第17話 《神話の世界》

「いやぁ!やっぱり私、天才だわ!」


彼女は年若く才能に溢れた科学者であった。

 他の科学者と群れたりすることはせず、一人の助手に生活の全てを任せて研究室に引きこもり、ただ黙々と研究に励む人間だった。


「ここに!超・顕微鏡は完成した。」

(顕微鏡は小さな世界を大きく見せるものだったろう?だが、私の超・顕微鏡は違う!

物体の中にある目視できる形や構造、組成ではなく、さらにその先!あらゆる物体が内に秘めているエネルギー。物体を形作る根本にある概念にも似た何か…。

人の目には見えないものを…可視化する!)


「さぁ、スイッチを入れれば、そこは未知の世界…。私は、未だかつて誰も見たことがないものを目撃するのだ!」

そして起動スイッチに手を伸ばす。

「人類が今まで観測し得なかった…。天地創造の原点よ。その姿を現せ!!」

(スイッチオン!)


 超・顕微鏡は目の前の液晶に新たな世界を映し出した。そこに現れたのは、多くの人が良く知っている名前で表すならば、"天使と悪魔"の姿であった。それらが入り乱れて武器を手に争っている。

 彼女は言葉を失った。

 そこには、あらゆる宗教画や神話に言い表される、人が生み出した空想のような世界があったのだ。


「そうか…。ずっとこれらは存在していたんだ…。私たちには見えない世界に。」


 常識では考えられない新しい世界を思わずうっとりと眺めていた彼女だったが、数秒後には正常な判断を取り戻し、観察を始めた。

 天使と悪魔の戦力は拮抗しているようで、それぞれが減っては増えてを繰り返している。どちらも地面から生み出されているように見える。このままでは永遠に決着はつきそうにない。

 神話の世界のさらに広域を確認してみる。すると、

「まぁ、天使や悪魔がいるんだ。そりゃあ神様も御座しますよね。」

戦場とは少し離れた場所に、天使よりも大柄でその身体から光を放つ神々の姿があった。角ばって硬そうで背もたれの部分が縦に長い威厳に満ちた椅子にそれぞれが腰掛けている。


「なぜ、離れた場所で悠長に話し合いなどしているんだ…。天使に神々が加勢すれば、数だけ見ても圧勝ではないか。」

 今日一日は学会に報告などせず、一人で観察を楽しもうと決めた彼女は、今回の実験結果を記録に残しながら観察を続けた。

 しかし、その後も神々は戦おうとはしない。一貫して無表情な神々だが、何か真剣な面持ちで話し合いを続けているように感じられる。

 それと同時に戦場の経過も観察した。戦局は少しずつではあるが、天使の優勢に傾きつつあった。


「私の超・顕微鏡には、この神々の会話まで解析する機能はない…。次の改良は、神々の会議のための翻訳機能かな…。それにしても、一体何を議論しているんだ…?」

 そんなことを考えていると、神々の会議に進展があった。

 とりまとめ役をしていたらしい顎髭の長い老人のような姿をした神が、話し合いを切り上げた。そして立ち上がり、天使と悪魔の戦場に視線を向けた。

 そして神は、手を横に振り払った。


「おぉ!やっと天使に加勢する気になったか!この戦争も終わるわけだ。私は歴史的な瞬間を目撃することになる。」

 博士は大きく頷いて、観察に夢中ですっかりその存在を忘れていた助手を呼んだ。

「おーい!助手ー!見たまえー!歴史的瞬間だぞー!」


 上機嫌で助手を呼んだ彼女の目に次の瞬間映ったのは、信じられない光景であった。

 一瞬光に包まれた液晶画面に映ったのは、天使たちの亡骸の山であった。

 押し寄せた悪魔たちは戦場全域を埋め尽くし、勝利の雄叫びを上げている。

 その頃神々は、いつのまに用意したのか立方体を積み重ねたような不思議な形の船に、次々と乗り込んでいく。

 そして最後に乗り込む老人の姿の神は、全てを見透かしたように一瞬こちらを向いた。

 その表情はニヤリと笑っているように見えて、彼女は凍りついた。


「呼びましたか?博士。」

 助手は、液晶画面を立ったまま眺めている博士の背中に話しかけた。

「ついに出来上がったんですね。起動する前に呼んでくれれば良かったのに…。…博士?」


 反応のない博士の前に回り込むと、液晶画面を眺めたまま、大粒の涙を流す博士の姿があった。

「博士。落ち着いてください。一体何があったんですか?」


 助手に頭を撫でられて、いつもは怒るはずの博士が鼻をすすりながら、ゆっくりと口を開いた。

「助手…。すまない…。もう…世界は終わりかもしれない…。」


 突拍子もない博士の発言に助手は一瞬気が遠くなったが、静かに息を吸い込み、一度液晶画面に目を向けた後、博士に向き直った。

「博士。画面に映っているのは、たしかに世界の終わりのようですが…。今、現実には何も起こってないじゃないですか。大丈夫ですよ。」

 小さく笑顔を作る助手に、博士は目の前で起こったことと、これから起こることへの直感を打ち明け始めた。


「そうじゃない…!そうじゃないんだ!今回の実験で私が解析したのは………」


 今回の実験で超・顕微鏡に解析させた観察対象は、最近世界中で流行し始めた致死率の高いウイルスだった…。

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