第18話 《自動ドア》

 小さい頃から気になっていることがある。

 早朝、時々自動ドアが勝手に開くことだ。


 うちの店はパン屋。

 最寄り駅に隣接する商店街では、唯一の老舗パン屋。特に変わったところのない店である。私の将来の夢は、この店をしっかりと受け継ぐこと。いつまでも、この店と一緒に生きていくことだ。だって、うちのパンは日本一だから。私はそう信じている。


 初めて違和感を覚えたのは小学生の頃、早起きして両親の朝の仕込みを見学した時のことだ。その日は音がしたような気がした程度だった。だが中学生になって朝の仕込みを手伝うようになってからは、確実に不自然な時に自動ドアが開いているところを度々目撃した。早朝でシャッターも閉まっているのに自動ドアが開くのだ。

 両親に聞いてみたことがあったが、二人とも気づいていないかのように、

「誤作動だろう。」

「気にしなくていいわよ。」

といつもの優しい顔で、興味のなさそうな返事ばかりだった。


 その日から私は色々な方法を試し、その誤作動が明らかに奇怪なものだと証明する確かな証拠を掴もうと試みた。

 するとどうだろう、つっかえ棒をしたらいつのまにか外されていたし、開店時間まで自動ドアの電源を切ってみたら、いつのまにか電源が入っていたし、両親に気づかれないように自動ドアのコンセントを抜いておいたら、いつのまにか刺さっていた。

 不思議なことが起こったと両親に報告する度に、また悪戯したのかと微笑ましく呆れられ、この頃の証拠探しの数々は、両親の中では反抗期の娘の悪戯ということで決着がついていたことだろう。結局、なんだか両親に迷惑をかけてしまうのが申し訳なくて、証拠探しはやめてしまった。


 その後高校生になって、またもや私は大変なことに気づいた。店の売り上げを意識し始めた頃だ。

 この頃すでに証拠探しのことは完全に忘れていたのだが、週に一度あるかないかの自動ドアが開いた日には、店の売り上げが下がっていることに気がついたのだ。何かの間違いであって欲しいと思い、その日から何度か自動ドアが開いた日の売り上げを確認したが、それは紛れもない事実であることが判明した。

 これは由々しき事態だと思い、両親に改めて相談した。自動ドアは悪いモノを招き入れているのではないか、このままでは気になって夜も眠れないと泣きつくと両親は、

「そういえば、忘れていたなぁ。」

「そうね。もう話して良い歳だったわね。」

 と顔を見合わせて笑った。

 私は空いた口が塞がらなくなった。常々我が両親はほんわかした性格だと思ってはいたが、忘れていたとは何事か。あんなに小さい頃に何度も真実を聞き出そうとしていたではないか。もはや子の心、親知らずである。


 かくして私は、自動ドアの誤作動の秘密を知ることになった。

 二人は私を店の神棚のところに案内して、父さんは語り出した。

「父さんの母さんの母さん。曾祖母さんは、人には見えないものが見えたらしいんだ。

この店がある土地にはな、昔から幸運の神様が住んでいたそうだ。その神様に曾祖母さが

"ここに長くいてもらえる方法"を聞いたんだそうだ。そしたらな、""子供には私の存在を伝えてはいけない。子供は私に気づくとも気づかずとも、私と戯んでくれるから。""と言われたそうだ。曾祖母さんはそれを子孫に言い伝えた。今のルールとしては、『15歳になるまでは、神様のことを話してはいけない』曾祖母さんの解釈だと、"金勘定して働き始めたら、もう子供とは言えんだろう。"ってことらしい。」

 母さんは私が覚えていない頃のことを話した。

「あなたが1歳か2歳の頃かな…。よく誰もいないのに、誰かと話していたわ。決まってその後、この神棚の方に行こうとするのよね。でもあなたは楽しそうに笑ってたから、母さんは不思議と怖くなかったわ。きっとその神様と何か話していたんでしょ?覚えてる?」

 父さんは神様の話を続けた。

「神様はな、ずいぶんと気まぐれな性格らしいんだ。そんな神様の機嫌の取り方を教えてもらっただなんてなぁ…。曾祖母さんはすごいよな。まぁ、黙ってた理由ってのは、そうゆうことだ。悪かったな。神様にとっては人間の一生なんて、きっと大した長さじゃあない。子供の頃、神様と仲良くしておけば、その後も見守ってくれるってことだろう。」


 私が長い間追い求めた真実は、本当に現実離れしたものだった。両親の話に、私の理解は追いついていなかった。だがなんとなく、スッキリしたような気がした。

「神様。これからもよろしくお願いします。」

と店の神棚に手を合わせた。

 その日の夜、何かを忘れている気がしたが、思い出せずに寝てしまった。

 私のお話はこれでお終いである。


 幸運の神様は自由な存在である。この店にいるのは、居心地が良いから。ただそれだけである。いつか人の娘が話しかけてきて、居心地の良い空間を用意した。いつもは店の中にいるのだが、子供も相手をしてくれず、店も開いていない時間は少しだけ暇だった。なので、時々神様はおでかけする。商店街を眺めて歩き、時の流れを感じるのだ。


 そのおでかけの最中、神様はあるものを見つけた。そこでは多くの人々が神様に願い事を唱えていた。それも開店している間は、ひっきりなしにである。

 ひどく騒がしいその場所には煙の匂いが充満していたので、神様にとって居心地が悪い場所ではあったが、四六時中人々に求められるのは、悪くない気持ちであった。

 最近、神様のおでかけの頻度は、ほんの少しだけ増えていた。

 そんなパチンコ屋へ出掛けていく神様の姿を、自動ドアだけがただ黙って眺めていた。

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