第3話 「きゃあああ神様のえっちぃぃぃぃぃ!!」 ~グランドクエストの発表~

 圧倒的、という言葉すら生温い戦力差だった。

 武装したオークの集団がたった一人、しかもパジャマ姿の少女に蹂躙されるという様子は不条理という他なかった。

「帰って貴方たちの統率者に伝えなさい。『勇者が帰って来た』と」

 恐怖におののく彼らをマリアの青い瞳が月光のような鋭さで見下ろしながら言う。長い黒髪を風に揺れた。

「ひっ…はっ、はいぃぃぃっ!!」

 オークの集団は一目散に退散し、すぐに辺りはしんと静まり返った。

「……ふぅ」

 マリアは瞳を閉じると息を吐き、また開ける。そこには先ほどまでの冷たい印象は消え、柔和な微笑みを見せる一人の少女としてのマリアが居た。

「ごめんね。怖かったでしょう?」

 マリアは背後にいた、オークに捕らえられていた少女を見て声を掛ける。

「あ、ううん……あのっ!」

「ん?」

「ありがとう……ございます」

「あはは……どういたしまして。でも気にしないで。私、勇者だから」

 むん、と二の腕を曲げながらマリアは言い、そこでしばらくの間静止する。

「…………あぁぁぁぁっ!?私パジャマのままだったぁぁぁぁっっ!!」

 そうしてマリアはうずくまり頭を抱え始める。

「折角かっこよく登場して女の子を助け出して『勇者が帰って来たと伝えなさい』って言ったのにどうしようこのままだとパジャマ姿で出歩く女の子が狙われることになっちゃう……!?」

 少女はそんなマリアの様子を見て堪らずぷっと吹き出す。

「……はぇ?」

「ううん。ごめんね。お姉ちゃんさっきまですごい強いけど……怖い人かな、って思ってたから。『あぁ全然そんなことないんだな』って思って」

「あはは……ありがと」

「改めまして。助けてくれてありがとうございます。私、クラリス・スプリングって言います」

 ちょん、とスカートの端を摘まみ上げ、金髪を肩口で切り揃えた少女が一礼をする。

「私は―――」

「マリア・ロンベルクさん、ですよね?」」

「え?」

 マリアが呆然とするとクラリスはマリアの手を握り締め緑色の瞳を輝かせて興奮気味に話す。

「女勇者マリア・ロンベルク!義憤に燃え悪しきをくじく大陸随一の存在!人類の希望!ある時を境にぱったりと消息が途絶えたことから死亡説がまことしやかに噂されていましたけどまさか存命だったとは!」

「く、詳しいね……」

 捕らえられていた時とは打って変わった様子のクラリスに若干腰が引けているのを感じながらマリアは言う。

「そりゃあもう!アーバン大陸の女子で勇者マリアに憧れていない子は存在しな」

「マリア!!」

 クラリスの声を遮ったのはマリアの母、アメリアだった。

「あ、お母さん」

「おお!なんと勇者様のお母上!ってあれ……ということは私が見かけた街へ入って行った女の人って……」

「そう、あたしだよ。あんたのお陰でえらい目に遭うとこだったんだからね……」

「まぁまぁお母さんもクラリスちゃんも。どっちも今こうして無事なんだからおっけーおっけー、ってことで」

 腰に手を当てて呆れるアメリアにマリアがすかさずフォローを入れる。

 アメリアはじっとマリアを見つめる。

「どうしたの?」

「いんや。……本当に、強くなったんだねぇ」

「色々ありましたから」

 照れ臭そうに後頭部を掻きながらマリアは笑う。

「あ、そうだ!色々と聞きたいことがあったんだけど!」

 パン、と手を叩いてマリアが言う。

「とりあえず今の人類側の状況を聞きたいんだ。……なんとなく、予想は付くけど」

 そう言ってマリアは気まずそうに目を伏せる。

 かつて広場にあった噴水は水も枯れ、瓦礫と化していた。

 石畳も所々がひび割れ、家屋に至っては倒壊し放置されているものもある。

「そうだねえ。あんたはそれを知らないといけないね。とはいえ、だ。こんなところで立ち話するわけにもいかないでしょ」

 アメリアはクラリスをちらりと見る。

「あんた、この辺の子じゃないね。どっから来たんだい?」

 アメリアの言葉にクラリスはスカートの端を握り締め、俯いたまま答える。

「………私の居た集落コロニーは……先日……魔物の襲撃で……」

「……そうかい。悪かったね」

「いえ……私こそお母さまを危ない目に遭わせるところでした。申し訳ありません」

「仕方ないさ。あたしだって逆だったら同じことしてたかもしんないし……。まあうちのじゃじゃ馬が出しゃばってくれたお陰で助かったけどね」

 そう言ってアメリアはマリアの頭をわしわしと乱暴に撫でる。

「わっ……わわわお母さんやめてよー!髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃう……!」

「寝癖付けといて何言ってんだい」

「えっウソ!?」

「いいから部屋で着替えてきなさい」

 うわーん、と泣きながら走り去っていくマリアを見送るアメリアをクラリスはぼうっと見る。

「ごめんねそそっかしい子で」

「い、いえいえ!むしろ親近感が湧きました!」

「それなら良いんだけどねえ」

 

 部屋に戻って来たマリアは自室のベッド周辺を見回す。

(えっと……あっ!あった!)

