
じろりと兵士がこちらを見る。
「い、良いお天気ですね……あ、あはは……」
(ちょっとマリアさん!何世間話でお茶を濁そうとしてるんですか!?さっきまで魔物相手に見せた気風の良さはどこに行ったんです!?」
(だだだだって相手は人間だし挨拶くらいしておかないとじゃない!?)
扉の前でこそこそしているのだか喚いてるのだか分からない二人に呆れたのか、兵士はため息を付くと扉を開ける。
「どうぞ」
「「…………ご丁寧に、すいません」」
二人は声を揃えると、おずおずと中へと足を踏み入れる。
「わぁ……」
中へと入ったマリアは声を漏らした。
この建物は、見た目こそ木造だが中に敷かれた絨毯や、端々に置かれた調度品の数々が建物に見合わないほど高価なものだと、マリアには分かった。
床に敷かれた赤い絨毯は真っすぐに伸びており皺や弛みなど微塵も見られない。その奥には、大仰に拵えられた大きな椅子に座った男性が、煤けた冠を頭部に戴いていた。
「―――久しいな勇者よ」
ゆっくりと、威厳のある声が不思議と響く。マリアはしずしずと歩み寄ると膝を付き頭を下げる。
「お久しぶりでございます。―――王様」
「お、王様!?」
じろり、と王の鋭い目がクラリスを射抜く。クラリスはしまったと口に手を当てる。
「……まあ、驚くのも無理はない。今の私は落ち延びた老いぼれに過ぎんからな」
椅子―――即興で拵えられたのであろう玉座代わりの椅子に肘をつくと顎を乗せる。
「―――面を上げよ。勇者マリアよ」
「―――は」
言われ、マリアは顔を上げる。
「聞きたいことは山ほどあるがまずはこれだけ聞こう。―――貴殿、『魔王を討ち倒す』のではなかったのか?」
「―――っ」
ぎり、とマリアの歯ぎしりが隣にいるクラリスにも聞こえた。
「私の元を訪れた時其方は確かに言うておったな。そしてそなたの目には確かな信念が見て取れた。だから私は其方に協力を惜しまなんだし、蔵の宝物を其方に開放した。其方なら必ずや魔王を倒せると信じたからだ。―――それが、どうしてここに居る?」
「―――それは」
「よもや怖気づいた、とは言うまいな?」
「―――そんなことは、断じてございません」
マリアはそこで王様の目を見据える。王様はまた、息を一つ吐くと物憂げな顔で言う。
「で、あろうな。その目―――私が見た時と微塵も変わっておらん」
「そう、でしょうか……」
「自覚がないのであればそれで良い。ならば―――何があった?」
「そうですね―――説明すると大変長くなってしまうのですが……」
「構わぬ」
「では―――」
マリアはこれまでの彼女の冒険譚を王様へと語り聞かせる。
それは時間にして一時間や二時間で終わるものではなく―――王様は時に身を乗り出し、時に顔を仰天させ―――最終的には身の回りの世話に来た従者に対し「今良いところなのだから少し待っておれ!」と興奮気味に怒鳴り散らし周囲を呆れさせた。
「―――うむ。事情は分かった」
そうして、隣に居たクラリスが頭で船を漕ぎ、ゆっくりと床に倒れ見かねた従者の一人が毛布を掛け、マリアは月が昇り落ちるまで冒険譚を王様へと語り聞かせた。―――王様はまるで少年のような瞳で聞いていたが、そこで漸く施政者としての顔に戻った。
「其方が私たちの知らぬ間に大変な冒険をしてきたことは大いに理解した」
「ご理解頂けたようで何よりです」
「しかし、だ。今の世界は知っての通り魔物に脅かされておる。それも―――」
そう言って王は目を伏せる。
「理解しています。私が魔神の相手を―――倒すべき相手の順序を誤ってしまったが故」
マリアは悔しそうに拳を握る。
「―――世界中の人間が其方に対し大いに期待をし、そして今『裏切られた』と感じているだろう。勇者よ。それでも其方は―――人間の為に闘うというのか?」
「はい」
マリアは間髪を入れず答える。
「私は人間を守る為に戦います。この言葉に偽りはございません。ですが、それだけでは足りないのです。王様」
「何と。何が足りぬというのだ勇者よ」
目を大きく見開く王様にマリアは続けて言う。
「私が強いだけの世界では駄目なのです。王様。世界そのものを―――魔王の脅威に立ち向かえるようにしなくてはなりません」
「――――」
王様は閉口した。この少女が何を言っているのかが理解出来なかったからだ。
「王様、私からもお聞きしたいことがございます」
「な、なんだ」
「この集落―――森を拓いて作られているのに、魔物からの襲撃の様子が見られません。何か―――結界、あるいは幻惑を見せるようなものがあるのではないですか?」
マリアの問いに王はまた口を閉ざし、長い沈黙をする。
「―――仮に、そうだとしたらどうする?」
「決まっています」
マリアは笑みを浮かべる。それは少女の笑みではなく、苦難や強敵を前にして不敵に笑う勇者のそれだった。
「外にバレない内に―――この集落を、『人類反撃の拠点』にします」
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