 マリアがベッドの下から見つけたものはなんの変哲もない革袋……のように見えて中身が無限大とも言えるほど膨大な容量を兼ね揃えたものだった。

「えっと……鎧じゃなくて服で良いよね……?最高位鷲獅子グランドグリフォンの服と……一角獣ユニコーンの革で出来た手袋と……。靴はさっき魔力使っちゃったから幸福の靴にして……。あ、一応外歩くんだから武器も持っておいた方が良いよね。ん~~~オリハルコンブレードはちょっと勿体ないし……。あ、ヒヒロイ刀!これよく切れるし錆びないし便利なんだよね~。あとは……う~あんまり趣味じゃないんだけど吸血盾ヴァンプ・シールドにしようかな……。

 ごそごそと袋から装備を取り出し着替えようとするマリアの背後に光が差す。

「やあマリ」

「きゃああああああああああ!!??」

「へごふっっ!!??」

 タイミング悪く出てきた神様に本気の拳骨を顔面にもらい、神様は壁に激突する

「かっ神様!?ごめんなさい!!でも女の子の着替え中に出てくるのはいくら神様でもどうかと思います!!」

「う、うんすまない。それにしても良い右持ってるねマリア……神殺し狙うかい……?」

「いいからあっち向いててください」

「はいはい……」

 神様はよろよろと立ち上がりマリアに背を向ける。

「まずはおかえり、と言っておこうかマリア」

「はい。漸く戻りました」

 最高位鷲獅子グランドグリフォンの服はそれぞれの部位の動物の素材で服・スカート・レギンスでセットとなっており、3種類装備することであらゆる状態異常を無効化する効果がある。

 スカート部分をベルトで留めながらマリアは神様に答える。

「大方予想は付いているだろうけど。いや、君の想像以上に人類は絶望的なほど苦境に直面しているよ?加えて言うなら一度君は死亡説まで流れて各国の信頼も失っている。そんな逆境において、君という唯一の戦力だけで。君は『勇者』を名乗った。これがどういうことか、分かっているのかい?」

 子供に真実を諭すように神様は言う。だがマリアの答えは神様の想像を超えるものだった。

「なんだ、そんなことですか」

 服の襟元から潜っていた髪を出し、マリアは当たり前のように言う。

「『私が居る。そして私が勝つと決めました』これ以上の答えが必要ですか?」

 神様は一瞬唖然とし、次の瞬間腹を抱えて笑い出した。

「は……はっはっはっは!!いやこれは失礼。しかし……そうかそうか。『君が勝つと決めた』か。こりゃあ良い」

 笑いすぎて涙を零しながら神様は振り返る。

 着替え終わったマリアに神様は言う。

「なら君は勝つだろう。でもねマリア。これは『君だけが勝っても仕方ない』んだよ?この意味が分かるかい?」

 神様の問いにマリアはベルトにヒヒロイ刀の鞘を差して考える。

「私だけ……では駄目、ですか」

「そう。君は人類の救世主と言ってもいい。それくらい規格外の存在だ。でも同時に、それは人類にとって怠惰な選択肢を与えてしまうということなんだ」

 神様は一拍、間を置いて言う。

「『君が居れば自分達は何もしなくていい』こんな思考に陥ってしまって御覧。それが今の人類の状況さ。君という奇跡の存在に全てを任せきってしまい、自分達はただ平和という蜜が零れ落ちるのを待っていればいい。そんな思考を、君は彼らに与えてしまったんだ。また、繰り返すのかい?」

 両手を広げ、劇の演者のようにその場でくるりと一回転して見せる神様に。マリアは言う。

「それでも―――私は―――」

「皆を守れれば良い、かい?」

 マリアは黙って頷く。

「良くない。実に良くない思考だなあマリア。こういうのを人類きみたちの言葉で何て言うんだっけ?『臍で茶が沸く』って言うのかい?」

「—————」

 マリアは目線をきつくし、神様を見る。

「おおっと怒ったかい?ごめんよ」

 神様は全く悪びれた風もなく言葉だけの謝罪をする。

「じゃあ僕から一つ。答えだけをあげよう。『君は人類の御印となってもいい』。だけど君一人が強ければいいと言うわけではない。『人類全てを強くしなくてはならない』これが君のすべきことだよ」

「命令ですか?」

神託オラクルと言って欲しいなあ僕としては。あるいは重大任務グランド・クエストかな」

 へらり、と今度は軽薄な笑みを神様は浮かべる。

「ま、実際どうするかは君に任せるよ。一応僕は人類の、というよりは君の味方でありたい。その上での提案だ」

 神様の姿が光となって消えてゆく。

「わざわざありがとうございます。それでは」

「はは。冷たいなあ。じゃあ、応援しているよ。マリア。あっ、またこうして突然現れるかもしれないし君の着替えとかは陰でばっちり覗いてるからその辺は安心したま」

 ざくん、と壁にヒヒロイ刀が刺さる。しかし既に神様の姿は消えていた。

「も~~~~あのエロ神ぃっっっ!!」

 マリアの悲鳴が彼女以外誰もいない室内に響き渡った。


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